2026年東大国語 第1問 松本卓也『斜め論 空間の病理学』解答(答案例)・解説

ここ数年出題されていた論理的な文章から変わって、いかにも文系チックな文章でした。評論文ですから論理的ではあるのですが、題材が精神分析なのでザ文系です。
また、長い文章に見えて前編と後編に分かれていて、それらが並列関係というのも珍しいです。並列ですから、最後に交わらずに本文が終わります。普通なら、2者を比較して最後に共通点なり相違点なりを交えて、まとめて終わるものですが、まとめず終わる。伏線を回収「しない」文でした。これは現代文の題材の文として、もしかして初めて読んだかも。
世界史の第1問が数年前に600字の大論述を廃止して2問に分かれたのを思い出しました。この現代文第1問も、2問ずつの文章を2つ読まされた感じに近いかもしれませんね。

毎回書いていますが、現代文は回答者によって解釈のブレ、答案の表現のブレなどが激しい科目であるため、賛否両論が発生することは承知していますし、闊達な議論を奨励しています。
お気づきの点がありましたら、遠慮なくコメントをお願いします。

敬天塾作成の答案例

敬天塾の答案例だけ見たいという方もいるでしょうから、はじめに掲載しておきます。
受験生の学習はもちろん、先生方の授業にお役に立てるのであれば、どうぞお使いください。
断りなしに授業時にコピペして生徒に配布するなども許可していますが、その際「敬天塾の答案である」ということを必ず明記していただくようお願いします。
ただし、無断で転売することは禁止しております。何卒ご了承ください。

【平井基之のサンプル答案】

設問(一)
治療者と患者が対面する形式から患者が横たわり治療者が傍らに座ることにより、一般的な対等関係から、権威がある治療者と服従する患者という不自然な上下関係へ改変するということ。

設問(二)
幼少期に「超自我」に抑圧された患者を横たわらせ、分析家が頭上に位置すると、患者が超自我を分析家に投影しやすくなる。このまま分析家が解釈を行うと超自我の抑圧的な印象を和らげられるから。

設問(三)

設問(四)

※多少、字数が多めの答案になっていますが、短くまとめきれない私の力量不足以外の何物でもありません。あくまで、答案サンプルの一つであり、皆さんの考察の材料となることを願って作成したものですので、寛大な心でご覧いただけると幸いです。

設問(一) 人間どうしのふつうの水平的関係を人工的な垂直的関係へと作りかえている

レーダーチャートは作成中

総合難易度1
本文の読解1
傍線部の構造2
表現力1
字数制限2

採点は5段階評価で標準を3とし、
難しいポイント1つにつき+1、
簡単なポイント1つにつき-1としています。
「傍線部の構造」は答案骨格の作りにくさです。
「表現力」は自分の言葉に言い換える難しさです。

過去1番簡単かも。。。

難易度判定のレーダーチャートを作ったら、総合難易度が1になってしまいました。滅多に付けないはずなので、過去に存在したかと検索してみたら、去年の第1問の設問1も総合難易度1でした(笑)。2年連続で設問1が超簡単に。

骨格はシンプル、対比もシンプル

ではいつもとおり、問いから確認しましょう。今回は「どういうことか」という問いです。
傍線部が結構長いのですが、骨格はシンプルですね。「AをBに作りかえている」というもので、Aに該当するのが「人間どうしのごくふつうの水平的関係」、Bに該当するのが「人工的な垂直的関係」です。
ということは、答えの骨格も決まりです。可能な限り「AをBに作り替えている」という骨格で書きましょう。

また、AとB自体が対比構造になっていますね。
ごくふつう VS 人工的
水平的関係 VS 垂直的関係
という2種類の対比があり、「AをBに作り替えている」ということは、「AからBに変わった」ということです。つまり変化を表す骨格ということで、これもアルアルですね。ここまで非常にシンプルでよくある問題です。

抽象的な語を、具体的に言い換えよう

次に、AとBの中身を見ていきましょう。

Aは「人間どうしのごくふつうの水平的関係」ですね。「人間どうし」と「ごくふつう」は一般的な日本語の意味と同じなので、単純な言葉遊びの言い換えでOKです。例えば「対等なありふれた」など。Bの人工的な垂直的関係」も同様です。「人工的な」は一般的な日本語と同じ意味なのでただの言い換えでOKです。

