2018年 東大国語 第2問(古文)『太平記』解答(答案例)と現代語訳
はじめに
出典は軍記物語『太平記』。とはいえ、戦の話ではなく恋の話。
わりと思考力が問われる難しめの年です。
解答例(答案例)とプチアドバイス
(一)傍線部ア・イ・エを現代語訳せよ。
ア あけてだに見たまはず、
(直前:「御文をば手を取りながら、)
(直後:庭に捨てられたるを、人目にかけじと、懐に入れ帰りまゐつて候ひぬる」)
答案例:開けて見ることさえなさらず
プチアドバイス:逐語訳は「開けてさえご覧にならず」。
違和感がある日本語なので、自然な文に言い換えてみましょう。
語順を変える必要がある他の例)
籠り侍るべきなり
→隠棲しますつもりである。(違和感がある)
→隠棲するつもりであります。(修正後)
イ なかなか言葉はなくて
(前:兼好と言ひける能書の遁世者をよび寄せて、紅葉襲の薄様の、取る手も燻ゆるばかりに焦がれたるに、言葉を尽くしてぞ聞こえける。(中略)師直に代はつて文を書きけるが、)
答案例:かえって和歌以外の言葉はなくて
プチアドバイス:「言葉」がなぞだったと思います。
そんなときは、同じ・類似キーワードがヒントになることがあるので探してみましょう!
すると「言葉を尽くしてぞ」とありますね!
今回は兼好と公義の対比であることも要チェック!
エ たよりあしからず
(前:文をやれども取つても見ず、けしからぬ程に気色つれなき女房(中略)女房いかが思ひけん、歌を見て顔うちあかめ、袖に入れて立ちけるを、仲立ち「さては)
答案例:機会としては悪くない
プチアドバイス:古文の「たより」は「お便り」の方の漢字であっても、手紙になることはレアです。
(二)「わが文ながらうちも置かれず」(傍線部ウ) とあるが、どうして自分が出した手紙なのに捨て置けないのか、説明せよ。
傍線部は和歌の下の句。
(和歌の上の句:返すさへ手や触れけんと思ふにぞ)
答案例:女房が触れたかもしれないだけで貴重に感じるほど、師直の恋心が強いから。
プチアドバイス:けん(過去推量)も漏らさず訳しましょう。
(三)「さやうの心」 (傍線部オ)とは、何を指しているか、説明せよ。
(前後:「この女房の返事に、『重きが上の小夜衣』と言ひ捨てて立たれけると仲立ちの申すは、衣・小袖をととのへて送れとにや。その事ならば、いかなる装束なりとも仕立てんずるに、いと安かるべし。これは何と言ふ心ぞ」と問はれければ、公義 「いやこれはオさやうの心にては候はず、)
答案例:師直の解釈である、衣装を新調して送って欲しいという意味。
プチアドバイス:「衣・小袖をととのへて送れとにや」に注目しましょう。
「とにや」は「ということ(意味・趣旨)であるのか」という意味です。
また、答え方にも注意。文末を「~という師直の解釈」としてしまうと、傍線部直前の「これは」と合わなくなります。
(四)「わがつまならぬつまな重ねそ」 (傍線部力)とはどういうことか、掛詞に注意して女房の立場から説明せよ。
(直前:新古今の十戒の歌に、さなきだに重きが上の小夜衣)
答案例:自分の妻でない人妻との共寝を求めるなということ。
プチアドバイス:「罪を重ねてくれるな」みたいに書いてしまう方もいますが、「罪を重ねるだ」と他にも罪がある or 1回目の不倫はOKになってしまいます。
「重き」と「重ね」は響かせている和歌の技法です。罪を重ねるではありません。
(五)「人目ばかりを憚り候ふものぞ」(傍線部キ) とあるが、公義は女房の言葉をどう解釈しているか、説明せよ。
(直後:とこそ覚えて候へ」と歌の心を釈しければ、師直大きに悦んで、)
答案例:人妻なので人目を気にしているだけで、実際は師直と契る気がある。
プチアドバイス:師直が喜んでいるので、師直にとって都合の良い解釈のはず。
