2020年 東大国語 第1問 小坂井敏晶「『神の亡霊』6 近代の原罪」解答(答案例)・解説

2020年 東大国語 第1問 小坂井敏晶「『神の亡霊』6 近代の原罪」

凄い問題でした。
読み応えのある文章。超重量級の問題。解釈や理解、表現力など全てにおいて受験生をハイレベルで試してきます。ぜひ取り組んでほしい問題です。

独りよがりの答案・解説になるのを防ぐため、予備校・塾などの先生方の答案を拝見し、講師・生徒一同で考察を重ねた結果を、本稿にまとめています。
現代文は回答者によって解釈のブレ、答案の表現のブレなどが激しい科目であるため、賛否両論が発生することは承知していますし、闊達な議論を奨励しています。
お気づきの点がありましたら、遠慮なくコメントをお願いします。

※なお、本稿では最低限の読解や私(平井)の答案の紹介を行っています。
《より詳細な内容》に加え、《多くのサンプル答案に対する添削やアドバイス》などを2時間ほどかけて解説した授業動画もご用意しております。
ご自身でサンプル答案の添削に挑戦していただいた上で視聴いただくと、多くの気づきを得られます。

映像授業【東大現代文】第五回 2020年 第1問 小坂井敏晶「『神の亡霊』6 近代の原罪」

オープン授業【東大現代文】第五回 2020年 第1問 小坂井敏晶「『神の亡霊』6 近代の原罪」

 

敬天塾作成の答案例

敬天塾の答案例だけ見たいという方もいるでしょうから、はじめに掲載しておきます。
受験生の学習はもちろん、先生方の授業にお役に立てるのであれば、どうぞお使いください。
断りなしに授業時にコピペして生徒に配布するなども許可していますが、その際「敬天塾の答案である」ということを必ず明記していただくようお願いします。
ただし、無断で転売することは禁止しております。何卒ご了承ください。

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【平井基之のサンプル答案】

設問(一)
自由競争の原理の下にあるアメリカでは、個人に不平等が生じたのは本人の能力や努力が足りないことが原因であり、人種や性別など集団間の不平等は関係ないとされるため、社会を是正すべきだという運動が発生しづらいから。(主張が支持を得づらいから。)

設問(二)
近代では、才能や人格といった人間の内面に責任の所在を求めるが、その内面が形成された原因を辿ると、必ず遺伝や社会など外からの影響に至ってしまうから。

設問(三)
誰でも努力すれば不平等を克服できると謳う能力主義が、社会に歓迎されたうえで機能しているため、能力主義が作り出している既存の支配構造まで、知らぬ間に正しいシステムかのように社会に存在しているということ。

(別答案:ちょっと攻めた答案)
原理的に不安定な民主主義社会であっても、能力主義のシステムを導入し、誰にでも不平等を克服できる機会があると標榜することで、安定した支配構造をその存在を知らせないままに機能させられるということ。

設問(四)
近代以前は不平等が生じる原因を神や自然など人間の外に求め正当化したが、近代では人は平等であると謳ったうえで、現実に生じる不平等の原因は、自由な意思を持つ個人の中にあると正当化の理由が変化しただけで、不平等は常に存在しているのだということ。(不平等は事実上許容されているということ。)

※多少、字数が多めの答案になっていますが、短くまとめきれない私の力量不足以外の何物でもありません。あくまで、答案サンプルの一つであり、皆さんの考察の材料となることを願って作成したものですので、寛大な心でご覧いただけると幸いです。

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【過去生徒Aのサンプル答案】

設問(一)
特定の集団間の不平等が是正され、個人の才能と努力次第で社会的成功が可能であるとする自由競争と銘打った社会のもとでは、行為や結果の責任は全て個人にあるとされ、社会構造が問題視されることがないから。

設問(二)
近代以降、遺伝や環境などの外来要素から切り離された、個人の才能や意志などの内在要素が行為の責任の所在とされたが、実際は内在要素も必ず外来要素の影響を受けており、外来要素から完全に独立した内在要素など存在しないから。

設問(三)
個人の才能や意志は出自などの外来要素に由来するが、能力主義においては全ての結果は自己責任で外来要素とは無縁だとみなされるので、結局は既存の階層構造が能力主義に裏付けされ、より順当らしい支配力を得ることになったということ。

設問(四)
近代以降、機会均等を謳う自由主義により全ての結果は自己責任であるとされたが、実際には個人の才能や意志は外来要素に由来するため、既存の階層構造は自由主義という建前の裏で、依然としてより強力で深層的な社会秩序として機能しているということ。

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設問(一) 不平等が顕著な米国で、社会主義政党が育たなかった一因がそこにある。