一方で、「水平的関係」と「垂直的関係」は筆者の個人言語であり、比喩であり、抽象語です。こういうのは、ガッツリ自分で説明を加えながら言い換えなければなりません。本文に何も書いてなかったら、本文の文脈のそってある程度想像して書くしかないですが、今回は本文に説明があります。

該当部分を探すと、3段落目。
「汝と我という、それなりに対等なーー空間的に表現すれば「水平的な」ーー関係ではなく」「<他者>と主体という権威とそれに対する服従ないし反抗が生じやすい「垂直的」な関係」
ですね。しかしこれでもかなり抽象的です。
ということで、さらに探します。
3段落目の冒頭が「このことは」ですから、2段落目の内容を指示語として受けていることが分かるので、2段落目を見ると、ここに発見!
対面法から、患者を寝椅子に横たわらせ治療者が傍らに座るという配置に変えた、ということが書かれています。確かに、対面法は水平の位置関係だし、寝ている人と座っている人では垂直と言えるでしょう。(元理系の私は、垂直じゃなくて鉛直だろ!とか思ったし、寝てる人と座っている人って垂直の関係なのか?斜めにズレてないか?とか思いましたが、国語の文章でそういうことを考えてはいけません!)

つまり、
対面 = 対等 = 水平的
寝ている&座っている = 権威or反抗 = 垂直的
という構図が頭の中で作れればOKです。

他のアプローチ

傍線部の直後に「のである」がありますね。これ、最近の東大現代文で非常によく見る気がするんですが、、、。

「のである」は、前の文の説明をしてるよっていう表現です。つまり、傍線部の直前の1文の補足説明をしているのが、傍線部の文です。
ということは、前のぶんを見なければなりません。ここには「横になる」とか「頭上にいる」とかいった位置関係について説明されています。こうして位置関係を探してもOK。

また、傍線部の文の冒頭には「言い換えれば」があります。これも前の文の説明をしたり、内容を発展させたりする合図です。こうして「言い換えれば」に注目して前の文にさかのぼってもOKでしょう。

そんなこんなやっていると、結局傍線部の前の部分は全部が解答の根拠になっちゃいますね。僕は、「傍線部の射程」と言っていますが、冒頭から傍線部アまで全部射程圏内です。全部射程圏内に入ってしまうと、「ああ結局全部か。どれをまとめれば良いんだ。」みたいになりますから、やはり文法的に説明するのは、限界があります。

ということで、ここまでなるべく文法的に、そして文や段落の構造的に理屈っぽく説明しようとしていましたが、このレベルの文章で、この短さなら、わざわざこんな作業をしなくても内容がつかめてしまう人も多いと思います。文法だの、論理だのは読むための補助輪にすぎませんので、補助輪ナシで読める人は読んでください。

平井答案の解説

治療者と患者が対面する形式から患者が横たわり治療者が傍らに座ることにより、一般的な対等関係から、権威がある治療者と服従する患者という不自然な上下関係へ改変するということ。

・「AをBに作り替える」という骨格ですが、AとBがどちらも長いし、座っているとか寝ているとかの物理的な位置関係に加えて、〇〇で△△な関係と修飾語を複数くっつけなければなりません。よって、まず初めに姿勢の話(対面→寝ている&座っている)を書いて、修飾語(人間どうしのごくふつう、人工的)を書くというようにしました。
・また、対等関係が自然なのは良いとして、「垂直関係が人工的だ」と書くだけでは説明不十分な気がしたので、「不自然な」を入れました。
・「人工的」の言い換えが案外難しかったです。頑張って思いついて「改変」としました。これなら人工的なニュアンスも出るし、作り替えるニュアンスも出るかと思いました。(これは、発想が出るか出ないかの問題です)

設問(二) 分析家を、垂直方向における・・・可能性を得る

骨格が複雑で、中身も複雑

問いは「なぜか」なので、傍線部アとは解法が異なります。
「なぜか」の問題は、純粋にロジックを追いかけて答える問題です。傍線部の骨格を保存したり、傍線部の言葉を言い換えたりする必要はありません。

