2022年 東大国語 第1問 鵜飼哲「ナショナリズム、その〈彼方〉への隘路」 答案例・解説

2022年 東大国語 第1問 鵜飼哲「ナショナリズム、その〈彼方〉への隘路」

読んでいて後味の悪い文章。
日本人として目を背けてはならないものの、見たくはない現実を否が応にも突き付けられる内容です。
温和な国民性とされる日本人にも残虐な一面があり、いつ自分にも襲ってくるか分からない。
実は緊張感の中で生きているのが日本人なのかもしれないと気づかされます。

それはともかく、現代文としての難易度はやや難。
特徴としては、エッセイ調であることと、高い読解力と表現力が求められる点が印象に残っています。
平易な文章が続く中で突然抽象的な一文が登場し、そこに傍線部が引かれているのですが、他の部分が平易な文体で書かれているからこそ、傍線部を言い換えるための要素として使いづらい。
結果として自分の言葉で補わないといけない、という苦しさを感じました。

独りよがりの答案・解説になるのを防ぐため、予備校・塾などの先生方の答案を拝見し、考察を重ねた結果を、本稿にまとめています。
現代文は回答者によって解釈のブレ、答案の表現のブレなどが激しい科目であるため、賛否両論が発生することは承知しているうえ、闊達な議論を奨励しています。
お気づきの点がありましたら、遠慮なくコメントをお願いします。

敬天塾作成の答案例

敬天塾の答案例だけ見たいという方もいるでしょうから、はじめに掲載しておきます。
受験生の学習はもちろん、先生方の授業にお役に立てるのであれば、どうぞお使いください。
断りなしに授業時にコピペして生徒に配布していただいて構いませんが、その際「敬天塾の答案である」ということを必ず明記していただくようお願いします。
ただし、無断で転売することは禁止しております。何卒ご了承ください。

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【平井基之のサンプル答案】

設問(一)
顧客以外へのサービスを拒む日本人特有の厳格な一面を忘れ、日本国外であれば同郷を理由に違反を許されるだろうと安易に思ってしまった気の緩みが、筆者に内包された日本人の心性を浮かび上がらせたということ。

設問(二)
日本社会の階級分化が急速に進み多様な日本人が生まれつつあるため、外国人は勿論、新たに発生した理想的ではない日本人までもが排除され始めているということ。

設問(三)
人間は場所に対して後から名前をつけることで特定の意味を付与し分類をしているため、自然そのものは本来、名前を持たず、一切の境界がない空間であるということ。

設問(四)
日本国民の同一性は、現在の日本人に適合する人物のみを日本人であると人為的に定義し、それ以外の人間を排除することで作られるため、階級分化が進み多様な人が生まれつつある日本社会では、誰もが日本人でないとされ排除対象になる可能性があるということ。

※多少、字数が多めの答案になっていますが、短くまとめきれない私の力量不足以外の何物でもありません。あくまで、答案サンプルの一つであり、皆さんの考察の材料となることを願って作成したものですので、寛大な心でご覧いただけると幸いです。

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設問(一) その「甘さ」において私はまぎれもなく「日本人」だった。

採点は5段階評価で標準を3とし、
難しいポイント1つにつき+1、
簡単なポイント1つにつき-1としています。
「傍線部の構造」は答案骨格の作りにくさです。
「表現力」は自分の言葉に言い換える難しさです。

まず注目すべきは《その「甘さ」》という指示語。定石に従って前の部分で「甘さ」と書かれている部分を探すと直前に「甘い想定」と出てきます。
では「甘い想定」とは何なのかと言われると、その文の冒頭に「だがそれは」とあるため、さらに指示内容を追うのですが、指示内容の指す範囲が明確には特定できません。
広い射程で捉えると、その前の数行全体となるでしょうが、短くとると「しかし、ひとたび国外に出れば・・・。」という省略を含む部分。省略されてしまうと答案の要素として使いづらく、困ってしまいます。

