全集中 「合格の呼吸」伍ノ型〜 猛進と盲信〜【毎月10日掲載】

「生まれながらに才能のある者は、それを頼んで鍛錬を怠り、自惚れる。しかし、生まれつきの才能がない者は、なんとか技術を身につけようと日々努力する。心構えがまるで違う。これこそ大事なのだ。」

これは戦国時代の名将 織田信長の言である。壱ノ型で「覚悟」弍ノ型で「本気度と戦略」の重要性を問うた。字面は違えど、本質は織田 氏の金言に通ずるものがある。さらに申せば、

一生懸命に努力して結果が出ると、自信になる。

一生懸命に努力せず結果が出ると、奢りになる。

一生懸命に努力せず結果も出ないと、後悔だけが残る。

一生懸命に努力して結果が出ずとも、次に繋がる経験は残る。

のである。

各々が打ち立てた高き目標達成に向け猛進せよ。そして、徹底した自己分析と過去問分析に基づき築き上げた戦略、並びに己の合格可能性を迷うことなく盲信し、合格を掴み取ることが勝者たる条件なのだ。

ただ、ここで注意すべきことがある。試練を乗り越えようとするとき、決まって、ある種の罠が待ち構えている。

「お前にはムリだ」「人生諦めが肝心」「分相応を知れ」と諌め、「もっと楽な道がある」と甘言を弄する者が数多に出てくるのだ。高き目標に向かおうとする程に、こうした輩との遭遇率も高くなる。

だが、彼ら(彼女ら)は、代わりの王道を示してくれはしない。貴方と共に道を切り拓いてくれるわけでもない。当然、貴方の人生に責任を持ってくれなどしない。こうした責任の伴わない言葉は、助言に見えて「毒」である。

彼ら(彼女ら)の言動を善意解釈するならば、彼ら(彼女ら)の尺度では、貴方が打ち立てた目標の達成は不可能な領域にあるのだろう。彼ら(彼女ら)にとっては成し遂げることができない目標なのだろう。

だが、貴方は他者の尺度に従う必要はない。貴方には貴方の尺度があり、貴方が歩もうとしている道は、貴方だけのものなのだから。

確かに、目標完遂への軌跡は、辛く苦しいものばかりである。他人にできないことを実現するには、幾多もの困難や障害が伴うのだから。

最後まで自分の可能性を信じきれるのか、最後まで自らが打ち立てたゴールに向かって猛進できるのか。貴方の「覚悟」が試されてもいるのである。

肆ノ型でも述べたが、考え方を変えよ。空虚な諌言や甘言を前にしたとき、貴方は「いま、私は神に試されているのだな。お前の覚悟はホンモノか」と考え、むしろ、これらの雑音を「祝砲」と捉えよ。「俺もいよいよ嘲笑を受けるくらい出世したな」と、雑音の解釈を改めよ。人は、羨望と嫉妬の念から、誰かを嘲り笑うのだ。貴方が、いま、嘲笑を受けているのなら、それは貴方がそれだけ多くの人の羨望の眼差しを受けていることを意味する。

時代を築き上げた偉人たちは、常に罵声や嘲笑の嵐の中にいた。そうした苛烈な状況にあっても、不屈の姿勢を貫けた原動力は類稀なる才能にあったのではない。類稀なる信念にあったのである。「私に成し遂げられないものなどない。絶対に私は勝つ!」と自分を信じきることができたからこそ、闘志の炎が絶えることはなかったのである。

偉業を成し遂げるパイオニアはいつの時代も異端児扱いされてきた。多くの嘲笑や罵声も受けただろう。それでも、屈することなく、己の信念を貫き、苦難の道を駆け抜けていった。パイオニアなくして新たな時代の到来はなかったであろう。

もし、貴方の夢を笑う者・嘲る者がいたならば光栄に思え。雑音が多ければ多い程に、貴方が新時代の寵児になり得る逸材だと証明されることとなる。周囲の嘲笑や罵声は、貴方の栄光の未来を祝す歓声だと思え。艱難汝を玉にす。濁流の中でこそ、人は磨かれてゆく。もっと笑ってくれ。もっと嘲ってくれ。それくらいの度胸を持つのだ。

貴方の偉大な物語は貴方だけのものである。他人に精神支配される必要などない。ただひたすらに、己の底力を信じ、鍛錬に励み猛進と盲信の先に、「光」を見出せ。

貴方が、次なる「パイオニア」となることを切に願う。

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