2023年東大国語 第1問 𠮷田憲司「仮面と身体」解答(答案例)・解説
目次
2023年東京大学 国語 第1問
非常に読みやすい文章。教科書のようなコテコテの論説文です。
テーマも面白く「仮面」にまつわる、文化間の共通点や役割について。子供の頃、お祭りに行って、プラスチックでできたヒーローの仮面の屋台にはあこがれたなぁ、など考えながら楽しく読めました。
さて毎回書いていますが、現代文は解答者によって解釈のブレ、答案の表現のブレなどが激しい科目であるため、賛否両論が発生することは承知していますし、闊達な議論を奨励しています。
お気づきの点がありましたら、遠慮なくコメントをお願いします。
敬天塾作成の答案例
敬天塾の答案例だけ見たいという方もいるでしょうから、はじめに掲載しておきます。
受験生の学習はもちろん、先生方の授業にお役に立てるのであれば、どうぞお使いください。
断りなしに授業時にコピペして生徒に配布するなども許可していますが、その際「敬天塾の答案である」ということを必ず明記していただくようお願いします。
ただし、無断で転売することは禁止しております。何卒ご了承ください。
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【平井基之のサンプル答案】
設問(一)
仮面を使用する複数の文化間には、交流のない地域や民族同士であっても強い類似点があるため、仮面を研究すれば、全人類が共通して生まれながらに有する性質の探求につながりうるということ。
設問(二)
かつて仮面は、憑依させた神霊を可視化することで人間が制御を試みるための道具であったが、芸能や子供の遊びなどの例が登場したように、現在では憑依を伴わずに仮面を使用しているということ。
設問(三)
豊かに変化する表情を見せ、他者に自分の人格を認識させる材料であった素顔が、仮面で覆われることで固定された新たな顔に置き換わるため、新たな自分と他者との関係に置き換わるということ。
設問(四)
仮面をつけた人を異界の存在が具現化した存在だとみなすことで、人間は一時的に異界へはたらきかけられるようになる。また仮面の装着中は、普段は自分で見られない素顔が、視認できる表情で覆われて固定されるため、新たな自分として振舞えるということ。
※多少、字数が多めの答案になっていますが、短くまとめきれない私の力量不足以外の何物でもありません。あくまで、答案サンプルの一つであり、皆さんの考察の材料となることを願って作成したものですので、寛大な心でご覧いただけると幸いです。
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設問(一) その意味で、仮面の探求は…可能性をもっている。
採点は5段階評価で標準を3とし、
難しいポイント1つにつき+1、
簡単なポイント1つにつき-1としています。
「傍線部の構造」は答案骨格の作りにくさです。
「表現力」は自分の言葉に言い換える難しさです。
指示語「その意味で」
傍線部の冒頭「その意味で」の意味を捉えると、直前の一文「遠く隔たった・・・あらわれだと考えてよい」が該当します。
ここを短くまとめるのが1つ目の作業です。
逆に、傍線部に関しては、ほとんど言い換えられるところがない(後述)ということもあり、「その意味で」を簡潔に表現するのが設問一であるともいえるほどでしょう。
論旨が明快なので、本文の骨格をそのまま生かさずとも、自分なりに言い換えることによって、短く分かりやすい言葉にできると思います。
傍線部は、あまり言い換えられない
次に傍線部(の、「その意味で」以後)です。
「仮面の探求は、人間のなかにある普遍的なもの、根元的なもの」の部分が抽象的で言い換えたくなるところなのですが、本文には使えるレベルで具体的に述べた部分がありません。1行前の「人類に普遍的な思考や行動のありかた」が近いですが、これも抽象的ですし、傍線部とほぼ同じ内容なので不十分です。
結局「普遍的」や「根元的」という、やや抽象度の高い単語を平易な日本語に置き換えることくらいしかできないのではないでしょうか?
