2018年 東大国語 第1問 野家啓一『歴史を哲学するー七日間の集中合議』解答(答案例)・解説
目次
2018年 東大国語 第1問 野家啓一『歴史を哲学するー七日間の集中合議』
日本史、世界史、地理や物理に哲学と、あらゆる分野の話が一つにつながる話。
まさにリベラルアーツを標榜する東京大学の入試問題という内容に、初めて読んだときには大変感動しました。このような文章に触れ、心を動かされて学問を志す若者に、ぜひ入学してほしいと思います。
さて毎回書いていますが、現代文は回答者によって解釈のブレ、答案の表現のブレなどが激しい科目であるため、賛否両論が発生することは承知していますし、闊達な議論を奨励しています。
お気づきの点がありましたら、遠慮なくコメントをお願いします。
※なお、本稿では最低限の読解や私(平井)の答案の紹介を行っています。
《より詳細な内容》に加え、《多くのサンプル答案に対する添削やアドバイス》などを2時間ほどかけて解説した授業動画もご用意しております。
ご自身でサンプル答案の添削に挑戦していただいた上で視聴いただくと、多くの気づきを得られます。
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敬天塾作成の答案例
敬天塾の答案例だけ見たいという方もいるでしょうから、はじめに掲載しておきます。
受験生の学習はもちろん、先生方の授業にお役に立てるのであれば、どうぞお使いください。
断りなしに授業時にコピペして生徒に配布するなども許可していますが、その際「敬天塾の答案である」ということを必ず明記していただくようお願いします。
ただし、無断で転売することは禁止しております。何卒ご了承ください。
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【平井基之のサンプル答案】
設問(一)(骨格を保存)
見たり触ったりせず飛跡を確認するだけで素粒子が本当に存在する、ということを保証しているのは、度重なる検証や反証を経て構築された物理学理論と、それに基づく実験結果だということ。
設問(一)別解(骨格を変形)
直接見たり触ったりできない素粒子の存在が誰からも疑われないのは、度重なる検証や反証を受けながら作られてきた物理学理論と、それに基づく実験の結果が保証しているからだということ。
設問(二)
「理論的構成体」は十分に検証された物理学理論に基づく手続きや実験によって存在することが保証されているため、決して架空の事物ではないということ。
設問(三)
歴史上のあらゆる事件や出来事は、人間や物体などのように直接観察できるものではなく、それらを歴史学の理論と手続きに則り歴史学者の頭の中で関連付けてできた産物であるということ。
設問(四)
歴史的事実とは、直接知覚できる具体的なもの一つずつではなく、それらを互いに関連させ、歴史学の理論や手続きに則り十分な検証を行って、実在することが保証されたものであるため、確証されるまでに理論や手続きなど歴史学者による思考が必ず伴うから。
※多少、字数が多めの答案になっていますが、短くまとめきれない私の力量不足以外の何物でもありません。あくまで、答案サンプルの一つであり、皆さんの考察の材料となることを願って作成したものですので、寛大な心でご覧いただけると幸いです。
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【別講師Aのサンプル答案】
設問(一)
誰もが検証や反証の前提とする量子力学を基盤とした現代の物理学理論を元につくられた実験装置で痕跡が認められたからこそ、知覚できぬ素粒子の実在が疑われないということ。
設問(二)
知覚的に観察できずとも、科学者達が築き上げてきた理論体系と、それに基づく実験装置が示した証拠によって実在性が検証されているので、机上の産物である危険はないということ。
設問(三)
「フランス革命」や「明治維新」は、様々な動乱や改革などが連関した概念であり、具体的にこれと指せる知覚的なものではなく、歴史学の理論に基づいて初めて捉えることができるということ。
設問(四)
見聞して確かめられぬ歴史的出来事を空想の産物と一戦と画すには、歴史学の理論という「物語り」のネットワークを根拠とした大発掘や史料批判を行わねばならない。理論と結びつけることで、他者の検証反証が可能となり歴史的出来事の実在性が担保されるから。
※以下に長々と記述する、私の解説の主義とは違う部分もありますが、語彙の使い方やまとめ方など参考になると思いますので、載せておきます。
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設問(一) その痕跡が素粒子の・・・理論にほかなりません。
採点は5段階評価で標準を3とし、
難しいポイント1つにつき+1、
簡単なポイント1つにつき-1としています。
「傍線部の構造」は答案骨格の作りにくさです。
「表現力」は自分の言葉に言い換える難しさです。
骨格をどうする?
