2023年(令和5年) 共通テスト本試 国語第3問 古文『俊頼髄脳』『散木奇歌集』現代語訳&文法

現代語訳を作ってみました。一部、受験生が品詞分解で迷いそうな箇所の文法も載せてみました。
(文法は解釈が分かれる箇所もあるかと思います。参考として使ってください)

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(現代語訳のテキストをコピペされる際は、「敬天塾の現代語訳」と明記してくださいませ)

なお、『俊頼髄脳』(源俊頼によって書かれた歌論書)は東大古文2012年でも出典になっています。
【関連ページ】2012年 東大国語 第2問(古文)『俊頼髄脳』解答(答案例)と現代語訳

『俊頼髄脳』(としよりずいのう)

本文と現代語訳の併記(JPEG)

本文と現代語訳の併記~一部文法説明付~(JPEG)

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R5(2023)年本試 古文『俊頼髄脳』現代語訳

本文と現代語訳の併記~一部文法説明付~(PDF)

R5(2023)年本試 古文『俊頼髄脳』文法&現代語訳

現代語訳

1 皇后に仕える役人達は集まって、船(の装飾)をどうするのがよいか(を相談して)、紅葉(の枝)をたくさん取りに行かせて、(それを)船の屋根に(装飾)して、船を操作する人は侍で若いような人を指名したところ、急遽、(指名された者たちは)狩袴を(催しに相応しく)染めるなどして、華やかに飾り立てた。その日になって、人々は、皆、参集した。「御船は準備したか」とお尋ねになったので、「準備万端に整っております」と申し上げて、その(=船遊びの)時間になって、(池の)島陰から漕ぎ出た船を見ると、一部ではなく全て、ひたすら輝いている船を二艘(とも)、飾り立てている様子は、非常に趣が深かった。
2 人々は、皆(二艘に)分れて乗って、管絃の楽器類を、皇后寛子からお借りして、そのこと(=演奏)をする人々を、前にいさせて、徐々に(船を)漕ぎ回す(≒動かす)うちに、南の普賢堂(の前に来ると、そこ)に、宇治の僧正(=寛子の兄)が、「僧都の君」と(人々が)お呼び申し上げた頃、(皇后への)加持祈祷をしていらっしゃったが、「このようなこと(=船遊び)がある」ということで、多くの僧たち、年配者も若い者も集まって、庭に並び座っている。稚児やお供の僧に至るまで、花模様の刺繍の装束を着て、繰り返し(近づいたり)離れ(たりして)、群がって座っている。
3 その中に、良暹といった歌人がいたが、殿上人(たち)が、顔見知りであったのでので、「良暹が(そこに)控えておるか」と質問したところ、良暹は、目を細めて笑って、(畏まって)(返事として)平伏しましたので、若い僧で側にお控えしていた僧が(状況を)理解して、(良暹の代わりに)「そうでございます」と申し上げたところ、(殿上人たちは)「彼を、船に呼んで乗せて、連歌などをさせるとしたら、どうだろうか」と、もう一つの船の人々に相談申し上げたところ、「どうだろう。(そんな行為は)あってはならない。後世の人々が『そう(=良暹を乗せる)でなくても十分だったのになあ』と申し上げるだろうか」など(の意見が)あったので、「それ(=後世に批判を受けること)も(きっと)あること」と思って、乗せないで、単にそのまま(=地上にいさせるままで)連歌などをさせてしまおうなどと決めて、(良暹の)近くに漕ぎ寄せて、「良暹、(この催しに)相応しいような連歌(の発句)などを詠んで献上しなさい」と、(船上の)人々が申し上げなさったところ、(良暹は歌人として知られるに)相応しい者で、「もしかすると、そのような(=発句を求められる)こともあるか」と思って準備していたのだろうか、(依頼を)聞いたやいなや、すぐに側の僧に何か言ったところ、その僧は、仰々しく(≒もったいぶって)(船の方に)歩み寄って(≒近づいていって)、
  「もみじ葉が焦がれて(≒色づいて)いるように見える、漕がれる御船だなあ
と申し上げますということです」と言葉をかけ申し上げて帰った。
4 人々は、これを聞いて、二艘の船(の人たち)に(発句を)聞かせて、「続きを詠もう」としたが、(続きを思いつくのが)遅かったので、船を(しっかり)漕ぐのでもなく、徐々に築島を廻って、「一周する間に、続きを詠もう」としたけれども、続きを詠むことができなかったので、無駄に過ぎてしまった。「どうだ(できたか?)」「(そっちも)遅い」と、互いに二艘の船(の人たち)が言い争って、(既に)二周になってしまった。それでもやはり、続きを詠むことができなかったので、船を漕がないで、島の陰で、「つくづく(≒どう考えても)悪い事態である。これ(=続き)を今まで詠まないのは。日はすっかり暮れてしまった。どうするのがよいだろう」と、今(となって)は、詠もうという気持ちは無くて、続きを詠まない終わってしまうようなことを嘆くうちに、(茫然として)何も考えられなくなってしまった。
5 仰々しく管絃の楽器を(お願い)申し上げて、貸していただき船に乗せたけれども、少しも、かき鳴らす人もいなくて、(船遊びは)終わってしまった。(船上の殿上人たちが)このように言い争ううちに、普賢堂の前にとても多くいた人々は、みんな立ち去ってしまった。人々は、「船から降りたら、皇后の御前で管絃の宴をしよう」などと思っ(てい)たけれども、この予定とは違って、みんな逃げてそれぞれ姿を消してしまった。皇后に仕える役人は、(室内での宴の)準備をしていたけれども、無駄に終わってしまった。

『散木奇歌集』(さんぼくきかしゅう)

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本文と現代語訳の併記~一部文法説明付~(JPEG)

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R5(2023)年本試 古文『散木奇歌集』現代語訳

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R5(2023)年本試 古文『散木奇歌集』文法&現代語訳

現代語訳

 人々がたくさん、石清水八幡宮における御神楽に参上していたころに、御神楽の催しが終わった翌日、長官光清の御堂の池の釣殿に人々が並んで座って楽器を演奏していたところ、「(私)光清は、(自分が)連歌を作ることを習熟したと思われる。今すぐ連歌を詠み加えたい」など申し上げ続けたので、(源俊重は)「形式通りに」と思って(発句し)申し上げた句は、
  釣殿の下には魚が住まないのだろうか  源俊重
光清はひっきりなしに思案したけれども、続きを詠むことができないで終わってしまったことなどを、帰ってから(俊重が父の俊頼に)語ったところ、(俊頼は)「試しに」と言って(詠み加えた句は)、
  (”釣”殿の)屋根の重みを支えるための”梁”、(つまり音だけ拾うと)「つりばり(釣針)」の影が川底に(映って)見え続けていることよ  源俊頼

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『俊頼髄脳』は東大古文2012年でも出典になっています。
【関連ページ】2012年 東大国語 第2問(古文)『俊頼髄脳』解答(答案例)と現代語訳

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