2025年東大地理(第2問A)入試問題の解答(答案例)・解説
(編集部注1)難易度の評価など、当日解いた所感はこちらをご覧ください。
(編集部注2)実際の入試問題入手先
本解説記事を読むにあたって、事前に入試問題を入手なさることを推奨します。
・産経新聞解答速報 https://www.sankei.com/article/20250225-SS6KISNKS5BRTKNOCIBINS4GHI/?outputType=theme_nyushi
・東京大学HP https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/admissions/undergraduate/e01_04.html
目次
はじめに
ついにきました!そろそろ、どでかい問題が出題されると警戒していたSDGs関連の問題が「衣類」をテーマに出題されたのです。
多くの受験生にとって馴染みのない切り口で度肝を抜かれたことでしょう。
市販の参考書や一般的な塾テキストにはファストファッションという言葉も、中古衣類の論点も載っていません。
もちろん、東大が好む地理的思考を駆使すれば設問(3)以外の設問では健闘できたかもしれませんが、時間制約の厳しい東大地理にあっては悠長に考えて解く時間的余裕はありませんから、試験会場でかなり動揺したかもしれません。
ですが、その一方で、本問を前にしてガッツポーズができた受験生もいました。
敬天塾が配布した資料にバッチリ載っていたこともそうですし、最新の教科書や資料集にはファストファッションの話も中古衣類の論点もしっかりと取り上げられていたからです。
たとえば、
最新の流行を取り入れ、価格を抑え、短期間に大量は販売するファストファッションと呼ばれる衣服も出現している。
(二宮地理探究2024年版p169)
ファストファッションの登場によって、製造期間やコストの削減が追求されるようになり、特に衣服縫製業の発展途上国への工場進出がめざましい。
(二宮地理探究2024年版p108)
アパレル企業間の競争が激化し、コストを下げた廉価・大量生産の「ファストファッション」の流行により、気軽に廃棄される衣料品が増加した。
(東京法令出版フォトグラフィア地理図説2024年版p179)
低価格のファストファッションの背景には、途上国労働者の低賃金で過酷な労働環境があることに気づこう。
(東京法令出版フォトグラフィア地理図説2024年版p179)
日本の衣料廃棄物は、全体の排出量が年間約140万tで・・・・・・リサイクル・リユースに回される再利用量は約20%に過ぎず、残りの多くが焼却・埋め立て処分されている。先進国から輸出された「古着」はパキスタン、マレーシア、ケニアなどの発展途上国で仕分け、再製品化され各国へ輸出される。衣料廃棄物が増加した背景には、新興国などにおける衣料品消費量の増大がある。
(東京法令フォトグラフィア地理図説2024年版p179)
低価格の服がバングラデシュなど途上国で大量生産(ファストファッション)されているが、安く提供できるのには訳がある。劣悪な工場環境で低賃金労働を現地住民にさせているからに他ならない。低価格はたいてい誰かの犠牲に基づいていることを忘れてはならない。これは、フェアトレードの論点にも通じる。
(敬天塾東大地理対策SDGsプリントより)
いかがでしょうか。この記事を読んだ受験生の方は、おそらく頭を抱えていらっしゃるのではないでしょうか。
載っているんです。
中古衣類の論点やファストファッションの問題点について、ちゃんと教科書や資料集には載っているのです。
もちろん、それらの活用法や出題切り口については別途の対策が必要ですが、ベースは教科書・資料集・過去問の3つであることに変わりはありません。
市販の参考書やお手持ちのテキストの類を否定はしませんが、それらはあくまで学習の補助ツールでしかなく、本丸は上述した「三種の神器」です。
本問は、地理的思考力を問うた良問であると同時に、使用教材によって体感難易度が大幅に変わった問題でもありました。
こんな問題を作れる東大教授陣に畏敬の念すら抱きます。
本問に込められたメッセージをきちんと汲み取るようにしてください。
前置きが長くなってしまいましたので、早速、各設問について詳しく見ていくとしましょう。
設問(1)
問題
衣類の企画やデザインを担う事業所や人材は,大都市に集中する傾向がある。その理由として考えられることを1つ挙げ、1行で述べよ。