さらに、よく探してみると、同段落の2行目に「私は自分の油断を反省した。」とあり、これが「甘さ」とやや近い表現です。
油断の内容は「日本人がこのような状況でこのように振る舞いうることをうっかり忘れていた」です。
では、このような状況とか、このように振る舞うとは何なのかと言われると、今度はガッツリとしたエッセイ調の部分に突入してしまい、まとめるのが大変。
文章内容を追うことは簡単でも、短い字数でまとめるとなると難しいでしょう。

このように、指示内容を追って前の部分に戻っていくと難しいのですが、大きなヒントは後ろの部分にあります。
次段落の3行目に「甘えの構造」が、まさに傍線部アの内容。
では、どのような「甘え」かというと、「同じ日本人なんだからちょっと説明を聞くくらい・・・」とまた省略形があります。
(ついでに言うと、口語調なので、そのままでは答案に使えません。)

ちなみに、「甘えの構造」には注釈が付してあり、日本人の心性の大きな特徴であると書かれています。これもヒント。
もう一つちなみに、東大現代文では傍線部より前の部分を使って答える問題の方が多いですが、このように後の部分がヒントになることもあるため、安直に「前の部分をまとめよう」となど思わない方が良いでしょう。

さて、ここまででかなりヒントは得られます。
ここまでに指摘した内容を拾って「甘え」を具体的に説明すればOK。と、簡単に言いましたが、これが難しい。何度も言っていますが、本文がエッセイ調のため抽象的な表現が少なく、口語的な言葉が多く使われていて、「ここを言い換えれば答えになる」という部分がありません。
ではどうするかというと、本文の内容を理解して、自分で要約することになります。
つまり、この問題は本文の言い換え問題と思いきや、本文前半の要約問題も兼ねていることになります。
もちろん、どんな現代文の問題も、多少は要約しながら答えるものではありますが、この問題ではそれが顕著。ここが難しいポイントでした。
以上の「甘さ」の内容を捉え、本文を要約して表現する部分が1つ目のポイントです。

2つ目のポイントは、「まぎれもなく「日本人」だった」の言い換えでしょう。
これはシンプルに同内容の別表現を探せば済む話です。
「まさに日本人らしい」だとか「日本人特有の心的特徴」だとか、色々考えられますので、ご自身で良い表現を探してください。
逆に言うと、本文中から探そうと思ってもダメです(もしかしたら適切な表現が転がっているかもしれませんが)。

平井答案の解説

以上の議論を踏まえ、答案例を示します。

顧客以外へのサービスを拒む日本人特有の厳格な一面を忘れ、日本国外であれば同郷を理由に違反を許されるだろうと安易に思ってしまった気の緩みが、筆者に内包された日本人の心性を浮かび上がらせたということ。

・「甘さ」の説明として4段落3行目の「日本にいるときはこちらもそれなりに・・・緩んでいたらしい。」を参考にし、日本人の厳格さを忘れた点と、同じ日本人ならば許されるだろうと思ってしまった点の2点を指摘しました。
・日本人の厳格さの内容として「顧客以外にサービス提供しない」という表現を紡ぎだしました。
・「甘さ」のニュアンスを出すために「許される」「安易に」「気の緩み」と3つ並べました。「思ってしまった」とすることで、傍線部アの直前の「無意識の」を表現しつつ、「甘さ」が強調されるように工夫しました。
・《まぎれもなく「日本人」》の言い換えとして「典型的な日本人」なども検討しましたが、うまい表現が思いつかなかったため、「日本人の心性を浮かび上がらせた」としました。これは傍線部の次の文で、かえって日本人の帰属を確認することになったという部分を受けた表現です。
・(細かいですが)傍線部の最後が「だった」と過去形だったため、答案の最後も「上がらせた」と過去形にしました。

設問(二) その残忍な顔を、〈外〉と〈内〉とに同時に見せ始めている。

いきなり余談ですが、東大現代文は設問二や設問三辺りで解きやすい問題が登場しやすい印象がありますが、この問題も例に漏れずやや解きやすい印象。
とはいっても、他の問題に比べてというだけであって、難しいポイントはいくつかあります。

