2026年東大国語 第4問 仲谷実織「宿雨のあとで」解答(答案例)・解説

(編集部注)入試問題 入手先
本解説記事を読むにあたって、事前に入試問題を入手なさることを推奨します。
※入試直後は新聞社のページから入手できます。
 しばらくすると、新聞社からは入手できず、東大HPからは入手できるようになります。

・産経新聞解答速報 https://www.sankei.com/article/20260226-7GXVJBPYIBC6TDSA7ZNXH27TQQ/?outputType=theme_nyushi
・東京大学HP https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/admissions/undergraduate/e01_04.html

2021年第4問(解説はこちら)に心情説明の問題が出されたときから、「今後必ず心情説明の問題が出されるようになる!」と思っていました。あれ以来、塾内でも必ず心情説明を扱い、東大対策問題集という敬天塾が販売しているプリントを作成してきましたが、去年に続き2連続で心情説明が登場し、今年はすべての設問で心情説明が出されました。
隔世の感があります。

東大現代文はただでさえ対策が難しい(つまり、どうやったら高得点がとれるか、ノウハウがない)と言われる中、心情説明は出題例も少なくて困ることでしょう。
弊塾HP内でも無料、もしくは安価に購入できるものでも、それなりに心情説明問題のノウハウを説明しているものがありますので、どうぞご利用ください。

また、本稿でも小説の解法について、ある程度のノウハウを記述しています。「これだけ読めば完璧!」というものはありませんので、色々な問題を見ながらご自身の頭の中で解法を整理して言ってください。

敬天塾作成の答案例

敬天塾の答案例だけ見たいという方もいるでしょうから、はじめに掲載しておきます。
受験生の学習はもちろん、先生方の授業にお役に立てるのであれば、どうぞお使いください。
断りなしに授業時にコピペして生徒に配布するなども許可していますが、その際「敬天塾の答案である」ということを必ず明記していただくようお願いします。
ただし、無断で転売することは禁止しております。何卒ご了承ください。

【平井のサンプル答案】

設問(一)
親の決定によって親友がいる馴染みの町から見知らぬ場所へ強制的に転居させられたことで、本来楽しそうなものでさえつまらなく感じ、やり場のない不満を抱えている。

別答案
親の決定によって親友がいる馴染みの町から見知らぬ場所へ強制的に転居させられ嫌な思いをしているため、親の前でわざと反抗的な態度をとることで間接的に親への不満を表現している。

設問(二)
慣れない土地で元気を失う中、犬と接して笑顔を取り戻した翔子に対し、手入れが不十分なジャングルのような土地を畑と称して案内することで驚かせようとした目論見が当たり、満足している。

設問(三)
毎日暗く過ごす娘と、娘に関心を抱かない夫との空しい生活を我慢して、家族が明るく過ごせるように独りで取り組んでいたが、その我慢をやめた途端に空しさから解放されたから。

別答案
不満げな娘と、娘に無関心な夫との窮屈な生活を改善する策が悉く失敗していたが、弥生さんに会いにいく提案に喜ぶ娘が喜んだので、母としての自信を少し取り戻せたような気がしたから。

設問(四)
手をあまり加えなくても自然と作物は育つという弥生の発言内容が、翔子に施してきた教育と真逆の方針だったため、翔子が引っ越し先でつまらなく過ごしている原因にはっと気付いたから。

別答案
手をあまり加えなくても自然と作物は育つという弥生の発言内容が、翔子に施してきた教育と真逆の方針だったため、翔子に無理をさせていたのではないかと心配になったから。

※多少、字数が多めの答案もありますが、短くまとめきれない私の力量不足以外の何物でもありません。あくまで、答案サンプルの一つであり、皆さんの考察の材料となることを願って作成したものですので、寛大な心でご覧いただけると幸いです。

設問(一) クリスマスツリー・・・踏みつぶした

レーダーチャートは作成中

総合難易度2
本文の読解2
傍線部の構造3
表現力4
字数制限2

採点は5段階評価で標準を3とし、
難しいポイント1つにつき+1、
簡単なポイント1つにつき-1としています。
「傍線部の構造」は答案骨格の作りにくさです。
「表現力」は自分の言葉に言い換える難しさです。