解説
今年の東大地理では、やたら「1つ挙げ」「少なくとも1つ挙げ」「2つ挙げ」という条件指定がみられます。
客観式の問題が昨年より半減したことを受けたものでしょうか、具体例を実際に挙げられるかどうかで受験生の基礎知識力を問うスタンスに変えたのかもしれません。
さて、本問では特定産業の立地指向が問われているわけですが、類似の問題は中学受験でもよく問われています。
たとえば、
- ビール工場は、なぜ大都市に近接した場所に立地することが多いのか。
- 印刷業や出版会社は、なぜ東京に集中しているのか。
- 石油精製工場は、なぜ臨海部に立地しているのか。
といった具合にです。
教科書や資料集には必ず産業立地の表が載っているはずですが、ほとんどの人はぱらぱらめくるだけで、表の中身について、具体的な事例をもとにしっかり考えている受験生は意外に少ない印象です。
じゃあ、本問は単純な知識問題なのかというと、そうではありません。
少なくとも、衣類の企画やデザインを扱うアパレル企業が大都市に集中するという記述は教科書や資料集には見当たらないからです。
ですが、似たような視点が問われたことは過去にあります。
たとえば、
ブルーベリーの収穫量第1位は東京都である。東京都でブルーベリーの栽培が盛んな理由を1行で説明せよ。
東大地理2022年3A(2)
の問題は好例でしょう。
ブルーベリーの生産統計なんて、データブックにも載っていません。
では、これが知識問題なのかというと、そうではありません。
東京都って、どんな場所ですか?ということを考えてくださいと東大教授は受験生に問うているのです。
敬天塾の過去問解説記事でも詳述しておりますので、気になった方は併せてご覧ください。
さて、話を戻すとしましょう。
設問では、衣類の企画やデザインを担う「事業所」や「人材」が、大都市に集中する理由が問われています。
いろいろな理由が考えられますから、東大側は「1つ挙げ」てくれと条件を付しています。
時々、1つ挙げるべきところ、幾つも書いて評価してもらおうと考える人がいますが、お題を無視した答案は0点になることもあり得ると思ってください。
みなさんが考える以上に、問いに答えられていない答案が数多くあります。
ファッションの企画やデザインをするわけですから、売れる商品を企画しないといけません。
売れる商品というのは、流行に合ったものでなければなりませんね。
流行の起点は、田舎ではなく、大都市になることが多いはずです。
原宿や青山あたりはファッションの街として昔からよく知られています。
もちろん、SNSでも流行情報は容易に入手できるようになりましたが、やはり現地にいる方が迅速に情報収集ができます。
そうしてステキな服を企画できたとしても、それだけでは売れません。
商品や自社ブランドをうまくPR(宣伝)できなければいけません。
広告会社の多くは大都市に集積していますし、パリコレのようなファッションイベントの会場も大都市に集中しています。
ともなれば、デザイン会社も大都市に立地しているほうが、人的交流もスムーズですし、移動の時間も短縮できます。
さらには、優秀なデザイナーなど有為な人材は稀有ですから、簡単には見つかりません。
ですが、東京など大都市であれば、多くの人が集まっていますから、採用広告を出せば応募してくる可能性が高まります。
人がたくさんいるところだからこそ、人を見つけやすいということです。
皆さんも、バイト探しをするときに、いくら時給がよくても都市部から何時間も離れたところまで行きますかという話です。
以上の話をまとめれば、良いでしょう。
その際に注意すべきは、くどいですが挙げる理由は1つのみにするということです。
なお、近年の教科書で取り上げられることが多くなった、コンテンツ産業の話から解答方針を思いつくこともできたと思います。
たとえば、
日本のアニメーション(アニメ)制作会社の9割近くは、東京に集中している。アニメ制作会社は映画やゲーム産業、広告代理店や放送局などと連携することが多いが、これらが圧倒的に東京に集中しているためである。東京には広告を発注する大企業が多いことも、立地が集中する要因の一つとなっている。
(帝国書院地理探究2024年版p145コラム)
こうした「産業集積」という切り口は、いつ大々的に問われてもおかしくはありません。
教科書では、
大都市の工業集積が果たす役割 :モノづくり立国・日本の基盤として、中小工場の果たす役割は大きい。特に東京都大田区・墨田区や大阪府東大阪市には、高度な技術をもった機械関連企業が集中している。
