【東大日本史】2022年第4問の解答(答案例)と解説

◎はじめに

東⼤⽇本史の問題は、リード⽂、資料⽂、設問⽂の3点で構成されているのはしっていることでしょう。
ではいったい、どの順で読むべきでしょうか?
問題によって柔軟に対応するのがベストではありますが、基本的には、①リード⽂、②設問⽂、 最後に③資料⽂の順に読むことをお勧めしています。 それは、まずはリード⽂と設問⽂をよく読み、解答にどのような情報が必要なのか 把握した上で資料⽂と向き合うのがよいだろうと考えられるからです。

これまで多くの⽣徒や再現答案を⾒て、採点や添削を⾏ってきましたが、内容の良し悪し以前に、問われていることに答えていない答案が、想像以上に多いです。そこで、設問の分析から始めることで、問われている内容から外れないようにい⼼掛けることを強くお勧めしています。

 

◎リード文の分析

長いです。

書いてあるのは労働生産性について。あたかも地理の問題かのようです。
それにしてもリード文が長い!
リード文が長くない場合でもキチンと読むべきである。まして、リード文が長い場合ならなおさら(キチンと読むべき)だ。(漢文の比況の構文)

さて、日本史の授業で労働生産性という言葉を習った人はいないと思います。つまり東大日本史お得意の「初見で考えさせる問題」ですから、丁寧に読み取りましょう。

まず、労働生産性の定義。
労働生産性 = 働き手1人が一定の時間に生み出す付加価値額(生産額ー原材料費や燃料費など)

そして、労働生産性が上がる要因は、大きく分けて2つです。
労働生産性の上昇 = 要因①機械などの働き手1人当たり資本設備の増加 + 要因②その他の要因

さらに、「要因②その他の要因」については、具体例が挙げられていて、
要因②その他の要因 =教育による労働の質の向上や、技術の進歩、財産権を保護する法などの整備

この3つの内容が読み取れれば良いでしょう。よく読まないと、何がどこに対応しているかわからないと思うので、丁寧に読み取りましょう。

 

なお、東大が出している「出題の意図」をお読みください。

第4問は、経済発展の総合的把握を問うものです。労働の生産性は、労働の質を高める教育、取引を促す法制度、知識と技術の導入や研究開発、機械設備等の物的資本によって上昇します。教科書ならば、経済史のみならず、文化史や法制史、政治史の項目が論じる達成をも含めた総合力の一つの現れが、労働生産性です。図と史料からそれらの要因の軽重を読み取り、基礎的な知識を論理的に組み立てて表現してもらうことを意図しています。

この短文に、どれだけ深いことを詰め込むんだというような、味わい深い内容。労働生産性とは総合力なのだ!という主張が、あらゆる角度から説明されているように感じます。
私の拙い思考力で推測するならば、労働生産性の向上を問えば、歴史のすべての側面から情報を引き出し、因果関係で結ぶ力が問えるということだと思います。まさに、多角的な視点が必要です。

 

財産権について

あまり解説しなくても良い部分かもしれませんが、私の関心事なので、趣味半分に解説します。世界史を選択していないとか、興味がないという方は、次の部分だけ読んで、読み飛ばしてください。

この問題を深く理解するために必要な財産権の知識とはこれだけです。
財産権を持っているということは、他の誰にも財産を奪われないということ。憲法やら国家やらが財産権を保障してくれているからこそ、「誰にも奪われない」という安心感が生まれ、商売に勤しめます。お店を自由に営業することもできるし、開業することもできる。端的に言えば、資本主義の経済活動を国家が認めてくれるということです。これだけ分かればOK。あとは、読みたい人だけ読んでください。

さて、財産権とは、端的に言うと「私有財産を認める権利」のことです。しかし、これには深すぎる意味が込められています。

まず、財産権とは、数多くある「基本的人権」の中でも、指折りの重要な人権です。
基本的人権というのは、主にヨーロッパ発祥の考え方なのですが、数々の戦争や革命を経て、根元的な重要人権が徐々に確立していきます。
具体的には、
内心の自由’(魔女狩りしちゃダメ)、身体(生命)の自由(死刑とか懲役は法律作って裁判してからじゃなきゃダメ)、そして財産権です。プライバシー権や肖像権などは、なんとなく新しい人権っぽいというのは分かると思いますが、こういうのは20世紀になってから登場した人権です。(20世紀的人権)
対して、内心の自由、身体の自由、財産権の3つは19世紀的人権と称され、特に重要です。