小説は主に傍線部より前が根拠

1ページ目の最後に傍線部が引かれています。
小説は(時間の転移がなければ)時系列順に進んでいきます。また未来のことを根拠として、過去の心情が決まることはありません。
そのため、心情説明問題は、傍線部より前の部分が主な根拠になることが多くなるでしょう。
※傍線部の直後くらいまでは、(小説内の時間で)同時に起きたことに関する記述の可能性があるので、傍線部の後も根拠になり得ます

今回は、本文の冒頭から「なにあれ」辺りまでが、過去の話(引っ越しする前や引っ越し直後の内容など)です。そして「なにあれ」から傍線部アまでが現在の部分と捉えられるでしょう。つまり、傍線部アより前は全部解答の根拠になり得る部分だと判断できます。

事実確認が非常に大事

次に、小説の問題を解く上で重要なのは「事実確認」です。

例えば、翔子の年齢は何歳でしょう。
本文中を読むと、冒頭すぐに幼稚園の話が出てきます。しかし幼稚園生ではありません。
中盤には授業参観の話が出てきます。ということは小学生だと推理できますね。はい、その通りです。

しかし、翔子の年齢がハッキリと確認できる部分があります。気づいていますか?
それはリード文です。1ページ目を開いて、一番右をご覧ください。翔子は九歳だと書かれていますね。こういう事実情報を細かいところまで見逃さずに、確実に積み重ねることが非常に重要です。

翔子の状況を確認

では具体的に翔子の状況を確認していきましょう。

まず年齢は九歳。
引っ越してくる前は、母である「わたし」の生家(翔子にとっては祖母宅)と思い入れのある幼稚園がありました。
引っ越し際し、翔子は悩む権利さえ与えられず、馴染みの環境から強制的にべりべりと剥がされて異空間へと放り込まれました。「べりべりと剥がされ」というのは、引っ越し前の場所にしがみつつも、親の都合によって強制的に引き離されていることの比喩でしょう。「異空間」も比喩で、引っ越し先が翔子にとって、全くの見知らぬ土地だということと、ちょっとした不気味さがあることを示唆しているということだと思います。

引っ越し先では同い年の子たちから好奇の目に晒されています。
次に「ひとりっ子」と出てきますから、翔子は一人っ子と確定します。そして一人っ子らしく諦めが早く抵抗は放棄した。流されるままに引っ越し先に来て、「やる瀬なさ」をまとっているようです。
「やる瀬なさ」は、もちろん彼女の心理状態を示しています。心をどこかに安定させることが出来ないということでしょう。安心できる友達も場所もなく、親と一緒にいても楽しくない。何をしてもつまらないということです

そして、住宅街を外れて、右手に立派な牛舎が見えるところまで来て、牧草ロールを見て「なにあれ」とつぶやきます。「ふうん」とつまらなそうにつぶやき、顔を歪めてスギナの頭を何度かつま先でつついて、踏みつぶすのです。(ここが傍線部)

なお、傍線部より後ろを読むと、犬と遊んで能面のようだった顔に笑顔が見えること、授業参観に「来ないでいいよ」ということ、引っ越す前には親友の女の子がいてケラケラと笑っていたことなどが読み取れます。こういうのもしっかりと押さえておきましょう。

一方、事実ではないことにも注意です。
冒頭にある「住民の流動性とそれゆえの気軽さ」は母である「わたし」の印象ですので、翔子が思っているわけではありません。傍線部アの直前にある「牛舎からの臭気が増したとでもいわんばかりに」も「わたし」が感じ取ったことです。翔子に関しての事実ではないことに注意してください。

以上、翔子の事実確認をしてきました。
説明のために詳しく記述しましたが、このような作業を、他の人物についても行うと安全です。慣れればわざわざやらずに、記憶で処理できますが、慣れないうちは、事実と解釈をわける作業をした方が良いです。