まずは骨格をとらえると、「Aを保証しているのは、Bにほかなりません。」というもの。単純化すると「BがAを保証している。」とできますが、因果関係は保存されていますが、元の骨格はいわゆる強調構文になっています。すなわち、Bが強調されている形です。
ここでAに該当するのが「その痕跡が素粒子の「実在」を示す証拠であることを保証しているもの」で、Bが「量子力学を基盤とする現代の物理学理論」です。
いつも通りですが、まずはこのように骨格から捉えましょう。
補足説明が必要な単語やことば
Aをみると、いくつか作業があります。まずは冒頭の「その痕跡」という指示語の特定。これは簡単で、直前にある「ミクロな粒子の運動のマクロな「痕跡」」ということで良いでしょう。
これをさらに具体的に補足説明していきます。
「ミクロな粒子」とは知覚できない物質で、「マクロな痕跡」とは実験器具による証拠です。
難しいのはBの方です。ここが、差がつくところです。
「量子力学を基盤とする現代の物理学理論にほかなりません。」がBの全貌なのですが、この中で補足説明が必要なことばがあります。さあどれでしょう。(答えは、少し下の方へ)
一般的には、Bに使われている言葉は全て一般語です。特に言い換える必要がない言葉ばかりだと思います。しかし、ここでもう一歩踏み込んで考えてみましょう。
なぜ、物理学理論があると、見えない粒子でも実在すると断言できるのでしょう。
これは目立つように書かれていません。そして、それほど明確には書かれていません。しかし、論理を突き詰めていくと、必ず疑問になるはずのことです。
この(解答ではなく)回答になるのが、第2段落の後半。
「根拠が明示されなければ検証や反証のしようがありません。」の部分です。根拠とはさらに前の行にある「物理学の理論の支えと実験的証拠の裏付け」のことですから、裏返して言い直すと
「物理学の理論と実験的証拠があると、検証や反証ができる」ということになります。
まとめると、「物理学の理論と手続きに則ると、誰にでも検証や反証が可能になる。そのため物理学理論は、見えない粒子が実在することに対する証拠たりえる」のようになります。
この部分を取り上げているのは、あくまで一例ではありますが、本文の要素をまとめるだけ、言い換えながらつなげるだけ、のようなテクニックで解こうとすると気づかないところでしょう。
なお、第2段落だけ見ると、「物理学理論が大事だ」ということのみ書かれていますが、第1段落や第3段落、それ以降の段落まで読み込むと、理論と同様に(以上に?)手続きが大切だという内容が書かれています。
そのため、理論だけではなく手続きについても触れると、よりよい答案になると思います。(「手続き」という言葉ではなく、「実験」や「実験器具」などでも良いでしょう。)
この点も、「傍線部の前後をまとめると答案になる」というような、手順を単純化した解法に頼ると痛い目を見る例と言えるでしょう。
以上を踏まえ、私の答案をご覧ください。
平井答案の解説
見たり触ったりせず飛跡を確認するだけで素粒子が本当に存在する、ということを保証しているのは、度重なる検証や反証を経て構築された物理学理論と、それに基づく実験結果だということ。
・傍線部の骨格をなるべく保存しているため、主語と述語の対応関係がやや分かりづらいような気がしています。(いかがでしょうか)
・「知覚できない」という言葉がやや堅苦しく、スッと頭に入って理解できないと感じたので、「見たり触ったりせず」としました。
・「実在」は傍線部でカギカッコ付きで使われているため、言いかえる必要があるということで「本当に存在する」としました。
・物理学理論が説得力を持つ理由として「度重なる検証や反証を経ている」と説明しました。
・理論だけではなく「手続き」も含めました。
骨格を少し変形して、こんな答案も過去に作っています。よろしければご覧下さい。
直接見たり触ったりできない素粒子の存在が誰からも疑われないのは、度重なる検証や反証を受けながら作られてきた物理学理論と、それに基づく実験の結果が保証しているからだということ。
設問(二) 「理論的虚構」という意味はまったく含まれていない
否定文の説明はどうする?
例のごとく、骨格から。これは非常にシンプル。「Aではない」です。
もちろん原文は、「Aという意味は全く含まれていない」ですが、単純化して「Aではない」としてしばらく考えます。
さて、これを言い換えるとどうなるでしょう。
もちろん、ストレートに「〇〇ではない、ということ」と答えても、一定の説明にはなるのですが、これでは不十分に感じませんか?