採点は5段階評価で標準を3とし、
難しいポイント1つにつき+1、
簡単なポイント1つにつき-1としています。
「傍線部の構造」は答案骨格の作りにくさです。
「表現力」は自分の言葉に言い換える難しさです。

まず目を引くのが「社会主義政党」という言葉。余談ですが、ここ数年の東大現代文では単語の意味を知らないと解けない問題が出題されやすくなっているように思うのは、私だけでしょうか。
「社会主義」という言葉は非常に多様な意味を持つため、文脈に従ってカメレオンのようにちょっとずつ意味を変えながら登場します。詳しく語ると面倒なので、ここでは「社会全体で、貧しい人や困っている人を支えるべきだとする考え」くらいに留めて置けばよいのではないでしょうか。(異論は認めます)

そして「そこ」という指示語。
「ぼうせんぶ の しじご は なに を さしているか かならず かんがえましょう」
と小さい頃から訓練させられると思いますが、今回に関してはやや指示内容を追いづらい。「そこ」の指す内容が、どれか特定の単語だとは考えにくく、「それまでの文脈全体」のように捉え、意味内容や論理で指示内容を探すことも重要かもしれません。

また、初見では文脈すら捉えられないかもしれません。
一文ずつ丁寧に理解しながら読み解くと、非常に論理的で明確な内容を言っているのですが、テキトーに読むと何を言っているか分からないかもしれません。
そうそう、「社会主義」という単語も含め、理系の受験生には馴染みのない内容だったようにも思えます。

ものすごく簡単に言うと、「僕が貧しいのは自分のせいだ。社会が悪いわけではない。」とみんなが思っているから、社会主義政党が育たないということです。
ではなぜ「自分のせいだ」と考えるのか。それは自由競争の原理が働くからです。誰でも努力して能力を磨けば出世できる機会が均等に与えられているため、自由な競争の中で生きることが求められる。ここにおいては、人種も家格も経済力も関係ないという建前が存在しているのです。

この内容をまとめると答えになります。(が、表現が難しい!字数制限とも戦ってください。)

平井答案の解説

以上の議論を踏まえ、答案例を示します。

自由競争の原理の下にあるアメリカでは、個人に不平等が生じたのは本人の能力や努力が足りないことが原因であり、人種や性別など集団間の不平等は関係ないとされるため、社会を是正すべきだという運動が発生しづらいから。(主張が支持を得づらいから。)

・機会均等や能力主義など小難しい単語を含めて答案を作ることもできますが、なるべくかみ砕いて必要な部分のみを残すように作りました。
・不平等の原因は個人であることと、集団間にはないことを併記しました。
・社会主義政党が育たなかった理由として、本文中の「変革運動」を捉え、「社会を是正すべきだという運動」と言い換えました。
・他の答案と差別化する答案にするため、社会主義「政党」という点、民主主義国家である点などを踏まえて「支持を得づらい」と表現する別答案を提案しました(本番では書かない方が良いかも)

設問(二) 自己責任の根拠は出てこない

ああ、まるで広い砂漠にポツンと広がるオアシス。荒れた土地に咲く一輪の花。
心に癒しが訪れ、つい喩えてしまいました。
他の設問が激ムズなのに対して、設問二は標準的、いや易しめの問題と言ってよいでしょう。ひとまずこの問題で癒されましょう。

傍線部には「自己責任の根拠は出てこない」とあり、その直前に「したがって」とあります。これに対して「なぜか」の問題。当然「したがって」の前を追います。すると「内因には変身しない。」が見つかる。
ここと、前段落の最後「〈内部〉を根拠に自己責任を問う。」がつながれば、解答の方針は出来上がったも同然ですね。

まとめると、「自己責任は自分の内側に根拠があるとされているけど、本当は内側には根拠がないから」といった感じでしょう。こんな感じで骨格ができたら、あとはこれを肉付けしていけば答案です。

まずは、内部だの外部だの言い始めたのが近代特有の話のようですから、「近代では」などと付け加えます。そして、傍線部の段落の内容を要約して「内部の要因だと思われているものは、全て外部の要因の影響を受けている」という内容を自分なりにまとめれば、概ね解答になるでしょう。

平井答案の解説

以上を踏まえ、私の答案例です。

近代では、才能や人格といった人間の内面に責任の所在を求めるが、その内面が形成された原因を辿ると、必ず遺伝や社会など外からの影響に至ってしまうから。

・「近代では」と、近代特有の考えであることを強調しました。
・「内面」だけでは意味が伝わりづらいため、「才能や人格」と加えました。
・「個人」という概念が虚構であることを加えたかったのですが、必ず必要ではないと判断したことと、答案構成上、入れるのが難しく感じたので省略しました。