(二宮地理探究2024年版p119)
サードイタリー:中小工場が集積し、職人の技術や創意工夫を活かし、衣類や皮革製品などを製造している。
(二宮地理探究2024年版p108用語解説)
のように産業集積の論点が書かれています。
ぜひ、周辺知識を固めるようにしてください。
それでは、解答例をいくつか示したいと思います。
解答例
衣服の流行把握やPR活動といった情報の受発信が容易だから。(29文字)
広告代理店や展示会場といった事業関連産業が集積しているから。(30文字)
人口が多いため、専門性をもった有為な人材の確保が容易だから。(30文字)
消費者の流行を一早く掴め、売れる服の開発を迅速に行えるから。(30文字)
設問(2)
問題
中国は世界最大の衣類生産国であり,衣類を輸入に依存する日本も,中国から多くの衣類を輸入してきた。図2ー1は,2000年から2023年における日本の衣類輸入金額と,輸入金額に占める中国の割合の推移を示したものである。2010年代以降,中国の割合が低下している理由を,日本と中国以外の国名を少なくとも1つ挙げ,2行以内で述べよ。
解説
なんとも長ったらしい設問文ですが、要するに中国から別の国に衣類の生産拠点を移した理由はなんですか?と問うてきています。
日本は衣類を「輸入に依存」しているとありますね。なぜ、輸入に依存しているのでしょうか。
日本国内では作れないのでしょうか。
いいえ、洋服自体は日本国内でもつくれます。
ですが、コストが問題なのです。
企業の経済活動を考える上では、利益を最大化することが至上命題ですから(もちろん、だからと言って公害でも犯罪でも何もが許されるわけではありません)、コストの削減を徹底するのが常です。
考えられるコストには、輸送費や原料費など様々なものがありますが、労働集約型産業(多くの人手が必要な産業)では、人件費が特に重要です。
人件費を節約するために、生産拠点を海外に移すわけですね。
その結果、産業の空洞化といった弊害が生じていることも併せて復習しましょう。
空洞化との絡みでは、半導体といった国の基幹産業をコストだけ考えてどんどん外国に依存してしまうと、経済安全保障に悖る事態になりかねないことも要確認です。
(敬天塾の『東大対策問題集 地理 比較編』や『同 最新ワード集』もご参照ください)。
また、「経済」という視点から東大過去問を鳥瞰することは極めて実戦的ですので、敬天塾の『東大対策問題集 地理 鉄則集』もぜひご活用いただければ幸いです。
本問で言えば、中国は経済成長が著しいですから、人件費の高騰が現地に生産工場を展開している日本企業の悩みのタネとなっています。
衣類縫製業は先にもお伝えした通り、多くの人手を要する労働集約型産業です。
それゆえに、人件費の高騰による減益圧力が大きく利益をあげることが困難になってしまいます。
これでは、なんのために、わざわざ中国で衣類を生産しているのかわからなくなってしまいますから、日本から程よい距離にあるベトナムやバングラデシュに生産拠点を移しているのです。
ユニクロなどの服を購入されたことはありますか?少し前までは、Made in Chinaのものも多かったのですが、最近の服はMade in Vietnamになっていることが多くなりました。
このように身の回りのものにも意識を巡らす習慣が、東大地理制覇の極意だとも言えます。
ちなみに、どれくらい賃金が違っているのかというと、
いかがでしょうか。このように比べると、確かに生産拠点をバングラデシュやベトナムに移管したくなる経営者の気持ちもわかりますね。
なお、賃金が安ければどこでもいいわけではありません。
勤勉な国民性かどうか、識字率などの教育水準がどれ程かによっても業務遂行に関わってきます。
道路や電力供給網といったインフラがしっかりしていなければ生産なんて出来はしません。
内戦やら戦争やら起こっていては、安定的な経営など図ることはできません。
賃金が安けりゃなんでもいいわけではないのです。
様々なファクターを勘案して、ベトナムとバングラデシュから輸入することが多くなってきています。
教科書では、
中国に工場をもつ日本企業は,中国での賃金が上昇すると,より安いバングラデシュなどに生産拠点を移動させるようになった。
(二宮地理探究2024年版p112)
