2025年東大国語 第4問 佐多稲子「狭い庭」 解答(答案例)・解説
歴代の問題でも最も簡単なレベルの第1問と、歴代最高難度の第4問が同時に出題されました。
難しさの原因は、その出題形式にあります。
まず題材が小説であること。小説なのだから、当然「心情説明」の問題が出ます。(ちなみに、21世紀になって初めて小説から出題されました。)
登場人物の心情に関する記述はいくつかあるものの、問いにバシっと答えられるような場所はありません。つまり行間を補って書かなければならない。
そして、設問三では「ここからどのようなことがうかがわれるか、これまでの経緯を踏まえて説明せよ」という、非常に珍しい問われ方。これもどう答えてよいか悩ましい。
さあ、この難問をどう解くのか。
一定の方針を示していこうと思います。
なお、毎回書いていますが、現代文は回答者によって解釈のブレ、答案の表現のブレなどが激しい科目であるため、賛否両論が発生することは承知していますし、闊達な議論を奨励しています。
お気づきの点がありましたら、遠慮なくコメントをお願いします。
目次
敬天塾作成の答案例
敬天塾の答案例だけ見たいという方もいるでしょうから、はじめに掲載しておきます。
受験生の学習はもちろん、先生方の授業にお役に立てるのであれば、どうぞお使いください。
断りなしに授業時にコピペして生徒に配布するなども許可していますが、その際「敬天塾の答案である」ということを必ず明記していただくようお願いします。
ただし、無断で転売することは禁止しております。何卒ご了承ください。
【平井基之のサンプル答案】
設問(一)
背の高い木を植える高額な仕事を本職の植木屋に頼んだことを伊志野が知ったら、苗木が高く育つまで待てばよいと考え安い苗木ばかり販売する伊志野の好意を無下にしたと思われかねないから。
【オマケ:初見一発書き答案】
普段から懇意にしている植木屋の伊志野に仕事を頼まず、付き合いのない本職の植木屋に高額な仕事を頼んだことを伊志野が知ったら、裏切られたような気持ちにさせかねないから
設問(二)
【解答例1:順吉への慰め】
背の高い木を注文しても持ってこない苗木屋が悪く、代わりに別の植木屋に仕事を頼むのは当然だとして、苗木屋を思って気に病む順吉を慰めようとしているから。
【解答例2:植木屋への不満】
しげのは、伊志野に引け目を感じる順吉の気持ちには共感できず、あくまで背の高い木を注文しても持ってこない伊志野が悪いのだと不満を募らせているから。
設問(三)
発言通りに檜葉が高く伸びたことで、伊志野の仕事への誠実さ確かめられたばかりでなく、檜葉が高くなると共に、順吉の心の中における伊志野へのうしろめたさや罪悪感が増したということ。
設問(四)
仕事でミスをするほど高齢になっても仕事を続ける自分にとって、順吉夫婦に不要だと思ったら二度と現れなくなる伊志野を思い返すと、引き際の潔さにおいて遥かに優れていると羨しく思っている。
※多少、字数が多めの答案になっていますが、短くまとめきれない私の力量不足以外の何物でもありません。あくまで、答案サンプルの一つであり、皆さんの考察の材料となることを願って作成したものですので、寛大な心でご覧いただけると幸いです。
設問(一) 彼に気の毒なおもいをさせるような気がした
採点は5段階評価で標準を3とし、
難しいポイント1つにつき+1、
簡単なポイント1つにつき-1としています。
「傍線部の構造」は答案骨格の作りにくさです。
「表現力」は自分の言葉に言い換える難しさです。
問いは?