さて、なぜ財産権が重要かというと、私有財産を持っている人は財産ではないからです。と言っても、意味が分からないと思うので、補足しましょう。
かつてヨーロッパでは、平民は特権階級(貴族など)の持ち物(財産)にすぎませんでした。つまり、家畜です。貴族が土地や食料、財宝などを財産として所有しているのは何となくわかるとおもいますが、それと同じで平民も財産です。

これは、現在の常識から考えると、非常に怖い話です。なぜなら、財産とは、人間ではありません。モノなのです。
平民は貴族のモノだから、別に殺してもOK。こき使ってもOK。戦争に駆り出して兵隊にしてもOK。
家畜として飼っているという感覚に近いのでしょう。現在、農家さんが家畜を殺して商品として販売していますが、それと同じです。モノなのだから、その奴隷が財産を所有するなどありません。

こういう考え方がヨーロッパでは一般的だったのですが、少しずつ違う考え方が登場してきて、「全ての人は平等だ」「平民も財産を持つべきだ」というような考え方が徐々に広まります。そして、認められたのが「財産権」です。

ヨーロッパには長らく奴隷の文化がありましたが、奴隷も貴族の持ち物(財産)です。逆に、財産を持っている人は奴隷ではありません。つまり、財産権を認めるということは、奴隷を否定しているということなのです。

財産権を認めることによって、全ての人が財産を持つことができます。ということは、貴族であっても、他人の財産を勝手に奪うことは許されません。つまり、財産権を持っている(私有財産を認める)ということは、他の誰にも財産を奪われないということになります。憲法やら国家やらが、この財産権を保障してくれているかということは、「稼いだ分は俺のもの」が成り立つということ。例えば、定食屋を開業したとしても、誰にも営業を停止させられることはありません。だから、安心して商売に取り組めるようになり、労働生産性は上がります。「財産権が保護されると、労働生産性が上昇する」とありましたが、これが理由です。
※ちなみに、税金というのは(政府が合法化している)財産権の侵害だと考えられます。増税に賛成するというのは、法的には、財産権の侵害範囲を広げることに賛成していることになります。

ここまで理解すると、「財産権」がいかに大切な人権なのかがわかったでしょうか?財産権が保障されているから、私たちの生活が成り立っています。

さて、最後に、どのように財産権が確立していったか、説明しましょう。
高校世界史は日本史以上に浅く広くなぞるだけの科目なので、深いところに突っ込まないのですが、実は世界史の重要出来事を経るたびに財産権の考え方が確立していきます。
思い切ってかいつまむと
①ジョン・ロック『統治二論』
②アメリカ独立宣言
③フランス人権宣言
の3つです。

超ざっくり流れを説明しましょう。
ジョン・ロックはそれまで主流だった王権神授説に異を唱えます。王権神授説とは「王様は神の権力の代行なんだから、どんなことしても良いだろ!」というもの。これに対して、ジョン・ロックは「神がこの世界を作った時には、人間は平等だったはずだ!労働した人が対価として財産を得ることができるんだ!」と反論します。

時は過ぎて、アメリカ独立宣言。
イギリスが、植民地のアメリカに対して勝手に増税しようとしたときに、現地のアメリカが「ふざけるな」と反発します。そしてアメリカ独立戦争に発展。
アメリカは、イギリス国王の財産である植民地を奪う形になるので、財産を奪う正統性を訴える必要があります。そこでジョン・ロックの説を引用します。アメリカの土地で得た財産は、アメリカに住んでいる人のものなんだから、イギリス国王は勝手に手を出すな、という内容です。

そしてフランス人権宣言の時には、ついに「財産権」が明記されます。
この背景には、モンテスキューやヴォルテールなど啓蒙思想家が特権階級に人権意識を訴えたこと、そして「国民軍」という国家のために戦う軍隊が確立したことがあります。
国家のために人民が戦うということは、命がけで国家の義務を果たしたということです。その代わりに多くの権利を認めてもらわなければ、割にあいません。この流れで財産権が明記されたのです。余談ですが、世界史(特にヨーロッパ史)では多くの戦争が出てきますが、戦争の歴史とは、平民が権利を獲得していく歴史だという側面があるのです。

私の趣味にお付き合いいただき、ありがとうございました。では、次からは、ちゃんと日本史の解説をしましょう。

 

◎設問の分析及び、図の分析

設問A

1880年代半ばから1890年代における労働生産性の上昇をもたらした要因は何かとの問題。
先に引用しましたが、東大の出題の意図曰く、「労働生産性=総合力」です。該当する年代において、どのような経済的な発展、社会的な発達が起こったかを思い出すという問題です。