近年は,中国よりも人件費が安いベトナムやミャンマーなどで輸出加工区や工業団地の整備が進められ、工業のグローバル化のなかで次々と生産拠点が移転している。(帝国書院地理探究2024年版p128)
と記載されています。
最近の新聞記事でも、
このように、中国からの衣類輸入額が減少することに伴い、バングラデシュやASEAN諸国からの輸入額が増えていることが統計データからも明らかとなっていますね。
なお、応用的な知識にはなりますが、染料生産の大半を担う中国が染料について環境規制を行ったため、染料価格が世界的に高騰していることも、アパレルメーカーの経営を圧迫する要因になっています。
答案に盛り込む必要性はありませんが、環境規制という政策的要因で原材料価格が高騰する論点は、他の工業製品や農産物でもみられることですので、頭に入れておくと良いでしょう。
少し長くなりましたが、このあたりの話を端的にまとめれば合格答案を紡ぎ出すことができるでしょう。
解答例
中国の人件費高騰を前に、労働集約度の高いアパレル産業は減益圧力を大きく受け、賃金の安いベトナム等に生産拠点を移したから。(60文字)
労働集約度の高い縫製業は中国の人件費高騰や環境規制で減益したため、安価な労働力を確保できるベトナム等に生産移管したから。(60文字)
設問(3)
問題
世界全体では,実際に使用されるよりもきわめて多くの衣類が生産されている。こうした事象が生じる背景を,以下の語句を全て用いて2行以内で述べよ。語句は繰り返し用いてもよいが,使用した箇所には下線を引くこと。
ファストファッション 天候
解説
2Aの中核をなす設問です。
正直、設問(1)や(2)はサービス問題ですから、たいして差はつきません。
勝負の要は、この設問(3)と次の(4)でした。
扱われているテーマはSDGsに絡む論点です。
そして、指定語句の「ファストファッション」という語句を知っていたかどうかも、合否の分かれ目でした。
一般的な参考書の類には確認する限り記載がありませんでした。
では、どこに書かれていたのかというと、最新の教科書・資料集です。
具体的には、本稿の冒頭でもご紹介したように、
最新の流行を取り入れ、価格を抑え、短期間に大量は販売するファストファッションと呼ばれる衣服も出現している。
(二宮地理探究2024年版p169)
ファストファッションの登場によって、製造期間やコストの削減が追求されるようになり、特に衣服縫製業の発展途上国への工場進出がめざましい。
(二宮地理探究2024年版p108)
アパレル企業間の競争が激化し、コストを下げた廉価・大量生産の「ファストファッション」の流行により、気軽に廃棄される衣料品が増加した。
(東京法令出版フォトグラフィア地理図説2024年版p179)
低価格のファストファッションの背景には、途上国労働者の低賃金で過酷な労働環境があることに気づこう。
(東京法令出版フォトグラフィア地理図説2024年版p179)
と明記されています。
やはり、こうした文章を読んだことがあるかないかで、設問(3)に対するアプローチの仕方はまるで変わったはずです。
そうした意味でも、東大入試は情報戦の様相を呈していると言えましょう。
さて、こうしたファストフードならぬファストファッションにはどのような問題点があるのでしょうか。
ざっと挙げてみたいと思います。
いかがでしょうか。かなり深刻ですよね。
アパレル産業は、「第2の汚染産業」と称されるほどに、深刻な環境汚染を招いていると考えられています。
どれくらいの環境負荷がかかっているのか、ご覧いただくとしましょう。
(消費者庁)https://www.caa.go.jp/policies/future/topics/meeting_006/materials/assets/future_caa_cms201_1209_02.pdf
こうした状況を少しでも改善するために、消費者のリサイクル意識の向上や、環境にやさしい染料の使用などの重要性が叫ばれています。
いかがでしょうか。なかなか深刻な問題ですよね。
本問におけるファストファッションの使い方としては、需要を無視した大量生産によって「供給過多」が生じる実情を端的に記せば点数をいただけるでしょう。
なお、こうした問題を解決するために、事業者と消費者の双方が意識や行動を変える必要性があると言われています。
その上で、もう一つの指定語句である「天候」について考えていくとしましょう。
これにはかなり頭を痛めた受験生がいたと思います。
衣類が世界中で過剰に生産される理由と「天候」がどのように関係するのでしょうか。
