2023年東大地理(第1問B)入試問題の解答(答案例)・解説
インドやバングラデシュにおける人間活動と環境問題との関係について問うた問題です。
敬天塾では、受験する年の共通テスト本試験・追試験の地理を必ず精査するように指示しておりますが、2023年度東京大学の地理本試験で出題されたインドと中国が本年度の東大入試でも出されたことに生徒たちも驚いたようでした。
ですが、東大過去問を探究したなら、こうしたことが起きうることは予想の範疇には入りますから、こうした意味でも良質な情報をより多く得た受験生が有利であると言えましょう。
さて、ここ数年、東京大学は2022年度第2問Bのブラジル地誌や、2020年度第3問Aのドイツ地誌において、産業と人口動態との関係について、かなり細かい知識を問うてくるようになりました。
そうした流れを受けての2023年度入試においては、第1問Bで南アジアの農業と環境問題について、そこそこ細かい知識を問う問題を出してきています。
しかも、ただ単に言葉をたくさん覚えれば良いのではなく、農業や環境問題や産業や人口動態といった教科書や参考書では縦割り的に章が分けられている内容をミックスして問うてくるのが東大地理の特色です。
それゆえ、人口なら人口、農業なら農業といったように縦割り的な学習だけで満足するのではなく、自然地理を土台に各分野の相互関係を意識した学習を心がけましょう。
それでは、早速設問を見ていくとしましょう。
【リード文】
近年, 南アジアにおいて, 地球温暖化や大気汚染などの環境問題への人間活動による影響が深刻化している。 図 1-2 (a) は, 地球観測衛星のデータから推定された, ある種の温室効果ガスの大気中平均濃度 (黒色が濃いほど高濃度) の分布の概要を示す地図であり, 図 1-2 (b) は, 森林や農地などにおける林野火災 (黒点で表示) の分布の概要を示す地図である。 これらの図をみて, 以下の問いに答えなさい。
設問(1)
図 1-2 (a)に示された温室効果ガスは,一般に湿地などから発生するとされているが, A の地域では, ある農作物の生産が盛んなために, この温室効果ガスが大量に発生していると考えられている。このガスの名称と農作物を答えよ。
さて、先ずは図1-2(a)をご覧いただくとしましょう。
実際の図は、東大のホームページや東進過去問サイトなどでご覧いただきたいですが、ひとまず簡略的な模式図を作成いたしましたので、こちらをご活用ください。
図1-2(a)を敬天塾で簡略的に描いたもの。ある温室効果ガスの大気中に平均濃度を示したもので、リード文にもある通り、黒い色の部分が高濃度であることを示しています。
この設問を見たときに、「全然わからん」と思われた方も多くいらっしゃったようです。
ですが、困った時ほど、リード文や設問文にヒントはないのか、また、言葉の定義に立ち返って考える思考習慣をつけましょう。
先ずは、温室効果ガスの定義から思い起こしてみましょう。
- 温室効果ガスとは?
