1995年東大日本史(第4問)入試問題の解答(答案例)と解説
目次
◎はじめに
東⼤⽇本史の問題は、リード⽂、資料⽂、設問⽂の3点で構成されているのがスタンダード(例外あり)。
これを、どの順で読むべきかというと、おススメはリード⽂→設問⽂→資料⽂の順です。
これがなぜかというと、理由は2点。
リード文は本文へ導入するための文なんだから、リード文の方が先。
そして、本文は設問に答えるための材料だから、設問文が先ということです。カレーを作るか、ポテトサラダを作るか決めないと、ジャガイモの用途が分からないのと同じで、何に答えるかが分からないと本文の使い道も分からないわけですね。
もちろん、絶対的な指標ではなく、あくまでガイドライン。
未来永劫、本文を最後にすべき問題しか出ない保証なんかないので、その場で柔軟に対応すべきといえばその通りではありますが、だからといって基本パターンを知らなくてよいことにはなりません。
これまで多くの答案を⾒て採点や添削を⾏ってきてわかったのですが、内容の良し悪し以前に、問われていることに答えていない答案が、想像の5倍くらい多いと思ってください。自分の答案が十分問いに答えているかどうか、必ずチェックするクセを付けましょう。
※この問題の詳しい解説や、問題の解法、高評価を受ける答案の書き方などは、オープン授業日本史第3講にて扱っています。
ぜひこちらもご覧ください。
◎リード文の分析
特に何もありません。
◎資料文の分析
5つ与えられていますが、変わった使い方をする問題です。普通なら、資料が与えられたら目を通したうえで、設問に答えられるように要約したり背景を読み取ったりして答案に盛り込みます。
しかし、今回の問題では、設問Aで5つのうち2つ存在する誤文を指摘したうえで訂正例を書かされます。これが非常に珍しいです。
設問Bではその訂正例を踏まえたうえで論述させる問題なので、普通です。そういうこともあり、いつもならここで資料文の分析をするのですが、今回は設問に触れながら解説します。
◎設問の分析
設問Aは、上述の通り、誤文指摘と、訂正例の提示をさせる問題です。
つまり、知識さえあれば解ける問題ですし、逆に知識がなかったら解けない問題です。東大入試では誤文指摘の問題自体が非常に珍しいので、かなり変わった設問です。
設問Bは、普通の問題ですが、問われている内容は「大日本帝国憲法の時代における女性の地位と、その変遷について説明せよ」です。変遷ということは、基本の論述の姿勢は「時系列に沿って事実をキチンと書く」です。そのため、知識が正確に身についていれば、あとは時代順に書くだけ(つまり編年体で書く)なので、あまり頭を使わないでしょう。
資料文を見てみると、5つの資料が時代順に並んでますから、これも大きなヒントです。要するに、資料文を参考にしながら女性の地位についての情報を読み取り、編年体で書く問題です。
一般の東大日本史の問題に比べると、簡単な設問と言ってよいでしょう。
◎設問Aの解説と答案例
【誤文指摘、資料文(1)】
明治民法における家督の相続の仕方についての資料です。この文のうち、最後の「男女のいずれでも家督を相続できると定めた」の部分が誤りです。
明治民法では、家督に関して第970条に「親等ノ同ジキ者ノ間ニ在リテハ男を先ニス」と書かれています。よって、「男女のいずれでも家督を相続できると定めた。」という部分を「男性が優先して家督を相続すると定めた。」と訂正すれば良いでしょう。
しかし、ちょっと疑問が残るかもしれません。明治民法の条文を文字通り読み取ると、あくまで「男性優先」です。別に女子が不可能と書かれているわけではないため、男女どちらでも家督は相続できると解釈できます。ということは、資料文1は誤文ではないような気もします。(実際に、法的には女子が相続することはできたそうです)しかし、資料文の主語と述語を確認してください。「民法は・・・定めた」ですから、やはり「民法は男女いずれでも家督を相続できると定めた」ではおかしくて、「民法は家督相続は男性優先と定めた」としないとおかしいでしょう。
また、予備校などの答案例では、「女子の地位や権利を制限した」や「女子には相続を認めなかった」という記述が散見されます。
これをどう解釈するかが、やや難しいかもしれません。
私の考えに基づくと、この資料文はあくまで主語が「民法は」で、述語が「定めた」ですから、民法上で定められた記述に基づき、女子について触れない方が良いのではないかと思います。一方で、法的には女子の相続が可能でも、現実的には女子の相続は事実上不可能に近かったようです。男性が家督を継ぐという風習が一般的であり、女子が相続しづらい環境だったということを踏まえると、「女子が相続できない」などの記述を含めても良いかもしれません。
ジェンダー学など、女性の地位や立場を学問の対象とするのは比較的最近になって行われたことなのですが、この内容が日本史学の中にも浸透し、日本史において女性の地位が低かったという解釈をする研究が進んでいます。この流れを受けての出題だと考えられます。すると、(深読みかもしれませんが)女性の地位が低かったという内容を含めたほうが良いという解釈も可能です。