天候というと、雨とか晴れとか、暑いとか寒いとかを真っ先にイメージできると思います。
だから何?と思われたやもしれませんが、夏服や冬服のことを思い浮かべてみてください。
冬は寒いですから暖かなコートでも着たいものです。
ですが、冬になってからコートを生産したのでは、消費者の元に届くのは春先になってしまいます。
それゆえに、冬に入る前に生産発注を行うのが常です。
夏服ならどうでしょうか。
猛暑日でも快適に過ごせる夏服も欲しいですよね。
ですが、夏になってからつくるのでは消費者の手元に届くのは冬になってしまいます。
夏場に店頭に並ぶようにするためには、冬の時期からせっせと生産を始めなくては間に合いませんよね。
考えてみれば当たり前のことです。
ただ、何事も計画通りに運ばないのがビジネスの難しいところです。
今年度の1Aでも取り上げられたように地球温暖化の進展に伴い、近年では異常気象が頻発するようになり、暖冬や冷夏といった季節外れの天候になることが多くなりました。
暖冬に分厚いコートは要りませんし、冷夏に薄手のシャツでは風邪をひいてしまいます。
その結果、少し前からせっせと生産してきた衣服が売れ残ってしまい、大量の在庫を抱えることになります。
これは結局のところ、「需要と供給」のバランスが崩れてしまう要因(経済的要因以外の制約条件で)として考えられることはなんですか?と東大側が受験生の考えるように問うているのです。
そのヒントとして、「天候」が指定語句に挙げられているわけですね。
設問文で書かれている「実際に使用されるよりも(=需要)、きわめて多くの衣類が生産(=供給)」という言葉から、なぜに供給過剰になるのか、なぜに需要予測が失敗したのかを考えなさいと東京大学は問うているわけです。
経済に関する視点は、東大地理で繰り返し繰り返し、あの手この手と形を変えて出題されています。
たとえば、経済原理だけでは説明ができない制約条件としては、
① 時差
② 規制(政策/法律/条約/条例/外交問題など)
③ 資源枯渇 / 自然災害
④ 価格高騰 / 価格競争
⑤ 言語
⑥ 宗教/文化/慣習
⑦ 国籍
⑧ 年齢
⑨ 性別
などが考えられます。
自動車工業を例にとれば、エネルギー資源の不足や地震災害で道路網が遮断され部品が届かない(③)、排ガス規制や貿易摩擦(②)、中国の資源ナショナリズムで尿素水輸出規制(②)、原油高や原材料に価格高騰を消費者に転嫁できない(④)といった例が考えられますね。
本問は③の自然災害が絡みそうです。
自然災害と言えるレベルの天候不順で、生産計画に狂いが生じている実態に気付いてほしいと東大教授は願っているわけです。
なお、制約条件は悪いことばかりではありません。
制約をチャンスに変えた例もあります。
たとえば、インドのコールセンター(2014東大2A)は、①の時差を好機と捉えているわけです。
詳細な解法レシピは敬天塾の『東大対策問題集 地理 鉄則集』でご案内しておりますので、よろしければご参照ください。
最後に、塾生の解答プロセスもご紹介するとしましょう。
(地理的思考を駆使した塾生の解答プロセス)
この問題を見かけたとき、ファストファッションのことをド忘れして頭が真っ白になりました。
そこで、リード文や設問文にヒントが隠されていないか、再度、丁寧に読み込んだのです。
鉄則集で他の設問文にもヒントが隠されていることがあると学んでいたのでチェックしたところ、設問(2)では中国から他地域へのシフトについて問われていたな、服の低価格競争が激化しているからこそ利潤追求のために、人件費の安い地域に工場を移転していたわけだなということを再確認しました。ここで設問(3)のリード文を改めて読んでみると「世界全体では,実際に使用されるよりもきわめて多くの衣類が生産されている。」とあります。
説問(2)と合わせてみると、低価格の服をガンガンに作っていることがわかります。
大量生産の問題点に主題が置かれている設問であることから、おそらく、こうした状況を総称したのが「ファストファッション」なのだろうと推測しました。
もう一つの指定語句である「天候」については、設問文で世界全体の話をしていることから、世界全体で天候になんらかに問題が起こっている論点を思い出せということかなと考えました。
地球温暖化に伴う異常気象くらいしか教科書には書かれていなかったはずですので、異常気象と衣類生産の関係性について考察せよということかなと問題文を読み替えました。
