2022年東大地理(第一問B)入試問題の解答(答案例)と解説

設問Aにつづき、受験生が不慣れな「航路」の問題を出してきました。
このように見たことがない図を載せて、受験生に衝撃を与えようとしているのかもしれませんが、こうした時ほど、設問文やリード文に「宝」が埋まっていると現場で発想を転換させることが出来るかが勝負の要になります。

ちなみに、異様な雰囲気な図や巨大な図をどどーんと第1問あたりに載せることは、2018年1Bや2017年1Aや2016年1Aにもありました。
このような虚仮威し(こけおどし)でビビることのないようにしましょう。
このような入試時における心構えも過去問探究から学ぶようにしてください。

さて、それでは1Bについて見ていくとしましょう。
本問では、1784~1863の80年間における航路と、1980~1997という比較的最近18年間の航路を比較検討させています。
一見すると、「うわ! なんだこれ!」と思い、ページを飛ばしたくなるかもしれませんが、見た目のゴツさと実際の難易度は必ずしも一致しません
ぜひ、他の年度の過去問で脳トレをしてみてください。
出題者が何を考え、リード文や設問文の文言を決めたのかに気付ければ、合格答案への道筋は意外に早く見えてきます!

まず、(1)では1784~1863年の地図において「赤道付近」と「中緯度」において、直線的な動きをした航路が示されている理由を考えさせようとしています。
さらには、「当時の船の構造」も考慮せよとヒントをサービスしてくれているのです。
世界史選択者であれば、瞬時に季節風貿易やジャンク船を思い起こせるのではないでしょうか。
たとえ思い起こせなかったとしても、合理的な推論は可能です。
皆さんは、共通テスト対策で相当な知識を頭に詰め込まれたと思います。
詰め込まれた後だからこそ、お気づきになられた方も多いと思いますが、自然地理が全ての土台にあります。
自然地理とリンクさせて考える思考を軸に据えることで、暗記負担を減らせます
農業でも鉱工業でも人口分布においても、人間の営みの背景には必ず自然地理があります。
その際、山や河や海のような目に見えるものだけではなく、風や海流や気圧といった目に見えないものにも注目することが大切です。
星の王子さまのフレーズを借りるなら、「大切なものは目に見えない」となります。

引き続き、(2)です。
ここでは、現代では、廃れてしまった航路の例を理由とともに挙げよと問われています。
すると、アフリカの喜望峰や、南アメリカのマゼラン海峡ルートが現代に入ってからは廃れていることが 一目瞭然だと気づけます。
これも世界史選択者には馴染みのある話ではありますが、2021年3月にスエズ運河で巨大コンテナ船が座礁した事故に着想を得て問題を東大の先生は作ったのかもしれませんね。

連日に渡り報道されていましたが、その際、しっかりと何故に国際的な問題になっているのか、実際にどのような影響 が出ているのか、またそれは何故か、という視点でニュースを分析していた人にはサービス問題でした。
なお、スエズ運河やパナマ運河といったいった名称については、共通テストの知識レベルでもあり、本問もサービス問題だと言って良いと思います。

ただ、注意事項があります。多くの受験生答案や予備校解答例を見ていると、意外に、「●●から▲▲にルートが変わったため」と地名だけを詰め込んだ答案が散見されるということです。ここで改めて設問文を確認しますと

【設問】

図1-2は図1-3よりも対象とする期間が長いにも関わらず,航路の密度が低く,19世紀以前の水運は近年よりも規模がかなり小さかったことを示す。ただし,図 1-2 の時期にはかなり活発であっ たが図1-3 の時期にはすたれた水運の経路も読みとれる。すたれた経路の例を挙げその理由とともに2行以内で述べよ。

(敬天塾補足)
図1-2は、1784~1863 年の 80 年間における船の航路を示した地図。
図1-3は1980~1997 年の 18 年間における船の航路を示した地図。
地図は、過去問集や東京大学ホームページに期間限定で掲載された過去問一覧をチェック。
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/admissions/undergraduate/e01_04.html

とあります。経路のみを指摘した答案は青の条件は満たしていますが、赤字の理由を「●●から▲▲に変わったから」とするのは、ちょっと違和感があります。

私に読解に問題があるのかもですが、ここではきちんと経路をわざわざ変更する必要があった理由を添えねば点数は来ないと考えるべきでしょう。
その際、2018年東大第2問A(3)を探究していた受験生には解答の方向性が見えやすかった思います。
2021年東大第1問では地球温暖化に伴う北極海航路開発の話も出題されましたが、過去問探究するにあたり、船舶で通るルートや、どのようなモノを運ぶのかをコスト面での理由とともに確認できた人は2022年の1Bに既視感を覚えたかもしれません。
さらには、船は海ばかりを通るわけではありません。
国際河川の定義は大阪大学2007第2問で問われていますので東進過去問サイト(無料)などで確かめると良いでしょう。