まず、問いを確認しましょう。
問われているのは、傍線部に対し「それはなぜか」です。ということは理由説明の問題です。
しかしながら、傍線部の中身を見てみると「彼に気の毒なおもいをさせるような気がした」とあります。ということは「なぜ〇〇な心情になったのか」という問題。
これは厳密には心情説明の問題ではないけれど、ほとんど心情説明です。心情説明というより、心理の説明といった方が良いでしょうか。
いずれにしろ、登場人物の心情をよく理解しないといけないでしょう。
まずは文法的に
ではいつも通り、まずは文法的に攻めましょう。
傍線部の直前に「意志の剛直を思い出して、」とあります。ということは、傍線部の「彼」の正体は伊志野であり、伊志野に対して気の毒なおもいをさせるような気がしたのです。
そして傍線部の直後には、「三千円といえば・・・」とあり、伊志野に支払った分の倍額を植木屋に支払うことが書かれています。ここから、伊志野に払った金額が小さいことを気にしていることが分かります。
しかし、このように傍線部の前後のみを見ただけで判断できないのが小説の難しいところ。
人間の心理というのは、その瞬間だけで決まるものではありません。過去の出来事や人間関係などの蓄積によって、非常に影響を受けます。
ということで、これまでの経緯を確認していきましょう。
傍線部アまでのいきさつ
別に難しい文章ではないので、ポイントだけかいつまんで。
順吉夫婦のところに伊志野が来訪。順吉たちは目かくし用にと思ったのに、伊志野は「すぐ大きくなるから」と小さな苗木を安く売ります。
こういうやり取りがしばらく続いたあと、妻のしげのは「大きい樹を持ってきてくれ」と要求しますが、伊志野は悲しい表情を浮かべます。そして次の来訪で持ってくるのは小さい苗木ばかり。そうして庭が苗木ばかりになりました。
なお、伊志野はお茶をもらったり、そうめんをもらったりと、かなり居心地よく過ごしますし、しげのも愛想よく接しています。
ところが、順吉夫婦はやっぱり背の高い木が欲しい。
ということで、伊志野ではなく、本職の植木屋に頼んで、高い木を植えてもらうことになりました。
植木屋と伊志野
さて、なぜ伊志野が気の毒なおもいをするのでしょう。
まず伊志野は、「すぐに大きくなるから」小さくて安い苗木ばかり持ってきました。(2つの意味で)高い商品を求められても、持ってこずにあくまで順吉たちには高い金額を払わせませんでした。そして何度も訪問しては、売り買い以上のやり取り(食事など)があって心を許しているし、順吉夫婦と仲良くなっています。
一方、本職の植木屋は別に順吉たちと人間関係があったわけではなく、請け負った仕事も高額です。しかも、高い木を植えています。
この時、植木屋はただ順吉たちの発注を受けただけ。発注したのは順吉たちだということが重要です。
順吉たちは、伊志野が安くて小さい苗木しか売らないし、そのうち大きくなればよいという考えを持っていることを知っている。しかも心を許して交流を持ったことで、伊志野の考えや方針に賛同したかのような態度をとっているわけです。
しかし伊志野の考えと真逆な方向の発注を植木屋にしたことがバレるということは、伊志野を騙していたとか、伊志野を裏切ったことになります。
こうして裏切ってしまったといううしろめたさが、順吉を大きく苦しめているのです。
本文中にも何度も登場
なお、この「裏切り」というキーワードは何度も本文中に登場しています。
傍線部アの時点では「裏切り」とは書かれてません。まだ「気の毒」という抽象的な表現にとどまっています。しかし、
「伊志野に対して、いささかの裏切りをしたような、自分を責めるおもいさえ彼は感じていた」
「本職の植木屋を入れたとき、彼を裏切るような、うしろめたさを感じた。」
「あの苗木屋に対する自分の裏切りと」
と、読み進めると何度も「裏切り」と表現されています。他にも列挙しませんが、「引け目」もたくさん登場しますね。
このように、順吉から伊志野に抱く感情としては「裏切り」とか「引け目」であることが本文中に明記されていますので、これは解答の根拠として使いたいですね。
(以下、執筆中)
平井答案の解説
背の高い木を植える高額な仕事を本職の植木屋に頼んだことを伊志野が知ったら、苗木が高く育つまで待てばよいと考え安い苗木ばかり販売する伊志野の好意を無下にしたと思われかねないから。
設問(二) 「だって、あのおじさん苗木ばっかりですもの、仕方がないですよ」
平井答案の解説
【解答例1:順吉への慰め】
背の高い木を注文しても持ってこない苗木屋が悪く、代わりに別の植木屋に仕事を頼むのは当然だとして、苗木屋を思って気に病む順吉を慰めようとしているから。
【解答例2:植木屋への不満】
しげのは、伊志野に引け目を感じる順吉の気持ちには共感できず、あくまで背の高い木を注文しても持ってこない伊志野が悪いのだと不満を募らせているから。
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設問(三)苗木屋の植えた囲いの檜葉は倍の丈に伸びて、結構、形を成した
平井答案の解説
発言通りに檜葉が高く伸びたことで、伊志野の仕事への誠実さ確かめられたばかりでなく、檜葉が高くなると共に、順吉の心の中における伊志野へのうしろめたさや罪悪感が増したということ。
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設問(四) 同感とも羨望ともつかぬ、なつかしさ
平井答案の解説
仕事でミスをするほど高齢になっても仕事を続ける自分にとって、順吉夫婦に不要だと思ったら二度と現れなくなる伊志野を思い返すと、引き際の潔さにおいて遥かに優れていると羨しく思っている。
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まとめ・講評