【中学受験で決まる東大受験18】灘中は、なぜ「社会」を除外したのか。

東京大学の中でも最高峰にあたる理科三類に多くの合格者を輩出する日本一の超進学校 灘。

実のところ、灘中学の入試には社会がないのである。それはなぜなのだろうか。

校長先生がおっしゃるには、「不要だから」だそうだ。なぜなら、中学受験における社会科と言えば年号丸暗記や統計丸暗記、地名や制度名の丸暗記にばかり力点を置いた学習がサピックスですら行われており、害悪でしかないというのが校長先生のご主張だ。

たしかに、筆者も小学生の頃、各都道府県の統計をやみくもに覚えることに何の意味があるのか疑問を覚えたものである。社会科が大好きになったのは、東大世界史や東大地理の勉強を始めてからであろう。

それまでは社会科はただ無味乾燥に詰め込むだけと思って毛嫌いしていたのだが、論述問題を主とする東京大学の入試を前にして、自分の頭で考え、それを表現する喜びを知って社会科の面白さに目覚めたのである。

校長先生が仰るには、東大入試並みの大論述などを課して良いのなら是非に社会科を入試科目に加えたいが、流石に12歳に強いるのは酷であろうし、差がつかないというのが主張骨子である。

難関中学では、少しでも社会科が暗記一辺倒の科目ではないことを子供達にアピールするために、海城中学や芝中学では100字程度の論述問題を課すようにもなったが、実際のところは設問やリード文にヒントを大量に散りばめており、事実上の国語の問題のようになっている。東大社会のような問題に似せても非なるものなのだ。

それゆえ、灘の先生が仰るように、入試科目から社会科を外すことは理にかなっているとも言えるだろう。

ちなみに、灘中学の入試には他にも他校にはない特色がある。則ち、試験日程が東京大学のように2日間にわたるということだ。

1日目に国語、理科、算数の3科目を課し、2日目に国語と算数を再度課すのだ。東大受験生でも2日間の入試日程にメンタルを維持することが困難であるにもかかわらず、年端もいかない12歳の少年達が過酷な入試考査に臨み「王者」となっていくのである。

2人に1人が東大に合格するのには、こういった入試制度の特色も背景にあるのやもしれない。

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