正直言うと、この辺りの採点がどのようになされたかをうかがい知ることができず、ハッキリしたことは言えないのですが、少なくとも女性のの地位が低かったことや、厳しい立場の中で生きてきたという歴史が研究されているということは知っておきましょう。
【誤文指摘、資料文(4)】
資料文4では、1925年の法改正で「男女がひとしく選挙権を認めた」とありますが、ここが誤り。「男性のみ」と訂正しましょう。これに関しては解釈のブレは生じないと思われます。
各答案例でも「女子には認めなかった」や「女子には与えなかった」などとありますが、問題ないと思われます。
【答案例】
(1)家督の相続は男子が優先され、一般には長男が相続していた。
(4)25歳以上の男子に選挙権を認めたが、女子には認めなかった。
・(1)で民法上は「男子優先」なので、まずはその通りに書きましたが、女性が相続できないという内容を含めるため「一般には」と断りを入れることで、長男が相続した(女性は相続しなかった)習慣があったことを指摘しました。
設問Bの解説と答案例
まずは、資料文5つの内容を確認していきましょう。
【資料文(1)】
先ほども見ましたが、戦前は家督の相続が男性優先になっていました。設問Aでは、民法でどのように定められたか、と言う問題でしたので、女子が相続できないことを含めるかどうかが議論の俎上に載りましたが、設問Bは女性の地位についての論述なので、堂々と「女性は家督が継げなかった」と書いて良いでしょう。
【資料文(2)】
工場法の公布の内容です。女子と少年の深夜労働を原則として禁止したという内容です。ここから読み取れるのは、資本主義の発達や産業革命によって、社会進出し労働をするようになった女子が、過酷な環境に追いやられて働いていてという内容です。これが社会問題化し、法制定にまで至ります。
なお、工場法は1911年制定ですが、資本家の反対によって施行が1916年まで遅れます。また、製糸業での14時間労働や、紡績業での深夜営業は認められており、例外規定の多いザル法だったようです。そのため女性の労働環境は十分に改善されなかったということまで覚えておくと良いでしょう。
【資料文(3)】
1922年に改正された治安警察法の内容です。この年になって、やっと女性が政治運動に参加できるようになりました。この資料から読み取れることとして、治安警察法の改正に至るまでには、1920年に平塚らいてうや市川房枝によって、作られた新婦人協会の活躍が大きいことでしょう。さらにその背景には、大正デモクラシーの風潮があります。
なお、治安警察法の制定自体は1900年です。1922年は改正された年です。
【資料文(4)】
先ほども触れましたが、1925年の時点では女性の参政権は認められませんでした。婦人参政権が日本で実現するのは1945年12月の衆議院議員選挙法の改正です。(1993年第4問もご覧ください。)
これがギリギリ大日本帝国憲法時代なので、論述する内容に含めても構いませんね。
【資料文(5)】
戦後の憲法にあわせて民法が改正されて、結婚が(家の意志ではなく)個人の意思で可能になったこと、遺産相続の権利が妻にも与えられるようになったことが書かれています。この資料は「日本国憲法の時代」なので、直接論述内容に含めることはできません。
しかし、裏返して考えると、帝国憲法時代には、遺産相続の権利がなく、結婚を家の意志に従って行っていたことが分かります。この内容なら書いて良いでしょう。
なお、ここで「家の意志」と出てきましたが、戦前の女性は家に従う存在(家に従属する存在)でした。この内容も含めて良いでしょう。
【戦時中の女性】
字数が余るようであれば、他の内容も論述して構いません。
予備校などの解答で挙げられていたのは、全女性が大日本婦人会によって翼賛体制に組み込まれたことや、総動員体制において総力戦の協力を強制されたことです。
【答案例】
女性は家督を継げず参政権も与えられないなど男性より低い地位であった。資本主義の発達に伴い過酷な労働環境で働く女工の保護が社会問題となった後、大正期に女性の地位向上を目指す婦人運動が高揚して職業の多様化や経済的自立が一部進んで男性に遅れて政治運動への参加が認められたが、総動員体制下では女性も戦争協力に強制された。敗戦後になって婦人解放が進み参政権が与えられた。
◎総評
女性の地位の変遷について答える問題でした。研究が盛んなテーマであり、2010年代には世界史や地理でも出題が多くなった分野です。一度は女性史を整理して頭に入れておくと良いでしょう。
難易度としてはそれほど高くなく、設問Aがほぼ即答なことを考えれば、時間制限も緩いと言えます。また、設問Bは編年体、つまり時系列に沿って書けばよいというのも簡単なポイントです。
この問題はオープン授業第3回で扱い、詳細な資料や知識、サンプル答案への添削をしながら答案作成のポイントを解説しています。
よろしければご視聴下さい。ご視聴はこちらのリンクから。