翔子の心情を探る

事実確認が終わったら、翔子の心情を探りましょう。

最重要なのは、直接的な表現

最も大切なのは、先ほど書き出した中で、翔子の心情に関することが書いてある部分です。つまり直接的な表現ですね。
具体的には「やる瀬ない」と「つまらなそう」ですね。

次点は、間接的な表現

次に重要なのは、直接の表現ではないものの、間接的に感情が読み取れる部分です。
「好奇の目に晒されている」「抵抗は放棄し」「顔を歪めて」の3つが分かりやすいでしょう。
「好奇の目に晒されている」に関しては、「常識的に考えたらこう感じるだろう」という範囲で勝手に推測して良いです。「居心地が悪い」とか「仲間外れになって淋しい」などが思いつけば良いです。
「抵抗は放棄し」は、本来抵抗したかったことをされたことがわかれば良いです。つまり「嫌なこと」をされた(しかし、抵抗しなかった)ということですね。当然「嫌なこと」というのは引っ越しです。嫌なことをされたのに抵抗しないということは、諦めているとか、もうどうなっても良いとなげやりになっているなどの感情が読み取れます。
「顔を歪めて」に関しては、都合により下述します。

他にも「馴染み切った環境から強制的にべりべりと剥がされて異空間に放り込まれ」という部分から、「馴染んでいない場所に強制的に放り込まれて、居心地が悪い」など読み取っても良いでしょう。

最後に、全体の構図を読む

最後に、小説の構成や、表現の機微に注目すると良いです。

この小説本文は非常に分かりやすく対立構造を書いてくれています。邪推かもしれませんが、東大側は複雑な小説ではなく構図が簡単なものをわざと選んだ(=受験生に配慮した=難しいと解けないと思われている)と思います。

その対比というのは、恐らく多くの方が読み取れているでしょうが、「引っ越し前の場所は良いところで、引っ越し後は嫌なところ。もちろん引っ越しも嫌なこと」という対比です。

引っ越し前は、「思い入れのある幼稚園がある」や「気軽さがあった」一方で、引っ越し後は「異空間」とか「好奇の目に晒されている」とか「つまらなそう」とか「顔を歪めて」とか、良いことが一つも書いていません。分かりやすく対比してあります。

そして、引っ越しそのものに対しては「強制的にべりべり剥がされる」と表現されていますし、母親の「わたし」も「抵抗がなかったわけではない(=心理的な抵抗があった)」とか「了承した」「大義を以て」と言っています。「了承した」というのは、前向きな表現ではありませんね。納得がいかないけど、無理やり本音をねじまげたような意味にも取れます。「大義を以て」も、理屈で本音を押し込めたような印象があります。

このように、「引っ越し前の場所は良いところで、引っ越し後は嫌なところ。もちろん引っ越しも嫌なこと」というのが分かると、さきほど解説せずに飛ばした「顔を歪めて」に関しても深く考察できます。

「顔を歪めて」だけではどのような感情か分かりませんが、その直前に「牛舎からの臭気が増した」とありますから、臭くて顔を歪めたということです。しかしこれは本当に臭かったわけではありません。引っ越し後に翔子が「なにあれ」と言って、多少の興味を持ったものに対し、母から説明を受けてもつまらなそうにして、顔を歪めるのです。
「引っ越し後のことは全て嫌なこと」という法則になぞらえば、引っ越し後の世界に広がるものすべてに嫌気がさしているということを、牛舎からの臭気が象徴しているのです。楽しい世界にいるならば、「あはは、牛の匂いなんだ。くさ~い。」と楽しそうに受け止めても良いのですが、そうはなりません。顔を歪めるリアクションをして、反抗心を示しているのです。

楽しいことすら嫌になる

そして傍線部も、同じ法則化にあります。

クリスマスツリーというのは、本来子どもにとって楽しいイベントでしょう。
しかし、(見方によっては)クリスマスツリーのように見えるスギナを、翔子は踏み潰します。引っ越し後の「異空間」では、スギナをクリスマスツリーのように見立てる余裕はなく、何もかも嫌でつまらなく見えてしまっているのです。

ここまで読めれば、設問一はまとめるだけで良いでしょう。

ちょっと深読み

上述の内容で十分だと思いますが、すこし子供の心理の解像度を上げてみました。

軽くでも興味を持った牧草ロールに対し、「わたし」から親切に説明を受けても「ふうん」としか返していません。また顔を歪めてスギナを踏み潰します。このような場合、子どもがわざと攻撃的な態度や失礼な態度をとることで、親に対しての不満を表現しているということがあると思います。
経済的な事情で引っ越すことは、頭で理解しているけれど納得がいかない。そのやる瀬ない怒りを親に言っても仕方がない。でも表現せずにはいられない。そこで、冷たい返事をしたり、踏みつぶしたりして、間接的に親への不満を表現している、という解釈です。

