全集中 「合格の呼吸」弍ノ型 〜 本気度と戦略 〜【毎月10日掲載】

東大合格に必要なものは何か。

それは、「本気度」と「戦略」である。この2つが伴いさえすれば、東大合格は不動のものとなる。だが、この2つが伴わなければ、東大模試A判定の人でも東大合格は「運」(その時々の問題との相性)に委ねられることとなる。

では、ここでいう「本気度」と「戦略」は如何なるものを指すのか。以下、詳説したい。

● 「本気度」とは

東京大学を志望する理由はなんであろうか。最高峰への憧れ、自分の限界に挑戦してみたい、学びたいものがある、ライバルに負けたくない、自分の人生を変えたいetc…人それぞれであろう。いずれであっても良い。困難に挑戦する姿勢に心から敬意の念を抱いている。

では、自らが切望する東京大学合格に向け、全身全霊を捧げているかと問うと、途端に歯切れが悪くなる受験生が多い。私の心は、その時点で落胆の念に取って代わられる。

努力の中身を伴わない「東大に受かるといいなあ」という願望は、「宝くじに当たったらいいなあ」という欲望と大差はない。そんなもので、合格すると思っているのなら、入試をなめていると言うほかない。おとなしく学校の中間期末テストで高成績を叩き出し、推薦入試で大学入試を目指されるのが良い。それも正解である。大学受験が全てではない。

だが、大学受験で合格を勝ち獲るのであれば、「本気度」が高度に求められることとなる。受験は、人生における通過儀礼ではない。己の真価を問う闘いである。それゆえに、苦しい。それゆえに、逃げ出したくもなる。だが、そこから逃げることなく前へ前へと歩みを進めることのできた「勇者」には、栄光がもたらされるのだ。我々の人生は有限である。それゆえに「いま」を懸命に生きねばならない。燃え上がる炎のように。燦然と煌めく星のように。そこに、青春があり、尊さがあるのだ。

壱ノ型で、「覚悟」を以てすれば何事もなせる、と述べた。ここで、2009年の東京大学の国語第1問(文理共通)『白』をぜひ御一読いただきたい。東大の教授が受験生にあてた熱いメッセージを読み取ることができるだろう。「諸矢を手挟むことなく、一本の矢に全ての想いを込めよ。その先に栄光がある。」と受験会場で奮闘する受験生達を鼓舞しているかのようである。

2009 東大現代文

偏差値29から勉強を始めた浪人生がいた。彼は早稲田大学を志望していた。中学レベルの英文法も語彙力も危うかった。そんな彼が7ヶ月で早稲田合格を掴むには、徹底した戦略と揺るぎない本気度が求められた。

基礎的なドリルから徹底反復訓練を始め、1日の勉強時間が19時間だった当初はだいぶ辛かったようである。だが、それでも弱音を一つ吐かずに、今日の「負け」が明日の「勝ち」につながるのだという筆者の言葉を胸に、生活費を稼ぐためのアルバイトの時間以外は一秒たりとも休むことはなかった。

2ヶ月が過ぎ、初めての過去問演習に入る。「敵」を知るなら、早い方がいいというのが筆者の戦略だからだ。苦しむなら早い方がいい。入試直前に過去問に触れて右往左往するより、余力のある8月に触れて、臥薪嘗胆の精神を醸成する方が遥かに良い。当然、正答率は3割にも満たない。初めて見せる落胆の表情。だが、次の瞬間、彼は言い放った。「毎日1点ずつ上げる覚悟でやります。先生の言葉をバイブルに全力で駆け抜けます!」と。

私が彼に述べた言葉とは、次のようなものである。一部をご紹介する。

① 日本一の演習量をこなしてもいない者に、落胆する資格はない。日本一勉強したと豪語してから、不平不満をたらせ。

② 自分には無理だと諦めるのは0.1秒でできる。今日が命日なら嘆き続ければ良い。だが、そうでなくば、闘い続けよ。それが、生きることなのだ。

③ 反復こそ絶対的正義である。そして、基礎に戻る勇気が合格力である。四の五の言わずに、反復せよ。その先に栄光がある。

④ 明日が入試だと思って意識が吹き飛ぶくらい鬼勉せよ。まだ時間があると余裕をかましている者に栄光はない。惰性で生きる者の末路に栄光はないのである。

⑤ 「落ちるかもしれない」という不安は、脳が作り出した幻影である。だが、あなたが生きている世界は、その幻影の中にはない。あなたが生きている世界は、「いま」この瞬間ただ一つなのだ。「いま」を大切にせよ。「いま」に集中せよ。偽りのプライドを捨て、真のプライドのもとに自分の信念を貫け。そこに唯一の成功への道がある。