まず、基本作業から始めましょう。
傍線部が「その残忍な顔」と始まっているので、設問一と同様に指示内容を探します。
しかし、設問一と違って傍線部の前に「残忍」とか「顔」という表現が見つかりません。
「顔」が見つからないのは理由が簡単です。なぜなら、比喩表現だからです。「側面」や「一面」などの比喩表現として「顔」が用いられています。

「残忍」に関してもそれほど難しくありません。「残忍」という表現こそ登場していないものの、残忍さをうかがわせる表現は多々登場しています。
「目ざとく見つけ容赦なく切り捨てる」「摘発し、切断し、除去する」など、恐ろしさをうかがわせる表現が目につきます。そこで、これらの表現が用いられている部分を指示内容とみなして考えればよいでしょう。
すると、よそ者を切り捨てるだとか、国民の一部を非国民として除去するなど、自分のグループから他人を排除することが書かれていることが分かります。

つぎに〈外〉と〈内〉についてですが、これも簡単で、〈外〉は外国人、〈内〉は日本人ということで良いでしょう。

これで、傍線部全体が言い換えられることになりました。

しかし、この問題の難しい所はここからです。傍線部の位置が非常にいやらしいところにあるのに気づいたでしょうか。
直前の「ふたたび」に傍線が引かれていないのです。

もし「ふたたび」に傍線が引かれていたとしたら、受験生の皆さんは「1度目は何なんだ?」と気が向くでしょう。しかし、傍線が引かれていないことで隠れ蓑になっています。

文脈を追うと、1行前から「ふたたび」の正体が登場します。
中流幻想に浸っていた日本人の社会は、いまふたたび、急速に階級に分断されている。それにつれてナショナリズムも、ふたたび、(傍線部イ)
となっています。
つまり、日本が階級に分断されてきたからこそ、ナショナリズムが残忍な顔を見せ始めているということです。

確かに、階級に分断されると、様々な特徴を持つ日本人が生まれるでしょう。その中には「きちんとした日本人」ではない人も生まれ得ます。
そういう人を排除する「残忍さ」が見え始めていると考えると、つじつまが合います。

これらをまとめて、答案例に行きましょう。

平井答案の解説

以上を踏まえ、私の答案例です。

日本社会の階級分化が急速に進み多様な日本人が生まれつつあるため、外国人は勿論、新たに発生した理想的ではない日本人までもが排除され始めているということ。

・まず、背景の状況として日本が階級分化していることを指摘しました。「多様な日本人が生まれつつある」は、論理を整合させるために、本文中に書かれていない内容を自分で補いました。
・字数節約のため「外国人は勿論」で済ませました。
・〈内〉の具体的な内容を単なる「日本人」や「国民」ではなく「理想的ではない日本人」と具体化しました。(苦肉の策であり、あまり納得していません)

設問(三) 文字通りの「自然」のなかには、もともとどんな名も存在しない

一見簡単そうに見えて、一歩先まで深く読まなければならない問題でした。

傍線部の全然段落から「nationalizm」の語源が(ややこしく)説明され、傍線部ウでは「自然にはもともと名前がついていない」という当たり前の内容が書かれています。正直なことを言うと、本文を一切読まなくても、傍線部ウだけ見て、なんとなくの意味は分かってしまうでしょう。
「そりゃ、人間が名前を付けなきゃ、自然に名前がつくはずないだろう」とかというような感じ。

しかし、ここが落とし穴。
本文の文脈の中に傍線部ウを置くと、ちょっとだけ意味が付与されます。

本文全体のテーマはナショナリズム。もう少し加えると、ナショナリズムによって生じる排他性についての話題です。
その文章の中で、「nationalizm」の語源に「出生」と「自然」があることを説明しつつ、血統や生地が同じ人を同種として扱うのが、現在の世界の傾向だと主張します。