これはこれで、なかなか良い解釈だと思うのですが、本文中にそのような描写がないため、深読みだと言われると反論できません。一応答案だけ作ったのでご覧ください。

平井答案の解説

親の決定によって親友がいる馴染みの町から見知らぬ場所へ強制的に転居させられたことで、本来楽しそうなものでさえつまらなく感じ、やり場のない不満を抱えている。

別答案
親の決定によって親友がいる馴染みの町から見知らぬ場所へ強制的に転居させられ嫌な思いをしているため、親の前でわざと反抗的な態度をとることで間接的に親への不満を表現している。

・骨格や表現をなるべくシンプルにして、わかりやすく作りました。

設問(二) 彼女―弥生さんは、・・・ほほ笑んだ

レーダーチャートは作成中

総合難易度3
本文の読解3
傍線部の構造2
表現力3
字数制限2

「読み取れるか」をどう解釈はどうする?

次は、謎の女、弥生さんが悪戯っぽく微笑むシーンです

まず確認したいのは、問いの形式です。「ここからは弥生さんのどのような気持ちが読み取れるか」と聞かれています。これももちろん心情説明なのですが、「なぜか」とか「どのような心情か」などとは少し違って、「読み取れるか」と聞かれています。

この違いをどう解釈すれば良いでしょう。
「読み取れるか」と書いてありますが、傍線部の弥生は「ほほ笑んだ」だけです。つまり、「悪戯っぽくほほ笑む」という動作や表情から、どのような気持ちが読み取れるのかということですよね。
日常生活でも、目の前の相手が目を吊り上げたなら「怒っている」と気持ちを読み取りますよね。これと同様のことをすればよい、と私は解釈しました。

そして事実確認

そして、「小説の問題では重要」と何度でも言いましょう、事実確認します。。
弥生さんがこの場面で何をしたのか、翔子がどうだったのか、母である「わたし」が何を見ていたのか。これらを把握したうえで、心情に踏み込むべきです。

この場面の事実を単純に並べると、だいたい次のようになります。
・翔子は引っ越し後、ずっと元気がなくて、つまらない毎日。
・しかし、犬と触れ合う中で少し表情が和らいでいる
・そんな翔子に対し、弥生さんは自分の「畑」を見せようとする
・ところが、その畑は一般的にイメージする整然とした畑ではなく、かなり荒れている。
・「畑」を見て、翔子が「・・・ジャングル」と(おそらくポツリと呟くような)声を出す
・弥生さんが「いいでしょ」と言って、悪戯っぽくほほ笑む

ここで一番重要なのは、弥生さんの「いいでしょ」のセリフです。
弥生さんは「いいでしょ」と言いながら悪戯っぽく笑います。つまり、翔子の「・・・ジャングル」という発言に対して、悪戯っぽく笑っているのです。

「悪戯っぽく」の意味

「ほほ笑んだ」だけではなく「悪戯っぽく」とある点も重要です。こういう、ちょっとした副詞などの様態表現が、心情のニュアンスをかなり限定します。
「悪戯」ですから、弥生さんは翔子をちょっとからかってみようとか、驚かせようなど、何かしらの反応を引き出そうとしているということです。「穏やかに」でも「優しく」でもなく、「悪戯っぽく」なのです。

つまり、弥生さんは単に親切に畑を見せているだけではありません。親切心はあると思います。しかし、ただの親切ではなく、そこに「驚かせよう」などといった思惑が混じっているのです。「畑」という言葉から普通に想像される光景と、実際に目の前に現れる光景とのギャップを利用して、翔子の反応を引き出そうとしてた。
そしてまんまと翔子から「・・・ジャングル」というセリフを引き出した。

このことに「悪戯っぽくほほ笑ん」でいるということです。

これでほぼ答案が書けるんですが、最後に少しだけ「スパイス」を効かせようと思います。

小説全体の構造から読み取る

設問一でも書きましたが、この小説は、割とあからさまに、対比構造を示しながら書かれています。これを読み取ってみましょう。

翔子の変化

まず、翔子の変化です。
設問(一)までの翔子は、何を見てもつまらなそうで、外界に対して心を閉ざしていました。
ところが、この場面では、犬との接触や弥生さんとのやりとりを通して、少しずつ反応が出てきています。特に犬と遊び始めた瞬間「ついさっきまでは能面の用だった翔子が笑っていた」と書かれるほど。能面から笑顔ですから、かなりの変化です。(ピンとこない方は「能面」でググってみましょう!)
つまり、完全に塞ぎ込んでいた翔子が、外の世界に対して少しずつ前向きに反応できるようになってきたのです。