異常気象というと、異常に暑かったり、異常に寒かったり、台風や豪雨で災害が多発したりすることが思い浮かびます。
さらに日本の身近な例を思い出してみました。
最近は春夏秋冬の四季を感じづらく、季節感がなくなって、春をすっ飛ばしていきなり夏になったり、秋をすっ飛ばしていきなり冬の寒さが到来したりするなと思いました。
秋になり夏ものの服をしまった瞬間に、猛暑日が再来して、再び夏ものをタンスから引っ張り出さなくてはならないことも多くなりました。
季節感がなくなって、服装を選ぶことに頭を悩ませることばかりです。
そんな状況ですから、服を作るメーカーさんも洋服づくりが大変だろうなと思ったのです。
このように思考を巡らすことで、解答方針がわりとすぐに定まりました。
いかがでしょうか。
このような考察を入試会場でできるようになった塾生の成長にうるっときてしまいました。
経済活動の原理原則は利潤追求ですから、本来は大量生産→大量在庫という流れはよろしくはありません。
ですが、ファストファッションでは、需要量を大幅にオーバーする生産を繰り返しているのです。
売れ残れば焼却や埋め立て処分をしてしまえと考える企業もかなり多くあります。
なんだか勿体無い話ですが、在庫を保管する倉庫代もばかになりませんから、いっそのこと燃やしちゃったほうがいい、値引きするくらいなら新商品を積極的にガンガン売ったほうがいいと考えるのです。
SDGsの発想とは真逆ですよね。
だからこそ、「ファストファッション」に代わって「サステナブルファッション」を目指しませんかと、環境省や国連は訴えているのです。
それでは、解答例を示したいと思います。
(字数調整前の答案)
短い製造サイクルで衣類を大量生産するファストファッションの台頭に加え、温暖化による冷夏暖冬といった天候不順で季節商品の需要予測が失敗気味で在庫過多となっているから。(82文字)
地球温暖化で世界的な天候異変が頻発して生産計画に狂いが生じるなか、需要を大幅に超える大量生産を是とするファストファッションの台頭で在庫過多状態に拍車がかかったから。(81文字)
解答例
ファストファッションの台頭で需要を無視した過剰生産がなされ、温暖化による天候異変の頻発もあって売れ残りが激増したから。(60文字)
需要以上に大量生産するファストファッションの台頭に加え、冷夏暖冬等の天候不順頻発で衣服が売れ残り、在庫過多に陥っている。(60文字)
低廉な服を過剰生産するファストファッションが台頭した他、天候不順で季節商品の需要予測の失敗が頻発し供給過多傾向だから。(60文字)
温暖化の深刻化で天候予測を誤ることが多くなり在庫過多になった他、ファストファッションの台頭で過剰生産が常態化している。(60文字)
設問(4)
問題
先進国などで着られなくなった中古の衣類は,世界各地に輸出されており,世界全体の輸出量は増加を続けている。これに対し,EUでは,中古の衣類など,使用済み繊維製品の輸出を規制しようとする方針が示されている。また,中古の衣類の輸入を禁止したり,制限したりする国もある。このように,中古の衣類の輸出入を規制する理由として考えられることを2つ挙げ,以下の語句を全て用いて3行以内で述べよ。語句は繰り返し用いてもよいが,使用した箇所には下線を引くこと。
安価 リサイクル 輸入国
解説
2Aのフィナーレを飾る説問(4)についてみていくとしましょう。
中古の衣類の輸出入規制を世界各国でかけている理由について「2つ」挙げるよう求められています。
オリジナリティ豊かな問題で、他大学では見かけたことがありません。
教科書や資料集にも記載がありませんから、設問文と指定語句をヒントに答えを紡ぎださなくてはならないのです。
まず設問文を情報整理してみましょう。
①EUは中古衣類の「輸出」を規制しようとしている
②中古の衣類の「輸入」を禁止OR制限しようとしている国もある
このことから、
③中古の衣類の輸出入を規制する理由として考えられることを2つ挙げよ,とあります。
①については、主語がEUと明示されていますね。
設問文でいうところの先進国の集まりです。
先進国ではリサイクル意識が高まっていますから、限りある資源や環境保護の資源から、安易な輸出を制限する貿易政策が採られたとでも書けると良いでしょう。
EUの主要国は地球環境にやさしい政策を次々と打ち出しています。
教科書では、「近年のEUは、脱炭素社会の実現に向けて環境政策に力を入れており、世界をリードしている。(帝国書院地理探究p285)」と記されてもいます。