例えば、
「遅刻ではない」「寝坊ではない」などと言われたら、「じゃあ、何なんだ!」と気になりませんか?
これは卑俗な例でしたが、要するに「Aではない」のような否定文の説明は、肯定文で説明するのが良いでしょう。
今回は、否定文が「虚構でない」ですから、つまり「本当だ」とか「現実だ」のような肯定文に直して答えることになります。
これは、傍線部アと同じ内容で、「知覚できない粒子でも、理論と手続きに則れば、実在しているといえる」という内容が該当するのは、分かりやすいと思います。
傍線部の位置
「嘘ではない」を「本当だ」と直すことが分かったとしても、次の疑問が生じてきます。
「何が?」です。
傍線部を見ると見事に文書の真ん中にひかれており、傍線部の上にも下にも文章が続いています。
これは、傍線部問題の難易度をちょっと上げる、出題者側の常とう手段で、特に主語を隠すのによく使われます。
傍線部イの直前を見ると「理論的存在といっても」とありますから、主語は「理論的存在」。
理論的存在とは何かを探すと、前の行に「科学哲学において、直接的に観察できない対象のこと」とハッキリ定義されていますから、これを採用。一件落着です。
平井答案の解説
以上を踏まえ、私の答案例です。
「理論的構成体」は十分に検証された物理学理論に基づく手続きや実験によって存在することが保証されているため、決して架空の事物ではないということ。
・「理論的構成体」は、と主語を挿入しました。「理論的存在」でも可能です。
・その後は、設問(一)の内容を要約し、簡潔にまとめて「十分に検証された物理学理論に基づく手続きや実験によって存在することが保証されているため」としました。
・検証への修飾として「十分に」としました。設問一では「度重なる」としましたが、今回は異なる修飾語句を利用することで、語彙をアピールしています。なお、「十分に」という修飾が非常に素晴らしかったので、過去生徒の答案より拝借しています。
・肯定文の説明としては、以上の部分で完結していますが、「虚構ではない」を言い換えていることを強調するため、「決して架空の事物ではない」としました。
設問(三) 「フランス革命」や「明治維新」・・・「思考」の対象であること
骨格は、ちょっと複雑
骨格は「AはBであり、Cではなく、Dである」です。これまでより、やや複雑な骨格です。
とはいっても、Aの部分は主語であり、むしろ傍線を引いてくれていることが難易度を押し下げていると言えましょう。(ただし、Aの内容は具体例なので、抽象化する作業は必要。)
BとDは、Aを肯定する内容なので、要するに「AはBであり、Dである。」という内容が主軸です。
Cは否定文なので、設問二と同様に、メインの内容ではありません。入れられたら入れたい内容です。
以上を踏まえて答案の骨格を作ります。
「フランス革命」と「明治維新」の言い換え
次に、主語に相当する「フランス革命」や「明治維新」の部分ですが、これは具体例なので抽象化したい内容です。(字数が長いですし、Bの部分が「抽象的概念」ですからなおさらです。)
これは4段落の冒頭において、「歴史的事実」と書かれているのを持ってくると良いでしょう。第3段落まで物理の話をしていて、第4段落から「歴史も同じだよ。」となり、「フランス革命」や「明治維新」も素粒子みたいなものだと文章が続いています。
ただし、「フランス革命」と「明治維新」を「歴史的事実」と言い換えた所で説明になりません。「歴史的事実」とは何だ、ということになります。そこで、今度は「歴史的事実」の説明をすることになります。普通は。
「普通は」と言ったのは、この問題が例外だという意味です。なぜならば、この傍線部が「歴史的事実とは何か?」を説明している傍線部だから。
つまり、B、C、Dの部分を説明すれば、おのずと歴史的事実の説明になります。ということで、Bに行きましょう。
「抽象的概念」「思考」の言い換え
次にBの部分の抽象的概念の言い換えですが、これは簡単。
「抽象的」という言葉の原義や、傍線部の直前を見れば見えてくるでしょう。すなわち、個々の「事物」ではなく、関係の糸で結ばれた「事件」や「出来事」の部分ですね。
要するに、具体的な一つ一つではなく、それらを関連させて作るのが「歴史的事実」だということです。
しかし、ここで求められるのが表現力。