弥生さんは、そのきっかけを作った人物です。
翔子や母にとって、明るい世界への案内人のような役割をしています。

母の視点と翔子の心情のズレ

一方で、母である「わたし」は、いまだ明るい世界に飛び込んでいません。
犬や畑に対して、素直に飛び込み楽しく振舞う翔子。それに対し、翔子を心配していて、「私はしっかりしていなきゃ」と自分の(本当は奔放に生きたいという)本音を隠したままの母。
二人の間には、温度差があります。

(先取して説明してしまうと)これが崩れるのが傍線部ウの部分です。
自分の心を殺して我慢していた母が、ついに我慢できなくなり、授業参観をサボる決断をします。こうして抑圧されていた心が解放されて「声がはずむ(傍線部ウ)」のです。

まだ傍線部イの問題ですから、この時点では、母と翔子に温度差があることを理解あるのですが、この事件が転換点になっていることも覚えておいてください。

弥生は狙っていたのか

では、暗くて沈んでいた翔子を、弥生は意図的に明るくしようとしていたのでしょうか。
再現答案や色々な先生方の答案を拝見すると「慣れない環境に早くなじんでほしいと思って翔子を畑に連れて行った」など、弥生が率先して翔子に元気を出させようとしたと解釈している答案が縷々見られました。

しかし、本文を読み直しても読み取れません。
弥生が「結果的に」翔子に元気を出させたのは事実としても、「意図的に」元気を出させたと判断できる根拠が見当たらないのです。私は、小説は事実が大事だと思っているので、「翔子が引っ越し先でも元気を出してほしい」など推測して答案を書くことには慎重です。

「悪戯っぽく」から、驚かせようとしたとか、「興味をひかせようとした」などならセーフだと思いますが、これ以上踏み込むと推測の域に入り込んでしまうのではないかと思います。

平井答案の解説

慣れない土地で元気を失う中、犬と接して笑顔を取り戻した翔子に対し、手入れが不十分なジャングルのような土地を畑と称して案内することで驚かせようとした目論見が当たり、満足している。

・あくまで「翔子が、元気がない→笑顔を取り戻した」としたうえで、弥生が目論んだのは「笑顔を取り戻させる」ことではなく「驚かせようとした」ことであることを明記して、勝手な推測をしていないことをアピールしています。
・「悪戯っぽく」の要素として「驚かせようとした」、「ほほ笑んだ」に対しては「目論見が当たり、満足している」としました。
・「驚かせる」の原因として「ジャングルのような土地を畑と称した」と明記して、因果関係をハッキリさせました。

設問(三)そう答えるわたしの声もはずんだものになっていた

レーダーチャートは作成中

総合難易度4
本文の読解4
傍線部の構造2
表現力4
字数制限3

翔子の心理、弥生の心理ときて、やっと「わたし」の心理です設問四も「わたし」の心理なので、次につながるという意味では重要な設問です。

いつも通り事実確認

この場面に至るまでに、母である「わたし」は、かなり苦しい状況に置かれています。

設問二までの出来事があったあと数日が経っていますが、娘の翔子はずっと元気がなくて虚ろな目、夫は翔子に対してあまり関心を向けていなくて妻任せ。
家族の雰囲気は明るくありません。
その中で、母である「わたし」だけが健全な生活をしようとしてから回って疲弊している。頑張れば頑張るほど空回りしているような、そんな疲労感や空しさがにじんでいます。

この緊張の糸を切ったのが「わたし」自身でした。
「わたし」は、きっと我慢の限界だったのでしょう、この生活がバカバカしくなり、ついに言ってしまいます。
「明日、弥生さんとアンバーに会いに行ってみる?」

リビングで夫と不満げにオセロをしていた翔子が勢いよく顔をあげます。そしてすぐに驚きと喜びで笑顔になり、雨が降らないよねと天気の心配をしました。
言うまでもなく、非常に前向きです。つまり、翔子にとって、弥生さんの存在が、つまらない日常の中の逃げ場となっているのです。