また、1ページ目に与えられている図は当然ヒントです。図を見ると、ちょうど一番左の棒グラフが「1885-1899」ですから、時代はピタリ。この棒グラフでは、色の黒い部分、つまり「その他の要因による上昇率」が高いですから、その他の要因についてメインで触れてこたえることになります。

その他の要因とは、教育による労働の質の向上や、技術の進歩、財産権を保護する法などの整備でした。さて、具体的にはなんだろう?と思い出しましょう。

後述する、学校令による義務教育や実学教育、産業革命、器械製糸、機械の輸入、熟練工、企業勃興、農作物の品種改良などなど、山手線ゲームのように思い出して、文章にまとめましょう。

 

設問B

設問Aの時代を「第一次世界大戦期以後」に変えただけの問題。「さらに加速している」と表現は違いますが、受験生として答える分には、それほど意識しなくてよいでしょう。つまり、労働生産性が上昇した理由を思い出せばOK。

棒グラフでいうと、右の2本が該当するでしょうか。一番右は、1926年以降なので、第一次世界大戦からは少し離れていますが、問われている「第一次世界大戦期以後」に該当すると言えば該当します。
ただ、メインは右から2本目の一番ノッポですね。
さて、この2本を見ると、先ほどと同じように「その他の要因」も増えていますが、色の薄い部分「働き手1人当たり資本設備の増加による上昇率」も増えています。ここも、設問Aと同様、メインファクターは「その他の要因」に当てつつ、両方の要素を含めて答案を作成しても良さそうです。

さて、こちらも山手線ゲーム。
動力の転換(電気)、機械の国産化、重化学工業の発展、高等教育の拡充、義務教育の就学率向上などなど。こちらも色々思い出せます。

 

◎史料文の分析

「資」料文ではありません。「史」料文です。

「史料」とは、昔の新聞や雑誌、文献などそのものを指し、「資料」とは史料を基に作成された論文や書籍などを指す、と考えれば外れないでしょう。
今回は、『学問のすゝめ』の文面そのものが提示されているため、「史料」です。『学問のすゝめ』を基に、東大教授が何かしら解説を加えたとか、要約した文章となると「資料」です。
記述答案を書くときに、もしかしたら使うかもしれないので、注意しましょう。

史料①『学問のすゝめ』初編

キーワードは「実学」。具体的には、文字の習得や計算など、労働する際に必要となる基礎的な技術が書かれています。
これは、リード文の「教育による労働の質の向上」と絡めて解釈すれば良いでしょう。

要するに、実学が身に付くような教育を施し、労働者としての基礎的な素養を習得させれば、労働生産性が上がるだろうと考えればOKです。

なお、同年の1872年には「学制」にて国民皆学や、実学を重んじる功利主義的な価値観が謳われています。明治の教育史の最重要項目ですから、当然これも踏まえて記述すると良いでしょう。

 

史料②

国民の役割は2つ。
1つ目は、政府に従って悪いヤツを懲らしめて、良い人を守ること。もう1つは、政府の約束を守って、その代わりに保護を受けること。だそうです。
なんのこっちゃ、という感じ。まるで労働生産性に関わらないのですが、よくリード文を読むと「財産権を保護する法」があるではないか。つまり、福沢先生がおっしゃるとおり、政府は財産権を保護することになったのだ、と読み取れば良いでしょう。

リード文にちょろっと書くだけでは気づいてもらえないと思ったのでしょうか?財産権について2度目のヒントとして史料を提示したということなのでしょう。(知らんけど)

答案作成用メモの例

2022(4)日本史 メモ

実際の問題用紙には、このように書き込むなどすると、答案作成に役に立つでしょう。

 

◎答案例と補足

設問A
学校令に基づいた教育制度で実学を有する伴う労働者が増加に加え、輸入紡績機や蒸気機関の導入に伴い器械製糸の発達や品種改良など技術革新が起こり、憲法により財産権が保護されたから。。

設問B
大戦景気を経て、動力源が電気へと転換すると共に電気機械の国産化が進み資本設備が増加したため重工業が発展した。義務教育の就学率上昇と高等教育の拡充により高度人材の育成が加速した。

※さきほど山手線ゲームをしましたが、やや「箇条書き」に近い答案になるでしょう。文章力より連想力が勝負の問題という印象でした。

 

◎まとめ

ほとんど地理のようなスタートから、年代を指定して日本史の用語を引っ張りださせるという、柔軟性が必要な問題でした。非常に変わっていますが、歴史的な見方や考察が必要な良い問題です。
史料の読解、図の読み取り、事前知識の暗記と整理、リード文や設問からの推理など、様々な要素が絡み合う、非常に凝った設問だったと感じます。

ぜひ、直前期にも復習してほしい問題でした。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)