本文の用語をそのまま使っても解答になりません。「事物」や「事件」、「出来事」とカギ括弧が使われているからです。カギ括弧が使われていると、何らかの意味が含まれます。その含まれた意味をも答えるのが国語の問題です。これを言い換えるのが、なかなか難しいですね。
そしてDの部分の「思考」の対象とは何か。これは明確には書かれていませんが、ヒントはあります。
まずはBと同様、直前の「関係の糸で結ばれた」の部分ですが、これは人間の頭の中で行う作業です。また、CとDの部分が対比されて、「知覚ではなく思考だ」となっています。これも設問一の内容から引っ張ってくれば、「直接見ることはできないけれど、理論によって実在が保証されているもの」のような意味と取れるでしょう。
平井答案の解説
以上を踏まえ、私の答案例です。
歴史上のあらゆる事件や出来事は、人間や物体などのように直接観察できるものではなく、それらを歴史学の理論と手続きに則り歴史学者の頭の中で関連付けてできた産物であるということ。
・主語は「歴史的事実」を噛み砕き、「歴史上のあらゆる事件や出来事」としました。
・傍線部直前の「個々の事物」を、「人間や物体などのように直接観察できるものではなく」と言い換えました。
・「歴史学の理論と手続きに則り」として、単なる素人の産物ではなく、正統な資格を持つものであることを表現しています。
・「関係の糸で結ばれた」を「関連付けて」とし、さらに「頭の中で」と書くことで「思考の対象」を表現しています。
・主語として「歴史学者が」と加えました。
設問(四) 歴史的出来事の存在は、・・・「物語的存在」と呼ぶこともできます。
「なぜ」の問題なので、骨格は自由。
いつも傍線部の骨格を見ていくのですが、今回は「なぜ」の問題。理由を説明するので、基本的には自分で骨格を考えなければなりません。
問われているのは、傍線部になる理由ではなくて、「歴史的出来事の存在」はなぜ「物語り的存在」といえるのかです。
歴史的出来事については、設問三で答えた通りなので、ここを要約すればよいでしょう。問題は「物語り的存在」の方です。
まず、「物語り」という言葉がややこしいです。「物語」ならば昔話や小説などを指しますが、「物語り」とひらがなの「り」がつくと、あまり一般的には使われない言葉になってしまいます。(「物語る」という動詞であれば、「戦争体験を物語る」などと使われるのに)
このように「物語り」がほとんど進出単語のような言葉なので、本文中の使われ方からイメージをつかむしかありません。
第一段落にも「物語り」という言葉は登場していますが、あまりヒントにはなりません。そこでさらに探すと、第6段落の最後に「「理論」を「物語り」と呼び変えるならば」という表現があります。つまり、「物語り」は「理論」と同じ意味と捉えます。こうなるとかなり分かりやすい。
もう一度、問われていることをかみ砕いてみましょう。「歴史的事実は、なぜ理論的存在と言えるのか」
理論的存在とは設問二で答えた内容です。これで、方針が定められるでしょう。
平井答案の解説
以上を踏まえ、私の答案です。
歴史的事実とは、直接知覚できる具体的なもの一つずつではなく、それらを互いに関連させ、歴史学の理論や手続きに則り十分な検証を行って、実在することが保証されたものであるため、確証されるまでに理論や手続きなど歴史学者による思考が必ず伴うから。
・はじめから約3/4は、設問三の要約です。
・残り1/4は、「理論的存在」において最も重要な要素である、「理論と手続きが伴うこと」と「それが人間の頭の中で考えらえれたもの」という内容に触れました。
まとめ・講評
以上、様々解説してきました。
現代文の解法において、「こうすれば解ける」のような単純な方法論には頼らずに説明したいのですが、それでもこの文章では、どの問題も基本的な解法が通用する問題だったと言えると思います。
「物語り」の部分においては、やや読解が難しかったかもしれませんが、それ以外は非常に論理的でわかりやすい説明がされている文章だったため、大きく読解の方向性がズレないのではないかと思います。
※なお、本稿では最低限の読解や私(平井)の答案の紹介を行っています。
《より詳細な内容》に加え、《多くのサンプル答案に対する添削やアドバイス》などを2時間ほどかけて解説した授業動画もご用意しております。
ご自身でサンプル答案の添削に挑戦していただいた上で視聴いただくと、多くの気づきを得られます。
映像授業【東大現代文】 2018年第1問 解説授業 販売ページ