これに対して「確認したから大丈夫」と「わたし」。このセリフを言ったときの声がはずんでいたのです。

なお、少し推測になりますが、この小説を通して、母の努力が垣間見れることにも注目しておくと良いです。
冒頭の散歩するシーンは、きっと母から提案したことでしょうし、「牛の餌の牧草ロールだよ」と教えたのも、興味を持ってくれたら嬉しいなあと思っていたことでしょう。
学校に行ったら友達ができて毎日楽しく暮らしてくれるかなと思って、少し無理して学校に通わせたこともあったでしょう。夫と遊んでいるオセロも、つまらない日常を変える一手として与えたのかもしれません。
ちょっとした描写から母としての努力がうかがえます。明確に書いていませんが、このような部分から読み取っていくのも読解の技術です。

実は「わたし」も乗り気だった

ここで重要なのは、「わたし」が乗り気だったことです。
弥生さんに会いに行く提案をしたとき、「わたし」は限界でした。バカバカしくなって投げやりになっていたようにも思います。イライラして、バカバカしくなり、つい「弥生さんに会いに行ってみる?」と口に出してしまったかのように思ったかもしれません。

しかしそうではないことが分かります。「わたし」は明日の天気を確認したのち、提案をしているのです。
雨が降ってしまって翔子がガッカリしたらかわいそうだと思ったのでしょう。また、「わたし」自身が弥生さんとアンバーに会いにいくのが他のしみだからこそ、中止になってしまったらガッカリするのが分かっている。
だから、しっかり天気が晴れることを確認してから提案しているのです。

イライラして感情に任せて、ついボソッと口に出してしまったのではなく、しっかり確認をしてから冷静に提案しているのです。
それだけ私の中で決心を固めてから翔子に提案しているということがわかります。
「わたし」の真面目な性格が伺えますし、実は自分がかなり乗り気だったこともわかります。そりゃあ、声もはずむわけです。

「空しさ」からの解放、母としての自信

母はこれまで家族を何とか明るくしよう、キチンとした生活を送ろうと頑張ってきました。
しかし、その頑張りをいったん手放してもよいという境地に達します。こうして「わたし」が肩の荷を下ろしても良いのかな、と思いかけるのです。
そして、翔子に提案してみたところ、一番の不安要素だった翔子の元気が、一瞬で復活します。

これまで母として、散歩やオセロなど様々試すことで、子育てする母としての責任を全うしようとしたのでしょう。
しかしここまで失敗続きです。私は母として失格なのではないか、などと考えていたのかもしれません。
そこへ弥生さんに会いにいく提案をすることで、久しぶりに娘が明るくなりました。やっと娘が明るくなってくれたと、母としての自信を少しだけ取り戻した場面、という読み方もできるかもしれませんね。

スタンダードなのは「解放」の路線でしょうが、母としての自信を取り戻すという方向でもあり得ると思いますので、答案は2つ用意しています。「解放」にしろ「自信」にしろ、それまで蓄積してきた「わたし」の辛さが、少し軽減するという方向で書くのが良いと思います。

平井答案の解説

毎日暗く過ごす娘と、娘に関心を抱かない夫との空しい生活を我慢して、家族が明るく過ごせるように独りで取り組んでいたが、その我慢をやめた途端に空しさから解放されたから。

別答案
不満げな娘と、娘に無関心な夫との窮屈な生活を改善する策が悉く失敗していたが、弥生さんに会いにいく提案に喜ぶ娘が喜んだので、母としての自信を少し取り戻せたような気がしたから。

・一つ目の答案は、「解放」に軸足を置いたものです。「声もはずんだ」の背後には、単なる嬉しさというより、長く抱えていた我慢や重圧が少し軽くなった感覚があると読んで、このような形にしました。
・二つ目の別答案は、母としての責任感を前面に出した答案です。やや読みすぎかな、と思いますが、解答の方向性としてあり得ると思うので作ってみました。

 