ちなみに地球温暖化との絡みでは、2022年に未曾有の熱波がヨーロッパを襲い、河川が干上がってしまったことが大々的に報道されました。
こうしたニュースを見たときに、「へー、そうなんだ」で終わらせてはいけません
河川の水位が低下するということは、水運にも影響が出るということです。水運に影響が出るということは、物資の輸送にも影響が出るということです。

たとえば、ドイツの大動脈たるライン川では水位の低下で石炭輸送に滞りが生じ、火力発電に影響が出ています。
ウクライナ侵攻を強行したロシアの天然ガスに依存した経済構造を変えるべく石炭火力に依存し始めた矢先の熱波でした。
脱原発政策を進めていたドイツは、いま窮地に立たされています。

また、雨が降らないということは水力発電にも影響が出ます。
ヨーロッパ各国の水力発電への依存度はどうでしょうか。
代替エネルギーはあるのでしょうか。

このように一つのニュースから関連事項が次々と浮かび上がってくるような思考を醸成するよう心がけると、全ての事柄は有機的に連関していることに気付かされるでしょうし、東大地理が基本に忠実であることを実感することができると思います。

なお、人や物の動きは、東大入試で頻出です。
敬天塾の東大過去問分析シートなどを手に、過去問とにらめっこしてみましょう。
東京大学が繰り返し繰り返し大切なポイントを受験生に訴えかけていることに気づかされるでしょう。

最後に、比較的難易度が高かった(3)ですが、合格者ふくめ多くの受験生が苦戦したようです。
合格者平均程度の答案であれば、実のところ合理的な推論だけで答案骨格はすぐに完成します。
ただし、「等角航路」という指定語句に動揺し、頭に血が上って、冷静に分析できないときには、真っ先に飛ばして、他の大問を仕上げたのちに余った時間で解答用紙を埋めるのも試験戦略的には必要です。
そうした高度な現場判断が求められる1問だと思います。

本問では、「水運の分布の拡大や、水運の経済性を高めるために行われてきた技術的な進歩を読みとることが できる。」としています。
ここで大切なことは、「拡大」「経済性」「技術的な進歩」の3点でしょう。
これらを「高緯度」と「等角航路」の2つを用いて解説せよと要求しているわけです。

まずは、言葉の定義から考えていきましょう。
「拡大」とは領域や範囲が大きくなったことを意味します。
1980~1997年における「高緯度」の航路は確かに増えていますね。
東大は2021年の第1問でも北極圏の航路拡大について問うてきていますので、出題者にとって航路拡大はマイブームなのかもしれません。

高緯度といった場合、必ずしも北極ばかりではありませんが、東大入試前日にウクライナ侵攻を始めたロシアは、かつて不凍港を求めて南下政策を採ったことは世界史選択者であれば超重要な基礎知識ですよね(cf.2014東大世界史大論述)。
凍るルートを通るには、砕氷船が必要になります。
この言葉が思い浮かずとも、「氷をくだいてすすむ船が開発された」などと書いても問題ありません。

さらには、2022年に新設された地理総合や2023年度から始まる地理探究の教科書・資料集では、GNSSなど人工衛星の活用についての特集が多く盛り込まれています。
そうした「旬」な話題について、ちゃんと勉強していますか?というメッセージも本問や別ページで解説する第3問では見られました。。

さて、せっかくですから、合格者の答案を本問でもご覧いただくとしましょう。

設問別 合格者の答案と解説

設問(1)

Aさん 当時の船は帆船であったため、低緯度から中緯度にかけて吹く貿易風や偏西風、季節風の風を利用する必要があったから。

Bさん 当時使用された帆船は、風力を動力源をしたため、年中一定方向に吹く恒常風である、貿易風が赤道付近で、偏西風が中緯度で利用された。

いかがでしたでしょうか。

基礎問ということもあり両名とも要素は詰め込めていると思いますが、
「風力を動力源」としていることを明示し、
さらには貿易風と偏西風がそれぞれどの緯度帯で活用されているのかをハッキリ書けている点、Bさんの御答案に軍配が上がると思います。

 

設問(2)