設問(三) 先に挙げたメリトクラシーの詭弁がそうだ。

他年度の問題も含め、これほど答案作成に時間がかかったものはないのではないかと思う問題でした。

他の問題と違うのは、解答の根拠となる部分が2か所にわたることでしょう。
「どういうことか」の問題ですから、傍線部を言い換えていくことが基本路線なのは言わずもがな。そして傍線部に「そうだ」と指示語があるので、これも当然追う。
一方、傍線部に「先に挙げたメリトクラシー」とあるので、メリトクラシーが登場した箇所に飛ばなければなりません。
つまり、傍線部のある段落と、1ページ目の両方を参照しながら解かなければなりません。(東大現代文においては珍しい)

余談ですが、世の中には「東大現代文は傍線部の前後をまとめれば解ける」と吹聴する方がいるようです。私も、傍線部の前後だけで解ける問題が多いのは同意しますが、断定はしていません。東大は受験生の裏をかいた問題を出題することが度々あります。受験業界で安易な言説が流れれば流れるほど、その裏をかかれる確率も高まります。
現にこうして、傍線部の前後だけでは解答の根拠が拾えない問題が出題されています。数学でも英語でも社会科でもそうです。「傾向変化だ」と言うのは簡単ですが、傾向を変化させた人がいることを忘れずに。知の真髄を学ぶべき東大を志す限り、単純な話には引っかからないようにしましょう。

閑話休題。
大事なのは傍線部が含まれる段落です。「そうだ」の指示内容を追い、それをまとめるのが先決です。
直前に書かれているのは、支配と被支配の関係。支配がうまくいっているとき、その支配は被支配側からは気づかれないように、さも当然化のごとく存在するのだそう。そして、その最たる例が「メリトクラシー(能力主義)」なのだということです。

そして、能力主義の部分に飛ぶと、確かにそのようなことが書いてあります。
能力次第で社会が抱える不平等が解消できると信じれば信じるほど、支配構造が固定化してしまう。なるほど、ここをまとめれば良いのか。

ということでまとめようと思うのですが、中々うまくまとまりません。
いや、本文に登場する言葉をつなぎ合わせたような答案ならば、それほど難しくはないのです。しかし、わかりやすく、論理をスムーズに繋げた答案にしようとすると、「行間」をかなり補わなければなりません。

例えば、「平等な社会へ導くはずの能力主義が」などと書き始めたとします。これはこれで良いのですが、「なぜ能力主義によって平等な社会を導くことにつながるのか」は、やや説明不足です。
(例えば、「能力主義は、不平等を克服する手段が能力の向上だとするため、平等な社会へ導くとされる」とすれば、補えるでしょう)

能力主義だとか、機会均等、自由競争、階層構造など漢字を使えば字数は節約できますが、その分、漢字や熟語に込められた意味が渋滞してくるので、一読して読みづらくなってしまいます。このバランスをとるのが非常に難しい。
このように、イチイチ分かりやすく説明していると、字数制限がすぐにやってきます。

さらに、「そうだ」の指示内容である「支配は真の姿を隠し、自然の摂理のごとく」という比喩表現を直接的な言葉に言い換えるのも骨が折れます。

もう一つ付け加えると、長続きする支配構造が話題になっているのは、そもそも民主主義社会は原理的に不安定だから、と前段落で書かれています。
これを含めたほうが、重厚な答案になるのですが、さあ入るのか。など考えていたら、いくらでも答案の推敲に時間がかかってしまいます。

本文の言葉を繋ぐだけなら、すぐ解ける簡単な問題でしょうが、きちんと説明しようとすると難しい。
絶妙な難易度の問題だと思います。総合難易度評価は、最難関です。

平井答案の解説

誰でも努力すれば不平等を克服できると謳う能力主義が、社会に歓迎されたうえで機能しているため、能力主義が作り出している既存の支配構造まで、知らぬ間に正しいシステムかのように社会に存在しているということ。

・「能力主義」だけでは説明不十分だと感じたので、「誰でも努力すれば不平等を克服できる」と補足しました。この部分は、「社会に歓迎された」という直後の部分の理由にもなっています。
・「歓迎」だけでは一時的なので、「機能している」と時間が継続している様子を表現しました。
・「詭弁」を「謳う」と言い換えました。
・能力主義により、支配構造が出来上がり、社会を支配しつづけるという内容を表現しました。
・「真の姿を隠し、自然の摂理のごとく作用する」を「知らぬ間に正しいシステムとして」と表現しました。