そうして、彼は早稲田大学の合格を果たした。彼が解いた過去問の写真がある。これらを全冊5周以上はまわしたはずである。ブックオフにも売れないレベルで使い倒した。彼は、私の誇りである。

東京大学ともなれば、さらなる負担がのしかかる。この言葉をきいて怖気つくなら、あなたの東京大学に寄せる想いはその程度だということだ。夢を叶えるためには対価が必要だ。それが全集中なのであり、「本気度」なのである。

● 「戦略」とは

「言わずもがな」であるが、東京大学に受かりたければ東京大学の出題傾向を徹底的に分析することが求められる。それに則った学習戦略を打ち立てることが王道となろう。

拙稿『年間計画の落とし穴』などでも述べたところであるので詳しくはそちらに譲るとして、多くの受験生は戦略を軽んじている。

また、罪深きことに、多くの指導者も東大入試を熟知しているとは言い難い。テニスの上達を欲するならテニスのコーチに教えを乞うべきである。サッカーの指導者に教えを乞うたところでテニスは上達しない。だが、多くの東大受験指導現場では、これと同様のナンセンスな事態が生じている。そうした時に、情報の選別眼が受験生には求められる。拙稿『予備校の活かし方』も併せてご参照いただきたい。

話を戻そう。

東大の出題傾向を分析するにも一定の学力が必要である。だからこそ、基礎的な学習内容を早期に完成させることが求められる。東大の問題を難しく感じる人が多いのは、東大の問題を解くための戦略も訓練も不十分だからである。灘や筑駒の上位層は中3や高1から東大の過去問に触れ、適切な訓練を受けている。それゆえに東大の問題を簡単だとすら豪語する者も多い。

かような歴然とした差を埋め、彼らに駒場や本郷で打ち勝つために、東大に照準をあてた「戦略」が求められるのである。圧倒的劣勢を覆すには戦略しかない。戦略は降って湧いてくるものではなく、徹底的な状況分析と不屈の精神によってもたらされるものである。

ハンニバルのカンナエの戦い、アレクサンドロス大王のガウガメラの戦い、バイバルスのアイン・ジャールートの戦いなど戦史上の名戦と呼ばれるものに、後世の人々が酔いしれるのには信念を貫き大業を成した先人達に挑戦者としての姿を見出しているからであろう。

人は、困難に直面すると逃げ出したくなるものだ。なぜなら、闇が眼界を覆い絶望に打ちひしがれるからである。だが、歴史の偉人達は常に挑戦者であった。どんなに世界を闇が覆おうとも、雲の上、空の上では燦然と星々が輝いている。そこに希望があるのである。挑戦者達は強き信念と徹底した戦略を以て、凡人には見えない一縷の光を闇に見つけ、活路を見出すことができるのだ。こうした彗眼は、ひとえに分析と訓練によって創られるのである。

圧倒的劣勢に立たされた状況を前に皆が絶望し、「この状況をどうすることもできません。我々は全滅するほかありません」と皆が口を揃えて司令官に叫んだ。

その男は、こう言い放った。

“ Circumstances? What are circumstances? I make circumstances.”

彼だけは希望を見出していた。それは願望ではなく戦略ゆえの必然。この発言の通り、彼は自分に有利な状況を創出。絶対的劣勢を覆し、アウステルリッツの三帝会戦で華々しい勝利を飾った。彼の名はナポレオン・ボナパルト。

話は変わって、フィギュアスケートの羽生結弦選手。試合の前には1000回近くイメージトレーニングをするそうだ。万が一、4回転ルッツで失敗したら、た・だ・ち・に、3回転を2回入れよう、もし3回転でもコケたら、演技力で勝負しようなど細かにシミュレーションをしてゆく。

一本の矢に全ての思いを込めるためには、その前段階で血の滲むような鍛錬とシミュレーションがなされるものだ。受験生はいまこの瞬間、必死になって勉強していることだろう。ここにシミュレーションという名のリスク戦略が伴えば、東京大学合格は必然のものとなるのである。

そこに「白」がある。

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