2026年(令和8年) 共通テスト追試 国語第4問 古文『正徹物語』現代語訳
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本文と現代語訳の併記(PDF)
R8(2026)年追試 古文『正徹物語』現代語訳本文と現代語訳の併記(JPEG)
現代語訳
A 初心者のうちは、それほど深く掘り下げてあれこれ工夫して考えなくとも、あっさりと容易く詠み慣れなければならないのである。どんなに(詠むのに)苦労したとしても、(歌人としての)域〔=熟達レベル〕が決まっているので、上の(熟達度の)人から見ると、特にこれというほどのこともないのである。どんなに考え抜いたとしても、自分の(歌人としての)域〔=熟達レベル〕の歌以外は出てこないものである。
ある(初心者の)人の歌が三首のうち二首(までも)が本歌取りをしているように詠んでいるのは良くない。平安時代以前(の歌人たち)も、本歌を取ることは重大なこととして扱っております。上級者の域になって、恋や雑(の分類に入る歌)を季節(の歌)に変え(て詠み)、季節(の歌)を恋や雑(の歌)に変え(て詠み)、 語句の位置を(本歌とは)変えるなどして、歌の趣旨をわざと別のものに詠んだのである。初心者の時に本歌を取ると、ほんの少し語句の位置を変えたとしても、その趣旨は(本歌と)同じものである。それだから、初心者の段階で本歌を取ることは、差し控えなければならないことである。
B (歌人として)熟達した者の歌は、どのようなことを詠み出したとしても、一か所(は)心が湧き起こるものがあって、面白いものである。初心者がこれを見て、心の中で羨ましく思って、似せて詠もうとすれば、一首の意味が通らない、何ということもなく、ぼやけた歌を詠み出すのだ。「これは何についてお詠みになりましたか」と人が尋ねると、「自分でもよく分からない」と言って、戯言を詠むのである。(これは)くれぐれも慎まなければならないことである。初心者の時は、ひたすら(詠み表したい対象に)心を向けて、一首がすらすらと筋が通って聞こえるように詠まなければならないのだ。その域に〔=達人の域〕にも達しないで、達人の模倣をするといつも、奇妙な歌が出てくるのだ。
C (私の師である今川)了俊が常に申し上げなさっていたことは、「私は、若い頃、連歌を修行しておりました時に、良くもない句を多く作るよりは、五句三句であっても、自分の望み通りの連歌をしようと思って、作る句の数を少なくしておりましたのを、(連歌の大成者である)二条良基殿がお聞きになって、了俊が(良基殿に)書状を差し上げなさった時、(良基殿)その書状の余白に返事を書いて、『あなた〔=了俊〕がこの頃、良い連歌をしようと思って、句数を少なく作っていらっしゃるということを聞いております。(それは連歌の練習方法として)あってはならないことだ。一句二句を磨き上げて、(自分では)とても良い連歌だと思っていても、上の(レベルの)人の目から見ると、まだ初心者の境地であって、決して良い句ではないのだ。それゆえ初心者のうちは、どのようにでも、数多く気軽に作ってだんだんと(連歌の道を)進んでいくと、自然と上手にもなるのだ』と、格別に厳しいお叱りがあった」と言って、私が(量より質を意識して)良い歌を詠もうとすることに対して、手紙を書いて厳しいお叱りがあったのだ。
(了俊は)常々、二条良基殿のお言葉を口に出し申し上げて、「これ(こそ)が、畏れ多いご忠告である」と申し上げなさった。
問4【資料】の和歌
Ⅱ 名取川春の日数はあらはれて花にぞ沈む 瀬々の埋もれ木
(『続後撰和歌集』春歌下・藤原定家)
訳:名取川の春の日数が重なったこと〔=春が深まったこと〕があらわになり、(水ではなく)散り積もった桜の花の中に沈む浅瀬の埋もれ木だなあ。
Ⅲ 名取川いかにせむともまだ知らず思へば人をうらみけるかな
(『続拾遺和歌集』恋歌三・藤原定家)
訳:名取川(という名のように私たちの関係が世間に知られたら)どうしようかということも、まだわからない。考えてみると、(世間体の不安よりも、私にこんな思いをさせる)あの人を恨めしく思うのだなあ。
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