以上を踏まえ、私の答案をご覧ください。
平井答案の解説
仮面を使用する多数の文化間には、交流のない地域や民族同士であっても多くの類似点があるため、仮面を研究すれば、全人類が共通して生まれながらに有する性質の探求につながりうるということ。
・「その意味で」の言い換えを、なるべく平易で簡潔にまとめました。
・「普遍的」を「全人類が共通して」、「根源的」を「生まれながらに」と言い換えました。
設問(二) 仮面は憑依を前提としなくなっても存続しうる
まずは骨格を簡潔に
いつも通り、骨格を簡潔に理解するのが大切。
「仮面は憑依を前提としなくなっても存続しうる」という傍線部なので、シンプルに直すと「AはBなしでも存在する」という感じでしょう。
Aは「仮面」ですが、仮面という物質そのものではなくて「仮面を使用すること」や「仮面を使用する文化」のことです。
「憑依」は、それほど補足する必要はないのですが、答案に「憑依」とだけ書くと、やや突然登場した感じが出ます。「神霊を憑依」とか「異界の存在を憑依」など、目的語を足すだけでも解消されると思います。
言い換えるだけでは説明にならない
ここまでの議論で、傍線部は
「神霊を憑依させなくても、仮面の使用は成立しうる」などと言い換えられるのですが、これだけでは不十分。その理由は「成立しうる」のがなぜなのか、明記されていないからです。
このように、自分で作った答案に対して、まだ抽象的な部分や、理由が説明されていない部分を探して、さらに補足していくようにすると、良い答案になっていきます。
なぜ「成立しうる」のかというと、直前に書いてあります。「憑霊を伴わずに仮面を使用する例」が実際に存在するからです。(まるで、数学で反例を示すことによって、命題が偽であることを証明しているかのよう)
見逃しやすいが「歴史的変化」を答案に反映させよう
ここまでで「芸能や子供の遊戯などの使用例が存在するため、神霊を憑依させなくても、仮面の使用は成立しうる」となります。
まだ45字程度なので余裕がありますから、要素を足していきましょう。
この設問は傍線部が文章の一部に引っ張ってあります。こういう時には、必ず一文全体を見るのが鉄則。
見ていくと「仮面のありかたの歴史的変化が語っているのは、」とあります。「歴史的変化」、つまり時代を経ることによって、仮面の使用方法が変化したということです。
ということは、「以前は~~~だったが、今はーーーーーー」などの骨格にして、後半部に先ほど作った「芸能や子供の遊戯などの使用例が存在するため、神霊を憑依させなくても、仮面の使用は成立しうる」を入れれば良いと分かります。
前半部である、以前の内容は(あまり明確に昔だとは書いていませんが)、第5~6段落あたりの「憑依と仮面の密接な関係」の説明をまとめれば良いでしょう。対比構造としてもキレイに書けます。
以上を踏まえ、私の答案例です。
平井答案の解説
かつて仮面は、憑依させた神霊を可視化することで人間が制御を試みるための道具であったが、芸能や子供の遊びなどの例が登場したように、現在では憑依を伴わずに仮面を使用しているということ。
・第5~6段落には「可視化し制御する」と説明なしに書かれていますが、私なりに読解した上で、説明を補足しました。
・「かつて」→「登場した」→「現在は」と歴史的変化を表現しました。
設問(三) 他者と私とのあいだの新たな境界となる。
骨格はシンプル
骨格は「AとBとの間のCになる」と、シンプル。
Aは他者なので、言い換える必要はありません。Bは私ですが、現代文の答案では「私」と使うのは不適切なので、何らかに言い換えます。例えば「仮面の使用者」などで良いでしょう。(問題によっては、「筆者」などと言い換える場合もあります。)
Cの部分は「新たな境界」ですが、ここは要注意。
まず「新たな」とありますから、なぜ新しくなるのかという説明が必要です。
「境界」については、一般的な意味の境界ですから、言い換えなくても良いと言えば言い換えなくても良いのですが、傍線部の次の段落に「仮面をつけることによって、関係が固定される」とありますから、この「関係」を利用して答案を作っても良いでしょう。
なぜ新しいのか
では、なぜ仮面をつけると、他者と私との境界が新しくなるのか。
端的に言えば、素顔VS他者 から、仮面VS他者 になったからなのですが、素顔と仮面について、傍線部の前後に説明が詳しくあるので、そこをまとめて答案に入れえると良いでしょう。
素顔についての説明は、「私たちの他者の認識の方法は顔に集中している」とか「他者もまた私の青から私についてのもっとも多くの情報を得ている」また「顔は、私自身は見ることができない」そして「顔はもっとも大きな変化を遂げている部分」などがあります。
まとめると、「人格の判断基準」「自分では見られない」「大きな変化をしている」の3点でしょう。
これに対し、仮面をつけると、「自分の表情を自分で見られる」「表情が固定化される」と、素顔の特徴の真逆の内容が書かれています。(このように真逆の内容が書かれていると、答案作成には使いやすいです。)
ここらをまとめると答案になります。
平井答案の解説
豊かに変化する表情を見せ、他者に自分の人格を認識させる材料であった素顔が、仮面で覆われることで固定された新たな顔に置き換わるため、新たな自分と他者との関係に置き換わるということ。
・「変化VS固定」の対比を盛り込み、「自分で見られないVS見られる」の対比は入れませんでした。しかしながら、「変化VS固定」の対比を入れなくても、「顔は人格だ」という要素だけ書けば、論理は成り立つような気がします。(すなわち、「人格が表出されている素顔を仮面で覆うことで、新たな表情に置き換わるため他者に認識させる人格も変化する」という論理です。)
ここでは、字数に入りそうだったので入れましたが、いかがでしょうか?