設問(四) 彼女の言葉に思わず翔子を見てしまう

レーダーチャートは作成中

総合難易度5
本文の読解5
傍線部の構造2
表現力5
字数制限4

なぜ難問か

最後の設問です。
ここは非常に面白く、また難しい問題ですね。個人的には、本問の中で一番「小説を読ませる」問題だと思います。

設問一~三は、傍線部だけで何となく心理が分かってしまうんですよね。
設問一は、スギナを踏みつぶしているわけだから、イライラしているとか、むかついているとか、マイナスの感情なのは当たり前。
設問二では、悪戯っぽくほほ笑んだということで、何か企んで、それが上手くいったのかなというような心理も読み取りやすいです。
設問三は、声がはずんでいるわけだから、一番方向性が見えやすい。嬉しい感情なのが分かります。

これに対し設問四は、「思わず翔子を見てしまう」だけです。「思わず見る」だけでは、どんな感情なのか読み取れません。プラスなのかマイナスなのかも分かりません。
解釈の幅が広がるので、それだけ難しい問題だということになります。

思わず翔子を見るときの心情

さて、思わず誰かを見てしまうのは、どのような時でしょうか。

端的に言えば、人は、ある言葉を聞いたとき、それが特定の誰かに結びついたからこそ、反射的にその相手を見ます。今回で言えば、弥生さんの言葉を聞いた瞬間に、「わたし」の頭の中で翔子のことが結びついたわけです。つまり、弥生さんのセリフと「わたし」のなかの翔子とに、類似点があるのです。

弥生のセリフの内容は、
好きなものは先に食べるとか、辛いことはあまりやらないとか、こっちへこっちへとやりすぎると(無理矢理、思い通りにしようとすると)うまくいかないとか。
別に翔子のこととは関係ない話です。
しかし、「わたし」には翔子のことについて語られているのかと錯覚してしまいます。
小説ではこういう自然物や育成に関する話が、そのまま人間関係や教育の比喩になっていることがよくあります。

教育観が変わる瞬間

弥生さんの言葉を要約すると、「手をかけすぎなくても、自然の力で育つものは育つ」という内容です。しかし、母である「わたし」はこれまで翔子に対して真逆の態度をとってきました。

上述しましたが、母として、翔子のためを思って、色々と手を尽くしてきました。
ちゃんと育ってほしい、ちゃんと適応してほしい、ちゃんと明るくなってほしい。その気持ち自体は当然、愛情から出たものに間違いありません。
しかし、その「ちゃんと」が上手くいかず、子どもから笑顔を奪うばかりの結果になってしまいます。

ここで弥生さんの言葉が、母の教育観に対して一種のカウンターとして響きます。
「教育観への気づき」。この設問の肝はここです。
「ちゃんと」が、実は野菜の成長に不要なように、子育てにも不要なのではないか。いや、むしろ邪魔をしているのではないか。放っておいても子供は勝手に育つのではないか。
子どもへの接し方に悩む「わたし」にとっては、野菜の育て方の話でも、子育ての話になぞらえて聞こえてしまったのです。

だから、思わず翔子を見てしまったということです。

具体的な心情は?

ここまで読み取れれば、答えまではあと一歩ですね。

教育観が転換するきっかけを弥生にもらったとき、「わたし」はどのような心情だったのでしょう。

私は答案を2つ作ってみたのですが、1つ目は単に「驚いた」という答案です。「思わず」という表現から、ハッと自分の誤った教育観に気づいて翔子を見てしまったというだけの内容です。

もう一つの答案は、「私は間違っていたのではないか」と思って、翔子のことが心配になってしまったという方向性です。これでも良いと思います。

この設問は「なぜか」という問いなので、どこまで書くかが曖昧ではあるのですが、「わたし」の心情を少しでも説明する表現をいれておくと、答案として締まると思います。
心が動いた結果、動作が伴います。「思わず見てしまう」という動作の原因は、「こころ」の動きです。

 

平井答案の解説

手をあまり加えなくても自然と作物は育つという弥生の発言内容が、翔子に施してきた教育と真逆の方針だったため、翔子が引っ越し先でつまらなく過ごしている原因にはっと気付いたから。

別答案
手をあまり加えなくても自然と作物は育つという弥生の発言内容が、翔子に施してきた教育と真逆の方針だったため、翔子に無理をさせていたのではないかと心配になったから。

 

まとめ・講評

 

【さらに深く学びたい方のために】

敬天塾では、さらに深く学びたい方、本格的に東大対策をしたい方のために、映像授業や、補足資料などをご購入いただけます。
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