2010年東大日本史(第2問)入試問題の解答(答案例)と解説

はじめに

通常とは違って、資料文以外に表が与えられている問題です。地理のような問題ですね。与えられた資料から出題者の意図を読み取って、考察し、背景知識と織り交ぜてまとめるという作業は同じなのですが、表の読み取りに苦手意識がある人にとっては練習問題として良い問題です。

設問A

設問文の分析

まず注目すべきは「(1)の表から読み取れるところを」という部分。問題の射程範囲が(1)の資料だけなので、表の分析を行えばよいです。

問われていることは「どのような地域的特色が認められるか」なので、3地域の特徴をまとめることになります。

資料(1)の表の分析

3つの表が与えられています。それぞれ比較していきましょう。

畿内では米と油が多く、九州では米ばかり、関東では絹と麻と綿が多いです。ハイ、これでお終い。あとは答案へ、という解説でもよいのかもしれませんが、これではあまりにも表の内容のまんま。もう少し考察を加えて、答案として充実させたいところ。
例えば、関東の「絹、麻、綿」をまとめて「繊維の材料」などとまとめることもできます。これも考察の1つでしょうが、浅いところで止まっています。

ということで、2方面から考察してみましょう。

生産面から考察

3つの地域で、生産されていた農産物が異なるという視点から考察してみましょう。

まず畿内と九州ですが、鎌倉時代には耕地の開発が進み、灌漑技術や排水技術、草木灰という肥料の利用など農業技術の発展もありました。そこで米の生産量が増えたという事情があります。さらに畿内にはたくさんお寺や神社があり、証明のために油が必要とされていました。一方、東日本は畑作が多く米よりも繊維原料がたくさん作られていたというものです。

昔から日本の農民は稲作ばかり行っていたという通説がありましたが、実はそうではなく非農業民も相当数いて、日本全国で均一な農業形態ではなかったのではないかという研究が盛んにありました。このあたりを背景とした問題ともいえるようです。

運輸・流通面から考察

次に、運輸・流通面から考察してみましょう。(こちらは、地理選択者の得意分野かもしれません)

米は運輸に向きません。重いしかさばるし、運搬が難しい作物です。京都や奈良に近い畿内であれば、他地域に比べて運搬の手間がかからないという考察です。油も液体ですから米同様、運搬に不向きです。
では、九州から米ばかりが納入されているかというと水運が使えるからです。瀬戸内海を使って水運が使えると、運搬が非常に楽になります。くどいですが、このあたりの考察は地理選択者にとってはアルアル。単価が安く重いもの(穀物や石油など)は船を使って貿易することが多いというのを習ったでしょう。

では関東の繊維原料の特徴は何かというと「軽い」ということです。江戸時代になると南海路が発達して水運も利用することを習いますが、この時代はまだ全行程を水運でかまなうことはできなかったようです。つまり一部は必ず陸運を使わざるを得ず、軽くて運びやすいものが中心となり納入されたという視点ですね。

答案例

農業が盛んだった畿内では米や油、稲作が発達していた九州は米、畑作が発達していた関東からは繊維製品が主に納入された。(生産面から)

輸送距離の短い畿内は米や油、水運が利用できる九州は米、遠隔から陸運を使う関東は軽い繊維製品が主に納入された。(輸送・流通面から)

ここまでの解説を踏まえて簡潔にまとめた答案です。

設問B

設問文の分析

続いて、設問Bに行きましょう。
設問Aで答えた年貢品目が、鎌倉時代に大きく変化したという内容です。参考にする資料は(2)だということで、(2)を見ていきましょう。
なお、先にネタバレしてしまうと「代銭納」になったからというのがこの問題のオチなのですが、これは(2)の資料を見なくても思いつきたいポイントです。現実の入試では時間制限が厳しいですし、考察の深さがモノを言いますから、瞬間的に思いつけるくらいの勉強をしておきましょう。

史料(2)の分析

史料と資料

いきなり余談ですが、ここで与えられているのは「資料」ではなく「史料」です。「資料」と「史料」は意味が違って使い分けをします。「史料」は律令の条文そのものとか、石碑に書かれていた文字、お寺で発見された手紙など、過去に作成された文をそっくりそのまま原文通りに印刷したものなどです。「資料」は「史料」使ってまとめた論文や本などです。
「史料」を「ふみりょう」、「資料」を「すけりょう」と読み分けすることもあります。「いちりつ」と「わたくしりつ」と読み分けるのと同じで、本当の読み方ではなく、区別のための読み方です。