地球の温度を高く保つ働きをする気体のこと。二酸化炭素やメタンなどがある。温室効果ガスの濃度が高まると温室効果も高まる。
(2023年度帝国書院地理探究教科書p70)
ニ酸化炭素(CO2)やメタン(CH4),フロン類などの温室効果ガスは,地表から放射される赤外線を吸収して地表に戻す働きを しており,これを温室効果とよぶ。
(2023年度二宮書店地理探究教科書p68)
と教科書では定義されています。
候補として、二酸化炭素・メタン・フロン類が考えられそうです。
ただ、フロンは少し特殊ですし、他社の教科書を見ても二酸化炭素とメタンの2つを挙げたものが圧倒的に多いので、まずは、この二つを元に考察しましょう。
問われているものは、図1-2(a)で示された大気中濃度分布が示す温室効果ガスの名称と、ガスを発生させる原因となる農作物の名称の2点です。
設問文の中には「湿地から発生し」とあります。
そして、忘れてはならないのが、A以外の地域にも、このガスは高濃度で分布しているという事実です。
Aの地域はバングラデシュであることは、すぐにわかると思います。
バングラデシュでつくられる農作物には米やジュートが有名ですので、この両者のいずれかが答えになりそうです。
図ではインドシナ半島北部にも高濃度で温室効果ガスが分布していますから、ジュートではなさそうです。
また、「湿地から発生し」という言葉からも、一定の雨量を必要とする米が答えになる可能性が高いと推察できます。
次に、温室効果ガスが二酸化炭素かメタンかですが、仮にメジャーな二酸化炭素が答えとなった場合、そもそも二酸化炭素は自動車の排ガスや工場の排煙にも多く含まれていますので、インドの工業地帯が分布する地域の方が高濃度になるはずです。
ですが、図を見る限り、工業地帯がないところの方が高濃度になっていますから二酸化炭素という線は消えます。
よって、メタンが答えになると私は判断しました。
生物基礎や生物で炭素の循環を学ばれた方は、土壌のメタン生成菌の話から推察することもできたかもしれません。
また、教科書の補注にも目を凝らすと、「・・・沼地で発生するメタンガスがおもな原因。」(2023年度二宮書店地理探究教科書p66)のような記述も見つけられます。
なお、ちょっとした豆知識ですが、アメリカの環境保護庁(EPA)によると、メタンガスは二酸化炭素の約80倍の温室効果があり、現在発生している温室効果ガスによる温暖化の約3分の1はメタンガスによるものだとしています。
その他、以下のような記事もありますので、ご興味のある方はご覧ください。
https://sdgs.yahoo.co.jp/originals/114.html
以上より、設問(1)の解答は次のようになります。
(解答例)
ガス名称 メタン 農作物名称 米
では引き続き、設問(2)をご覧ください。
設問(2)
図 1-2(b)に示された森林や農地などにおける林野火災の発生は, Bの地域においては毎年5月と11月に極大となる。 この理由を, この地域で行われている人間活動と関連づけて2行以内で述べよ。
図1-2(b)を敬天塾が簡略的に描いたもの。森林や農地などにおける林野火災を黒点で表示。
まず、こんな問題を解いたことのある受験生は少ないと思います。
見たことのない問題であれば、リード文や設問文から合理的に推論していくことが求められます。
則ち、設問文にある「毎年5月と11月」という文言から、農業に関係するものを連想してみます。
すると、季節風、雨季と乾季、収穫期あたりが思い浮かぶと思います。
この点、季節風は5月と11月にピンポイントでやってくるわけではありません。
もう少し、2〜3ヶ月の幅を持ったものですし、そもそも人間活動とは異なるので検討候補から外します。
次に、雨季と乾季。これは収穫期の話とも関係しそうですから可能性として大きそうです。
インドの雨季や乾季、収穫期についてきちんと説明できますか?
教科書には
冬季(11~ 5月)は ヒマラヤ側から北東モンスーン(季節風) が吹きこみ,大陸の乾燥した空気を運んで, 乾季になる。反対に,夏季(6~10月)はアラビア海から南西モンスーンが吹いて ,海洋の湿った空気を運んで雨季になる。
(2023年度二宮書店地理探究教科書p222)
とあります。
これをしっかり頭に入れていたならば、設問で摘示されている「5月」は雨季の始まる直前、そして「11月」は乾季が始まる月だとわかります。
次に図で示されたBの地域における農作物を考えるとしましょう。
まず思い起こすべきは小麦ですね。
2023年共通テスト本試験では、インドと中国の米と小麦の生産に関する生産地の分布が出題されましたが、まさに本問や第2問Bと同じテーマでした。
ちなみに、旧センター試験時代の2009年本試験地理Bでも、インドの小麦収穫時期について問われています。
過去問探究をしていた受験生にとっては、本年の東大1Bは既視感のある問題だったことでしょう。