(ちょっと攻めた別答案)
原理的に不安定な民主主義社会であっても、能力主義のシステムを導入し、誰にでも不平等を克服できる機会があると標榜することで、安定した支配構造をその存在を知らせないままに機能させられるということ。

・この答案は、「観賞用」の答案です。必ずしも本番で答案用紙に書くべき答案ではありません。ご笑覧ください。
・「近代の構造」を悪者に仕立て上げるために、支配者側を主体になるような答案にしました。
・逆に、被支配者層は扇動されている被害者であることを匂わせました。
・民主主義社会が原理的に不安定であることを入れました。

設問(四)近代は人間に自由と平等をもたらしたのではない。不平等を隠蔽し、正当化する論理が変わっただけだ。

これも難しい。
まず、傍線部にたどり着くまでに、半ば心が折れます。傍線部ウの直後辺りから抽象的な表現が乱発され、今まで以上に丁寧に一文ずつ読まないと文脈がつかめません。(一度意味がつかめると、非常に論理的に論を立てていることが分かるのですが)

この本文の読解が難解なため、難易度の評価をグッと上げました。
このような近代批評の文章を読んでいると、よくある内容ではあるのですが、それでも正確に文脈を追うにはゆっくり丁寧に読まなければついていけなくなることでしょう。

さて、傍線部に注目すると、前半と後半に分けられることが見えるでしょう。
前半の「近代は人間に自由と平等をもたらしたのではない。」の部分は、否定文ですし、後半部へと論を接続するための文章なので、重要なのは後半部「不平等を隠蔽し、正当化する論理が変わっただけだ。」です。

この、「不平等を隠蔽」や「正当化する論理」について、言い換えようとするところは、まだ簡単でしょう。直前などに同内容が書かれています。すなわち「不平等は現実に存在するが、建前上存在してはいけないので、社会の不平等を糾弾したり、不平等の発生原因は個人の内部にあると責任転嫁する」というような内容です。

これをうまくまとめていくことが解答の方針の主軸になります。よって、ここからは肉付け。

最も大事な「肉付け」は、論理の変化でしょう。近代以前にも不平等は存在し、正当化が行われていました。そして近代以降も不平等は存在し続け正当化されています。しかし、その正当化の論理はまるで違います。この比較を書くことは、ほぼ必須でしょう。

例えば、個人の内部に責任を求めるという内容は、そもそも近代が「個人」という虚構の存在を仮設し、無責任の外的要因と責任を負う内的要因を分離したことに端を発します。これを含めるかどうか。
また、個人の能力や努力不足が不平等を発生させると考えるのは、能力主義という思想が原因にあること。これも含めようと思えば含められます。
少し遠くなりますが、能力主義の横行による支配構造が、強固に定着していることで不平等の隠蔽や正当化がしやすくなっている、と指摘することもできるでしょう。
このように、主軸に対して肉付けして入れようと思う要素まで含めると膨大な字数が必要となり、どこを含めるのか(含めないのか)の判断も非常に難しいと思います。

平井答案の解説

では、私の答案例です。

近代以前は不平等が生じる原因を神や自然など人間の外に求め正当化したが、近代では人は平等であると謳ったうえで、現実に生じる不平等の原因は、自由な意思を持つ個人の中にあると正当化の理由が変化しただけで、不平等は常に存在しているのだということ。
(不平等は事実上許容されているということ。)

・近代以前と近代以降とで、正当化の論理の変化を示すため、明記しました。
・近代以降の内容で、建前は平等だが、現実には不平等が生じると書くことで、隠蔽や正当化する動機が発生することを表現しました。
・「自由な意思を持つ個人の中」の部分は、もっとボリュームを持たせて説明したかったのですが、説明不十分なままにとどまっています(前後の部分との因果関係も希薄になってしまいました。)
・「正当化の論理の変化」だけで留めれば20字程度余裕が生まれたのでしょうが、最後の「不平等は常に存在している」という部分を優先しました。理由は傍線部の前半「近代は平等をもたらしていない。」を反映させたかったからです。
・「不平等を隠蔽」という内容を考察した結果、不平等が存在するだけでは弱い気がしてきたので、別答案のように「不平等を許容している」まで踏み込んだ表現を思いつきました。しかし、少し言い過ぎかと思ったので、別答案に留めておきました。

※なお、本稿では最低限の読解や私(平井)の答案の紹介を行っています。
《より詳細な内容》に加え、《多くのサンプル答案に対する添削やアドバイス》などを2時間ほどかけて解説した授業動画もご用意しております。
ご自身でサンプル答案の添削に挑戦していただいた上で視聴いただくと、多くの気づきを得られます。

映像授業【東大現代文】第五回 2020年 第1問 小坂井敏晶「『神の亡霊』6 近代の原罪」


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