代銭納が一般的になった

では史料を見ていきましょう。
1290年の史料ですから鎌倉末期あたり、若狭の国から京都の東寺に収められた年貢の送り状だそうです。

ポイントは1行目の「代銭の送文の事」というところ。ここから代銭納をされていたことが読み取れます。また、2行目からもお金と現物が一定の交換比率で交換されていたことが分かります。
問われているのは「年貢品目の変化」なので、「現物納から代銭納に変わった」ことを指摘すれば良いでしょう。

答案例

現物納に加え、年貢を換金して納める代銭納が普及した。代銭納についての説明を補足した答案)

中国銭の普及などにより現物納中心から代銭納中心に変わった。(代銭納に変わった背景として、宋銭があったことを補足した答案)

字数が足りそうだったので、要素を足した答案を二つ作成しました。あくまでも大事なのは「現物納から代銭納」だというところだとご理解ください。

設問C

設問文の分析

「室町時代に(3)のような大量の商品が発生した理由」ということなので、資料(3)を見てからでないと考察できませんね。
条件として「(1)(2)の内容をふまえて」とあることを見逃さないようにしましょう。

資料(3)の分析

設問と資料の対応を厳密に把握せよ!

これは「資料」ですね。
1445年の1年間に、兵庫の北関を通過した物資が記されています。
その数「塩10万600余石、材木3万7000余石、米2万4000余石」だそうですが、注目してほしいのは、その直後に資料に書かれている「莫大な物資」という形容。
この文は東大教授が設問作成のために書き下ろした資料文です。別に「莫大」だなんてかかなくても良いところ、わざわざ書いています。受験生には多いのか少ないのかわからないだろうという配慮なのかもしれませんが、このように東大教授が何らかの評価を下している表現には、悉く注目しましょう。

そして、その次も注目ポイント。「そのほとんどは商品として運ばれたものであった」と書いてありますが、これが設問Cの文中にある「大量の商品が発生した理由」と対応します。地味な作業ですが、設問文と資料文の対応関係は厳密に行うようにしましょう。

なお、これは設問Aでも同じでした。簡単なので省いてしまいましたが、設問文の「畿内・関東・九州地方」と、与えられた表の地方が一致していることを把握するところからスタートすべきです。

暗記だけの勉強から脱出せよ!

さて、ここまでの考察では不十分。設問に答えるだけの情報が足りません。
ここで引くべき補助線は「代銭納」です。「年貢をお金で納めるんでしょ?」と浅いところで考察を止めていると、悪しき「マルアンキ」から脱出できません。用語を覚えるだけでなくて、考えましょう。なぜ一般人が税金を納めるだけの小銭を持っているのか。

例えば稲作農民が日々作っているのはお米です。稲が実ってきて、もみ殻を剥いたら、中に小銭が入っている、なんてことはありません。どれだけお米を作っても、入っているのは米粒です。農民はお米を作ったら、業者に持ち込んで換金します。そしてその一部を年貢として納めている、これが代銭納です。

この瞬間、お米は年貢ではなくなります。業者が仕入れた「商品」になります。
今度は仕入れたお米を売って、お金に換えるのが業者の仕事です。当然、売れ残りは避けたい。ではどうするかというと、需要があるところへ運んで売ります。そう、都である京都です。
ということで、地方で作られたお米(この時点では年貢)が現地で換金され、商品となって京都へ運ばれ、売却されます。だから、京都の周辺の関では、大量の「商品」としてのお米が通過しているのですね。

なお、今は話を簡単にするため、お米ばかりを話題に取り上げましたが、塩や材木も同様だと考えてください。

答案例

年貢の代銭納が普及したことで、農産物が地方で換金されて商品となり、大市場である京都の需要を満たすために輸送されたから。

まとめ

資料を使う問題では、まずその読み取りが非常に重要です。
地理に比べて簡単ではありますが、瞬間的に表や図、グラフの特徴をつかむ能力は大切です。共通テストに移行して、さらにその能力が重視されていますから、対策を怠らないように。
また、用語をひたすら暗記していく勉強では、東大はおろか、共通テストも攻略できなくなっています。一問一答だけではなく、教科書や資料集、時にはもっと丁寧に書かれた参考書などを利用して、理解の伴った暗記を心がけてください。

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