・「境界が新しくなる」だけではなく、「他者と私の関係性が新しくなる」と踏み込みたいため、このような文末になりました。また関係性が新しくなる理由として「私が新しくなる」ということを主張するため「新たな自分」と表現しました。
設問(四) 「異界」と自分自身とを、…つかみ取るための装置。
厳密には「どういうことか」の問題ではない
設問文を読んでみると「どういうことか」ではなくて「どのようなことを言っているのか」です。微妙な違いではありますが、作成側としては大きな違いがあります。この解釈が必要になることも、この問題の難しいポイントです。
まず、解答の方針としては「どういうことか」の問題と同じように、傍線部の内容を丁寧に言い換えていくという方針で良いでしょう。
ただし「どういうことか」に比べて、「どのようなことを言っているのか」の方がやや曖昧な質問です。「どのような主旨か」に近いのではないでしょうか。
そのため、傍線部の骨格を忠実に表す必要はないと私は判断し、とにかく分かりやすく、主張が明快な答案を作成するよう心掛けました。
傍線部の分析
では、傍線部に行きましょう。
傍線部は「AとBとを、つかの間にせよ、Cの条件で、DするためのE」です。やや複雑に見えますが、真ん中の部分が長いので、もっとシンプルにすれば
「AとBとを、DするためのE」となります。
また、傍線部が文章の一部にだけ引っ張ってあるので文全体を見てみると、傍線部の直前に「すなわち」があります。これは、安易な手段ではありますが、設問をちょっとだけ難しくするための工夫です。
単に、傍線部だけに注目した「「異界」と自分自身」に注目すると、傍線部の直前にある「自分の目ではけっしてとらえられない」の要素を見落としてしまいます。
ややテクニカルではありますが、個人的には「自分の目ではけっしてとらえられない」の部分の言い換えを、必ず答案に入れるようにします。
もちろん「見えない」など簡単な言葉でOKです。
仮面が、「異界」と自分自身に共通して与える影響とは?
では、各部分を考えていきましょう。
まずAの「異界」ですが、これは第3~4段落辺りから、重要なポイントを拾ってくれば良いでしょう。
そして、Bの自分自身ですが、これは広く言えば文章全体ですが、今回は傍線部で「異界」との共通点について問われているため、共通点を探るように文章をまとめていきましょう。
まず、傍線部の直前の「見えない」の部分は、すでに説明しています。「異界」の存在、例えば神霊や死者などは眼で見えません。そして、自分自身の顔も自分で見えないことが指摘されています。これは簡単。
そして、「可視化」させるというポイントも拾いやすいでしょう。というか傍線部にハッキリと「可視的なかたちで」と書いてあります。
普段の生活では見えない死者や神霊でも、仮面をつけた人が憑依させることによって、生身の肉体として見えるようになります(現実には仮面の使用者なのですが)。
対して、仮面をつけるということは、仮面に描かれた顔に置き換わるということです。そして、仮面をつける前に見れば、「ああ、今からこの顔になるんだな」と目で見て確認することができます。よって、「可視化」の部分の共通点もわかりやすい。
ここまでは傍線部付近に書いてありますから、必ず作業を行いましょう。
「異界」を「つかみ取る」とは?
難しいのが「つかみ取る」です。実は、この部分の解釈が非常に難しくて、かなり悩みました。
まず、「異界」の存在や力を「つかみ取る」に関してですが、これは本文中に明記されていません。近い内容を表している単語として、第4段落に「はたらきかける」と「コントロール」がありますが、ほぼ補足説明ナシのまま単独で登場しているので、自分で解釈しなければなりません。
設問二のところで、すでにチョロット書いたのですが、ここに関して私はこんな風に解釈しました。
仮面をつけた人は、もはやつける前の人間ではなくて、神や死者、霊そのものになっている。そして、村や集落の別の人(仮面をつけていない人)が、仮面をつけている人(死者や神霊の代理人)に向かって、「雨を降らせてくれ」だとか「今年は豊作にしてくれ」とか「村を守ってくれ」みたいなお願いをする。これを本文中では(言葉は限りなく足りないけど)「はたらきかける」とか「コントロール」と表現しているのだ。そして、傍線部エでは、さらに言い換えて「つかみ取る」となっている。
こう考えると、「異界」を「つかみ取る」という表現も、理解できるのではないでしょうか?
自分自身を「つかみ取る」とは?