設問四は「女房の立場」、こちらは「公義はどう解釈しているか」なので、四と五の解釈は真逆で良いです。
そして実際に女房がどう思っているかも関係ないです。
本文と現代語訳の併記(JPEG)
本文と現代語訳の併記(PDF)
2018年『太平記』現代語訳_敬天塾現代語訳
侍従が帰って、「このよう(な女房の反応でした)」と語ったところ、師直はたいそう心がうわの空になって、「何度も(求愛を)重ねたら、情にほだされることもあるだろう。手紙を送ってみたい」と言って、兼好法師と言った達筆な隠棲者を呼び寄せて、紅葉襲の薄手の紙で、取る手も香りが立ち上りそうなほどに香が焚き染められた紙に、言葉の限りを尽くして(女房に師直の恋心を)申し上げた。(師直は)「返事が遅い」と(思って)待っているところに、使いが帰って来て、「(女房は師直様からの)お手紙を手に取るけれども、開けて見ることさえならさず、庭に捨てなさったので、(私は)他人の目に見せないようにしようと(思って)、懐に入れて帰参しました」と語ったので、師直はたいそう機嫌が悪くなって、「いやはや、何の役にも立たない者は、達筆な者であるなあ。今日からその兼好法師は、ここに近寄らせてはならない」と怒った。
このような(状況の)ところに、師直の家来で歌人の公義が、用事があって、不意に現れた。師直は(公義を)側に呼び寄せて、「ここに、恋文を送っても、取って見ることもしない、異常なほどに態度が冷淡な女房がいたのだが、どうするのがよいか」と笑ったところ、公義は「人は皆岩木ではなく情があるので、どんな女房も、(自分を)恋慕う者になびかない者がございましょうか。いや、なびくはずです。もう一度、手紙をお送りになってごらんなさいませ」と言って、師直に代わって手紙を書いたが、かえって(和歌以外の)詞書はなくて、
(あなたが書いてくれた手紙ではなく)突き返した手紙でさえ、(恋しいあなたの)手が触れたのだろうかと思うので、自分の手紙だけれども、(適当に)ちょっと置くこともできない(ほどあなたが愛しい)
繰り返して、仲立ちの侍従がこの手紙を持って行ったところ、女房はどのように思ったのだろうか、歌を見て顔を少し赤らめて、(手紙を)袖に入れて立ち去ろうとしたので、仲立ちの侍従は「さては、この機会は悪くない」と(思って)、(女房の)袖を引き留めて、「それでは、お返事はどのように」と申し上げると、「重きが上の小夜衣」とだけ言い捨てて、人目を忍んで奥へ入った。しばらく経つと、使いは急いで(師直の所に)帰って、「このよう(な反応)でございました」と語ると、師直はうれしそうな様子で少し考えて、すぐに公義を呼び寄せて、「この女房の返事として、『重きが上の小夜衣』と言い捨てて立ち去りなさったと仲立ちが申すのは、衣・小袖を調達して送れという意味であろうか。そういう事であれば、どんな装束であっても仕立てようとするのに、(私なら)とても簡単に違いない。これはどういう意味だ」と問いなさったところ、公義は「いや、これ(=「重きが上の小夜衣」)はそのような意味ではございません。新古今和歌集にある十戒の(=について詠んだ)歌に、そうでなくてさえ、重い小夜衣の上に、自分の妻ではない人妻と褄を重ねる共寝を行ってはいけないという歌の意味を用いて、ひと目を気にしているだけですよと(いう趣旨だと)思われます」と歌の意味を解釈したので、師直は大変喜んで、「ああ、貴殿は弓道だけでなく、歌道にまでも、並ぶ者がいない達人だなあ。さあ、(褒美の)贈り物を与えよう」と言って、金細工の丸鞘の太刀一振りを、(師直が)自分の手で取り出して公義に与えなさった。兼好法師の不運と、公義の幸運は、栄枯盛衰が一瞬で入れ替わった。
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