骨格を保存する必要はありませんが、骨格を見ないわけではありませんよ。
「Aを、Bとして同定することによってはじめて、Cする可能性を得る。」ということで、設問一よりかなり複雑ですね。この傍線部で大切なのは「はじめて」です。「AをしてはじめてBになる」と書いてあれば、Aが条件でBが結果です。また、これに関連しているのが「Cする可能性を得る」の部分。Aの条件を満たしても、Cになる「可能性を得る」だけで、必ずそうなるとは言えないわけですね。この辺りのニュアンスも大事にしましょう。

傍線部についてはまだ色々あるんですが、細かいことはちょっと脇においておいて、俯瞰してみてください。傍線部イって、抽象的な言葉が多くないですか?
垂直方向、「上」に存在する、超自我、根底的に変化などなど。もし傍線部イだけを(本文を読まずに)いきなり読まされたら、全然意味が分からないでしょう。

こういうときは、必ず本文中に説明があるものです。説明がないと誰にも読めませんからね。そこで、似たような内容や表現がないか探してみましょう。

また「のである」

そして、再登場した「のである」にも注目です。
傍線部イの直後に、またもや「のである」があります。先ほど説明したとおり、「のである」は前の文の説明をしていることを示しています。
そこで、前の文を読んでみることになります。

すると、精神分析家のジェームズ・ストレイチーの主張が書かれていますね。
(余談ですが、ジェームズ・ストレイチーっていう名前って、精神分析家っぽすぎないですか?)

ジェームズ曰く、
「患者が精神分析家を超自我として体験することに始まり、超自我と同一視された分析家が患者に対して解釈を行うことによって、患者が徐々に過去に形作られた超自我のイメージをより抑圧的でないものへと更新することによって、精神分析の治療が終わる。」と。

この文の意味をよく読むと、実は傍線部イとほぼ同じことを言っているのが分かります。まあ「のである」があるので当たり前ではあるんですが、それにしても内容が似ているのです。

傍線部とジェームズを整理してみよう

ジェームズが言っていることを、まとめてみます。

①患者が分析家を超自我として体験する(同一視する)

②分析家が患者に対して解釈を行う

③患者がもつ超自我の抑圧的なイメージが緩和される

と3段階に分けられるのではないでしょうか。

これに対し、傍線部イは

①分析家を「上」における他者として同定す

③自らが根底的に変化する

という内容だと捉えました。
比べると、傍線部イではとなっていて、を飛ばしているんですね。

どう答える?

ここまで理解した上で、どう答えれば良いでしょう。
さらに単純化して、考えてみましょう。
「本来は①→②→③となります。①になって初めて③になる可能性があるのはなぜでしょう。」問われているのは、こういうことです。

さて、ここから先の答え方については、恐らく個人差が出てくると思います。
傍線部やジェームズのロジックは単純なのですが、「なぜか」に対する答え方は1通りに定まらないと思います。

以下に私はこう考えたという答案を載せますが、思考の題材にして、皆さんで考えてみてください。

平井答案の解説

幼少期に「超自我」に抑圧された患者を横たわらせ、分析家が頭上に位置すると、患者が超自我を分析家に投影しやすくなる。このまま分析家が解釈を行うと超自我の抑圧的な印象を和らげられるから。

・答案のロジックは「①の状態で、②をすると、③が起こるから」というようなものです。つまりジェームズの主張の方向性を簡潔になぞった形になります。
・工夫ポイントとしては、①で一度文章を区切って、「このまま②をすると」と②を条件のように扱ったところです。これで傍線部の「はじめて」や「可能性を得る」などのニュアンスを出そうと工夫しました。
・細かい表現の工夫としては「投影」や「印象を和らげる」です。白状するとうちの塾の今年の合格者が再現答案に書いていたものをパクっています。ありがとうSさん!
・本来は「超自我」のような説明が必要な言葉を答案に書きたくなかったのですが、字数がどうしてもオーバーしすぎてしまうので、泣く泣くそのまま入れました。元々は「患者が幼少期に抑圧されていた権威のある養育者である「超自我」」などと表現していました。(長い!)

 

以下、執筆中・・・

設問(三)多数の声が響きあうポリフォニー

 

 

設問(四) このふたつの対話の協同こそが重要なのである

 

まとめ・講評

 

 

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