そして、難しいのが「自分自身をつかみ取る」の方です。この部分のヒントは、傍線部の直前である第14段落だというのは、解釈がブレないでしょう。
まず、第13段落に「他者と私とのあいだの新たな境界となる」(傍線部ウ)と抽象部分があり、第14段落に、その部分の説明が書かれている、という段落構成です。
第14段落には、
「仮面は、変転きわまりない私の顔に、固定し対象化したかたどりを与える」
「仮面をかぶると、それまでの自分と違った自分になったような気がする」
「定まることがなかった自分の可視的なあり方が、はじめて固定されたことにともなう衝撃の表明」
「仮面によってかぶり手の世界に対する関係がそのかたちに固定されてしまう」
などとあります。
このように、「つかみ取る」に対応しそうな部分はたくさんあるのですが、文字面を追ってもあまり理解できません。そこで、先ほどと同じように、自分なりに解釈をしていかなければなりません。
まず気づいたのは、固定化された方がつかみ取りやすいだろうな、ということ。空気(気体)や、水(液体)や掴めませんが、個体はつかめます。よって、やはり「つかみ取る」と「固定化」はかなり密接な関係があるだろうということです。
そして、傍線部は「自分自身をつかみ取る」という構造ですから、つかみ取るのは「自分自身」です。これも推理して、自分の表情が見えない時より、自分自身の表情が見えている状態の方が、つかみ取りやすいだろうと考えました。(理解しやすい、というような意味ですね)
そして、仮面をつけると、「それまでの自分とは違った自分になった気がする」とあります。これは、自分自身の表情が固定化され、また把握できたことで、自分自身をつかみ取った結果として現れた現象なのではないかということです。端的に言えば、「新たな自分に出会えた」というようなことでしょうか。
本文にあまり説明がないため、ここで推理がストップしてしまいましたが、長い読解でした。
あとは答案にしましょう。
平井答案の解説
仮面をつけた人を異界の存在が具現化した存在だとみなすことで、人間は一時的に異界へはたらきかけられるようになる。また仮面の装着中は、普段は自分で見られない素顔が、視認できる表情で覆われて固定されるため、新たな自分として振舞えるということ。
・前半は設問二の焼き直しに近いのですが、「どういうことか」ではないため骨格をいじれるということで、ここぞとばかり書き直し、主語を「仮面をつけた人」にしたり、修飾-被修飾の関係を変更したりと、内容の齟齬が出ない範囲で色々いじくりました。
・設問二と全く同じ表現を使わずに、語彙を替えて作成しました(高度ではありますが、ちょっとしたポイントです)。
・例えば、「可視化」というキーワードについても、前半は「具現化」で、後半は「見られない」や「視認できる」としました。受験生は「可視化」で十分だと思いますが、途中で「具現化」を思いついたら気に入ってしまったので、そのまま残しました。(気にしないでください)
・同様に、「つかの間にせよ」の言い換えも、前半は「一時的に」としましたが、後半は「装着中は」と変化球的に言い換えました。答案の冒頭に「一時的ではあるが」と一度だけ書く方法もあったのですが、言葉の収まりが悪かったので、前半と後半の両方にいれることになりました。
・あまりキレイではないのですが、一文目と二文目を「また」でつなぎました。「また」としてしまうと、両者の関係性が並列になってしまいます。並列とはただ並んでいるだけなので、関係性が希薄に見えてしまうのですが、傍線部の構造からいって「二つのものをつかみとる」というものなので、仕方ないかなぁといった印象です。
・「それまでの自分とは違った自分になったようが気がする」という本文の表現の言い換えですが、「新たな自分になる」だと事実ではなくなるし「新たな自分に出会う」だと比喩表現だということで、あれこれ考えた所「新たな自分として振舞える」となりました。
まとめ・講評
以上、様々解説してきました。
設問一~三は、ある程度標準的な解法や基本的な解法が通用する問題でしたが、設問四は中々複雑な問題で、かなり苦労しました。
「どういうことか」だと思い込んで、忠実に傍線部を言い換えようとしていたところ、「どういうことを言おうとしているか」と裁量を多く任せてもらえる設問になっていたため、やはり東大はよく考えて練って作っているのだなぁと、感心してしまいました。
論理的で、非常にわかりやすい文章だったため、一見すると簡単な問題に見えますが、「はたらきかける」や「コントロール」「つかみとる」など、わざと本文中で説明していない抽象表現を、しっかり考えて読解できるかどうかで、かなり答案の深みが変わりそうだと思います。
正直言うと、ほとんどの受験生が、あまり考えず「制御」とか「把握する」など、言葉遊び程度に言い換えるだけになるのだと思いますが、最近の東大では読解の深さが重要な問題や、誤読を誘う問題が出題されていますので、注意して下さい。
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