2009年センター試験地理B本試験より。 なお、正解は②。
ですが、これを見る限り、インドにおける小麦の収穫時期は雨季の始まる前となります。
小麦は乾燥に強い作物だからです。
ただ、そうなると、11月には何があるのでしょうか。
センター試験の図表を見るに、冬小麦の種をまき始めているようですが・・一旦ここは保留にして、残るヒントを分析してみるとします。
図1-2(b)は、林野火災の発生地点を黒点で示したものですが、火災が発生するということは、乾燥や熱波などが考えられるものの、人為的なものにフォーカスをあてている以上、何か火を使うようなものがあるか?と思考を巡らすこととなります。
この点、人間活動と農業で受験生が知っている環境に悪いものといえば、過放牧、過耕作、焼畑、野焼きあたりになるでしょうが、この中で火を使うものは、焼畑や野焼きです。
さて、ここまでで、小麦/雨季/乾季/野焼きといったキーワードは出てきました。
贅沢なことを申せば、11月に関連して米の話や二毛作の話にも気づけると最高でしたが、インド北西部で米作りがなされていることを知っている受験生は少ないと思いますので、書けずとも合格点はいただけると私は思います。
入試は満点を取るゲームではないので、ベストよりもベターを目指せば良いのです。
それでは、解答例です。
(解答例)
稲作りを行う雨季が始まる前の5月と、小麦を栽培する乾季が始まる11月に地力向上のため野焼きが行われるため。(53文字)
稲作を行う雨季が始まる5月と、小麦栽培の乾季の始期の11月に、地力回復のため各々小麦や米の作物残渣を野焼きしているから。(60字)
なお、インドにおける野焼きによる大気汚染の問題は、NHKの特集番組や新聞紙上でよく見られる話題です。
ですが、教科書や資料集には調べた限り掲載されておらず、これを東京大学が出題するのはいかがなものかという声もありました。
私としては、もっと教科書会社には情報を網羅してほしいと願っていますし、有名な『地理の研究』もここ数年、大幅改訂を怠っていますから情報のアップデートを期待したいところです。
ですが、上記の解説のように既存の知識だけでも正解に迫ることは可能でしたので、そうした意味で良問とも言える問題だったように思えます。
ちなみに、インドの大気汚染絡みでは、以下の記事もご参照になられると良いでしょう。
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/17886?page=2
それでは、ラストの設問(3)です。
設問(3)
インド北部で深刻な問題となっているPM2.5などの粒子状大気汚染物質は, 図 1-2(b) の C (破線内) に位置するヒマラヤ山脈の中腹にまで達しており, 特に毎年6月から9月にかけて, こうした現象が顕著になる。 その理由を, 林野火災以外の, 年間を通して見られる汚染物質の発生源と気候条件に関連させて2行以内で述べよ。
【再掲】 図1-2(b)を敬天塾が簡略的に描いたもの。森林や農地などにおける林野火災を黒点で表示。
本問は、この1Bの中では最もシンプルで落としてはいけない1問だと言えましょう。
「毎年6月から9月にかけて」という一定スパンの話をしていることから、先程の設問(2)で検討候補から真っ先に外した季節風が怪しいと推論することができます。
本問で取り上げられているPM2.5は、2017年度第2問Bでも問われており、越境大気汚染が世界的に深刻化している事態を受け、東大側も再度出題してきました。
本年4月から始まる地理探究の教科書でも多くのページを割いて詳説されているところですので、しっかりと周辺知識を固めましょう。
さて、6月から9月にかけての季節風ということから「夏の南西モンスーン」が瞬時に思い浮かぶわけですが、如何なる人間活動がPM2.5などの粒子状大気汚染物質の元凶になっているかは、2017年2Bをしっかり探究した受験生であれば即答できたはずです。
自動車から排ガスや、石炭火力発電所からの煤煙などを想起できれば答案骨格は出来上がります。
その他、デリーが盆地ゆえに排ガスが滞留し深刻な大気汚染を招いているということは有名な事実ですから、敬天塾の映像授業でも申し上げた通り、「閉鎖性」という切り口から重要事項整理をできた受験生にとっても書くべき内容は思い出しやすかったことでしょう。
以上より、 解答をまとめてみますと、
(解答例)
自動車の排ガスや石炭火力発電所の煤煙に含まれる汚染物質が、デリー等都市部から高日季の南西モンスーンでCまで運ばれるため。(60字)
【さらに深く学びたい方のために】
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上記の地理の記事は敬天塾の塾長とおかべぇ先生が執筆しています。
おかべえ先生は、東大地理で60点中59点を取得した先生です!
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