リサイクル先進国でもありますから、EU域内の中古衣類を安易に域外へ輸出することなくリサイクルすることで、輸送時に伴う二酸化炭素排出の抑制や大量廃棄に伴う環境汚染防止につながると考えているのです。
②で想定されている国は、安価な中古衣類を輸入しなければいけない経済状況の国だと考えられ、発展途上国を指していると推論できそうです。
そうした国々が輸入を制限するということは、国内産業を保護する保護貿易政策が真っ先に思い浮かびます。
世界史を選択している受験生にとっては、保護貿易というパワーワードはわりと常識なのではないでしょうか。
「安価」な中古衣類をどんどん輸入してしまうと、国際競争力が乏しい国内のアパレルメーカーが倒産してしまうわけです。
この論点は、日本の農産物でも似たような話がありましたよね。
国内の農家を守るために、関税を引き上げて外国産の流入を防いでいるという典型論点です。
以上の流れを端的にまとめられれば答案を紡ぎ出せるでしょう。せっかくですから、塾生の思考プロセスについてもご紹介するとしましょう。
(地理的思考を駆使した塾生の解答プロセス)
この問題を見かけたとき、1B(4)に同じく、物事は両方向から考えなくてはいけないよと東大教授が強調しているように思えました。
たとえば、貿易には輸出国と輸入国は必ず存在します。
中古衣類に関しては、輸出国が先進国であると設問文で明示されていますから、自動的に発展途上国が輸入国だと決まります。
輸入国には輸入国の事情が、輸出国には輸出国の事情があるよねと問われていると思いました。
輸入国(≒発展途上国)が安価な中古衣類の輸入を敬遠する理由はなんだろうかと考えたとき、私は日本のコメや果物の話を思い出しました。
昨今、アメリカのトランプ大統領が関税政策をガンガンに打ち出していますが、そうした話題から国内産業を保護するという流れも思いつけるかもしれません。輸出国(≒先進国)については、パリ協定やSDGsなど環境意識の高まりがみられる地域のはずです。
経済成長を遂げた国だからこそ、環境のことを考えるだけの余裕があるわけです。
カーボンフットプリントの論点は教科書でも明示されているところですが、ガンガンに古着を輸出すれば輸送時に排出する二酸化炭素もかなりのものになるはずです。
環境先進国であれば、そうした環境負荷を敬遠するはずですから輸出規制をかけるはずだと思いました。
このように方針を定めた上で、一気に答案を書き上げました。
いかがでしたか。
合格者がどのようなアプローチで解答方針を打ち立てているのか、その一端を垣間見ることができたのではないでしょうか。
東大地理は赤本や青本の解答例を丸覚えだけしたところで、得点力はなかなかつきません。
頭の中に入っている基礎知識をどのように「調理」し、いかにして設問要求に沿ってまとめ上げるか、そうした思考過程が最も重要なのです。
なお、古着の輸入規制絡みでは以下の記事も興味深いと思いますのでご紹介いたします。
https://president.jp/articles/-/53225?page=3
それでは解答例です。
解答例
輸出衣類が輸入国でリサイクルされずに大量廃棄され環境汚染を招いている実態を環境先進国が懸念した他、発展途上国内のアパレル産業を保護すべく安価な古着の輸入を制限する必要もあるから。(90文字)
先進国から輸出される古着が輸入国でリサイクルされずに大量廃棄され環境汚染に繋がっている実態と、発展途上国の衣類産業が安価な輸入古着で打撃を受けている状況を改善する必要があるから。(90文字)
環境保護意識の高まりから古着のリサイクルを国内で推進する政策が先進国を中心に採られた他、安価な中古衣類の輸入国では経済発展のため自国の衣類産業を保護する高関税政策が採られたから。(90文字)
長くなりましたが、皆様の学習の一助になれましたら幸いです。なお、6月ごろに作問担当の東大教授が講評を発表しますので、確認の上、敬天塾のホームページですぐにご紹介いたします。ぜひ、ブックマークなどをお願いいたします。
【さらに深く学びたい方のために】
敬天塾では、さらに深く学びたい方、本格的に東大対策をしたい方のために、映像授業や、補足資料などをご購入いただけます。
上記の地理の記事は敬天塾の塾長とおかべぇ先生が執筆しています。
おかべえ先生は、東大地理で60点中59点を取得した先生です!
どなたでも受講可能な、おかべぇ先生の授業はこちら ↓