Aさん パナマ運河の開通により、大西洋と太平洋の間の水運に、南アメリカ大陸南端を迂回する航路を利用する必要がなくなったから。

Bさん パナマ運河が開発されたことで太平洋と大西洋が繋がり、遠方航路を用いず短縮して人やモノの移動が行われ迂回路が廃れた。

Aさんは、パナマ運河の開通で必要性が無くなったからとあっさり書いていますが、
パナマ運河の利用が、それまでの航路と異なり、どのような魅力があるのかメリットに言及しませんと、モヤモヤが残ってしまいます。

その点、Bさんは、「遠方航路を用いず短縮して」と添えている点、まだマシかもしれませんが、何が短縮したのかが不明瞭です。
もう少しストレートに輸送距離の短縮、航海日数の短縮とまで書いて欲しかったですね。

 

設問(3)

最後に(3)。まずは設問を再確認してみましょう。

【設問】

図1-2と図1-3の比較から,水運の分布の拡大や,水運の経済性を高めるために行われてきた技術的な進歩を読みとることができる。その内容を,以下の語句をすべて用いて3 行以内で説明せよ。 語句は繰り返し用いてもよいが,使用した箇所には下線を引くこと。

           高緯度             等角航路

(敬天塾補足)
図1-2は、1784~1863 年の 80 年間における船の航路を示した地図。
図1-3は1980~1997 年の 18 年間における船の航路を示した地図。
地図は、過去問集や東大ホームページに期間限定で掲載された過去問一覧をチェック。
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/admissions/undergraduate/e01_04.html

問われていることは、

・水運の分布の拡大
・水運の経済性を高めるために行われてきた技術的な進歩

の2点です。

Aさん 高緯度側を通る遠回りの航路を減らし、時間距離、輸送コストを減らすためにパナマ運河、スエズ運河が開発された。また、航海が容易な等角航路から技術発展により大圏航路が使用されている。

Bさん 最短経路である大圏航路が発明されたため、コスト削減のために等角航路を用いた航海が減少した。また、冷凍船の発明で費用対効果の大きい肉類の輸出が拡大し、南半球の高緯度地域に水運分布が広がった。

まず、両名とも「大圏航路」については指摘できていますね。
それに合わせてコストについても言及できている点はgoodです。

ただ、高緯度に絡む説明部分は両名とも外しています。

Aさんは「高緯度側を通る遠回りのルートを減らし」としていますが、それは南半球限定の話のはずです。
また、アフリカの喜望峰あたりと同緯度にあるオーストラリアあたりは増えているわけですから、Aさんの書き方では拙い(まずい)わけです。

Bさんについても、冷凍船の話を書いていますが、冷凍船の開発は19世紀後半であり、図1-3は20世紀末の話をしているわけですから、時期がズレてしまっています。

少し手厳しいコメントをしましたが、白紙の答案も多かった設問でもありますので、多少の部分点は与えられたとは思います。

ただ、教科書・資料集レベルの単語については、定義をしっかり述べられるようにして欲しかったですね。
さらには、東大は新しもの好きですから、社会科系科目については必ず最新年度の教科書と資料集を買い揃えるようにしましょう。

下手な参考書を買うよりも最新の教科書・資料集を必ず入手して活用するようにしてください。
参考書は導入の理解の一助とし、最後は過去問と教科書・資料集に原点回帰することが重要です。

 

以上、長々と述べてきましたが、2022年入試においては、例年以上に、基本的な知識を組み合わせて「推論するチカラ」を東京大学は求めに来ている印象です。
私大地理のようにマニアックな知識をたくさん覚えているだけでは太刀打ちができません。
ちなみに、本問について、東大教授は次のように仰っています。

(東大教授からのメッセージ)

18~19 世紀と 20 世紀終盤における世界の船舶の航路を示す2枚の分布図を比較しつつ読み取り、それに基づいて航海に自然や人間活動がどう影響したかを問いました。また、水運の拡大や改善に技術がどう貢献したかを、地理学の知識と関連付けて説明する力も求めました。

一見、簡素なメッセージではありますが、ここに幾つかの東大教授の御言葉を添えたいと思います。

一般に地理学は 2つ以上の事象の比較を通じて本質を追求する性質の学問であるため,比較をしながら論述する練習もしておきたい。歴史学では人間に関わる事象を論理で把握するのに対し,地理学では自然・人文現象を空間的な論理で把 握する。 この「空間の論理」を軽視して単なる丸暗記と考えている受験生には,東大2次試験の地理は手強いものとなろう

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