しかし、その「生地」や「血統」そのものに疑問を呈すのが、傍線部ウの段落です。
この段落の前半では「生地」が不自然であることを示し、後半では「血統」が不自然であることを示します。そして次段落では「仮構」されたものだとまとめるのです。
つまり、「生地」も「血統」も人間が勝手に作ったものにすぎない、と論じているのが傍線部ウの段落なのです。

これを踏まえると、傍線部ウは、単に「人間が名前を付けるより前には名前がない」ということを言っているのではなく、「人間によって恣意的に分類を施されていない空間だ」ということを言っているのです。

これを踏まえて答案例です。

平井答案の解説

以上を踏まえ、私の答案例です。

人間は場所に対して後から名前をつけることで特定の意味を付与し分類をしているため、自然そのものは本来、名前を持たず、一切の境界がない空間であるということ。

・まず、名付が人間による行為であること、それによって意味や分類が付与されることを指摘しました。
・文字通りの「自然」を「本来の自然」としました。
・文末は「名前を持たない」だけでなく、「(人間が恣意的に行った)境界がない」ことまで書きました。

設問(四)日本人であることに、誰も安心はできない。

この問題は、設問三からの強い接続がある問題。
設問三で、「生地」と「血統」が人間によって仮構されたものである、というところまで解説しましたが、ここからさらに論旨が展開されます。
外国人が帰化して日本人になるとき、自然でないものを「自然化」するのはわかりやすいですが、日本人の親から生まれた子も、生後のどこかのタイミングで国籍が付与されます。
つまり、血統主義の日本であっても、日本国籍を持つというのは、(日本人として)自然でないものを「自然化」することによって起きるのです。

そこには絶対的な基準は存在せず、その「自然」の基準は流動的であり、逆流してしまう可能性すらあります。
今日は日本人だとみなされていたけれど、明日は日本人ではなくなる、ということが起きてしまう。
それがナショナリズムのもつ不安定さです。

さて、ここまで踏まえると、傍線部エはほとんど答えたも同然。
傍線部の直前には「だから」があり、原因部分が述べられています。
自然だと信じていたことが、突然自然でなくなることがあるとあり、上述した内容と同義だということが分かります。

あとは、「どういうことか」に答えるために、傍線部エを補足説明すればOK。
「日本人であることに、誰も安心できない」というのは、言い換えれば「誰もが日本人でなくなる」ということで、それが「安心できない」というのは、「自然ではない対象になってしまう」ということ、さらに言えば「排除対象」になることでしょう。

これで論旨がつながったので、答案例を見てみましょう。

平井答案の解説

では、私の答案例です。

日本国民の同一性は、現在の日本人に適合する人物のみを日本人であると人為的に定義し、それ以外の人間を排除することで作られるため、階級分化が進み多様な人が生まれつつある日本社会では、誰もが日本人でないとされ排除対象になる可能性があるということ。

・全体として論旨が明快な答案になるよう気を付けました。
・「日本国民の同一性」は、より平易な日本語に直したかったのですが、字数との兼ね合いなどからこのままにしました。
・「自然」な日本人、の言い換えとして、「日本人に適合する人物」としました。(これも、ややスッキリしていません)
・日本人誰もが日本人でなくなる可能性が高まる理由として、傍線部イの直前の階級分化の要素を入れました。

さいごに

解説部分では触れられませんでしたが、どの設問も日本語の表現が非常に難しく、この言葉ではあっちと矛盾するとか、この言葉ではしっくりこない、などの試行錯誤が非常に大変でした。
また、本文が論理的に書かれているように見えて、よく読むと論理がやや強引だったり、行間が書かれていない部分などがあり、補いながら矛盾のないように答案に表現するのにも苦労したように思います。
初見で読んだ印象よりも、答案作成に時間がかかるという典型的な問題のように思います。

(編集部注)東大現代文の対策ができオープン授業【東大現代文】では、塾長が動画(各約2時間)で丁寧に解説しています。どうぞご利用ください。

オープン授業【東大現代文】第六回 2022年 第1問 鵜飼哲「ナショナリズム、その〈彼方〉への隘路」

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