2023年東大地理(第2問B)入試問題の解答(答案例)・解説

中国・インド・ハンガリーにおける小麦の収量変化の理由について論じさせた問題でした。
1Bの解説でも申し上げた通り、2023年度の共通テスト本試験でもインド・中国について出題されており(しかも、小麦関連も!)、塾生に注意喚起をしていた甲斐がありました。
昨今のロシアによるウクライナ侵攻で小麦の国際取引価格が急上昇していることも、作問にあたってヒントにしたのかもしれません。
なお、主要な農作物については生育環境や栽培可能地域、生産の収量変化とその理由についてしっかり周辺知識を確認しましょう。
昨年度の東京大学3Bにおいても、ミカンの減反政策について出題されました。
気になる方は、敬天塾の過去問解説記事を併せてご参照ください。

さて、設問別の解説に入るとしましょう。
本問は少しマニアックな知識も問われていますが、東大側はそれを考慮した上で、設問や指定語句の中に多くのヒントをちりばめてくれています。
受験生が教科書や資料集や東大過去問から得た知識をフル活用すれば、解答の道筋は自ずと見えてくるという意味で良問だとも言えましょう。

設問(1)

中国とインドの単位収量は1970年代までほぼ同じ水準にあったが, 1980年代前半に中国の単位収量が急激に増加し, 両国の間で大きな差がみられるようになった。 このような変化を引き起こした理由を1行で述べよ。

設問文を言い換えるなら、「1980年代前半に中国で大きな変化があった。それは何か。ただし、農業に関係するものを述べよ。」となるでしょう。
この点、2023年度二宮書店地理探究教科書p197では次のような記述がなされています。

1978年からは鄧小平の指導のもと、改革開放政策が進められ、今日の経済発展の基盤が築かれた。改革開放政策では、社会主義体制を維持しながら市場経済を導入する社会主義市場経済が進められた。農業は人民公社が解体され、集団経営から、生産責任制による個人経営に移行した。また、農村部には自治体や個人が経営する郷鎮企業が生まれ、一部の国有企業は株式会社に改編され、民営化が進められた。

となります。
敬天塾の東大地理鉄則シリーズでも申し上げますが、現代世界において人を突き動かす基本原理は経済です。要はカネです(笑)。
教科書の記述にある通り、生産責任制が導入されれば、儲けた利益を自分のモノにできるわけですから、モチベーションが上がるわけです。
このあたりを30字でまとめれば合格答案ができます。
ちなみに、改革開放政策の「開放」という字を「解放」と間違えないようにしましょう。

なお、ここで注意なければいけないのは、「〜個人経営になったから」で終わらせないことです。
「個人経営になった=生産量が増えた」というロジックの間には、暗黙の了解で「儲けた分だけ利益が上がるため生産意欲が向上した」という前提があります。
答案を書いている本人は頭の中でわかっているのかもしれませんが、東大教授は書かれたものからしか判断しませんので、教授が良きに汲み取ってくれるだろうという他力本願的な考えは捨て去るべきです。
書けた「つもり」でも、思いの外、得点できなかった受験生は、このあたりを振り返るようにしてみましょう。

(解答例)

生産責任制の導入で個人経営となり、生産意欲が向上したから。(29字)

設問(2)

 ハンガリーは, 1980年代までフランスに準じた単位収量を記録していたが, 1990年代に入ると大幅に低下する。 このような低下を引き起こした理由を, 以下の語句を全て用いて2行以内で述べよ。 語句は繰り返し用いてもよいが, 使用した箇所には下線を引くこと。

     農業補助金削減          肥料

本問は、東大らしいロジック問題だと言えます。ハンガリーで小麦の収量が減ったことなど知っている受験生は皆無だと思います。
それがわかっているからこそ、東京大学の教授陣は

  • 1990年代
  • 農業補助金削減
  • 肥料

の3つをヒントとして挙げてくれたのです。

わかりやすいところから攻めると、「農業補助金削減」があれば、農家の収益が減りますね。
当然、生産意欲や栽培に必要な物品(肥料やトラクターといった機械など)の購入も難しくなります。
その結果、収量が減ることは容易に想定できます。

次に、「肥料」ですが、これは農業補助金削減と結びつけるのが楽だと思います。
教科書でよく出てくる「緑の革命」などでも、肥料や種子や農業機械の購入にあたって多額な資金が必要となることから、農家間の貧富の差が広がったことは有名です。
その知識からも、肥料の購入資金が枯渇したのではと合理的に類推することができたことでしょう。

なお、肥料価格が高騰するという切り口も考えられますが、1990年代当時、肥料価格が著しく高騰した事実は確認されませんでした。
ただ、せっかくですから、時事ネタをご紹介すると、2022年2月24日から始まったロシアによるウクライナ侵攻で、肥料価格が世界的に高騰しています。
これは、肥料の原料となる窒素などの産出量が多い両国からの輸出が停滞したことで、需給バランスが崩れたためです。
農業に必須な肥料価格が上がれば、農作物の価格も上がり、人々の生活も打撃を受けます。

最新の『日本国勢図会』は毎年6月ごろ、『世界国勢図会』は毎年9月ごろに発売されますので、ぜひ農業に関する章の冒頭説明部分だけでも図書館などで一読されると良いでしょう。

さて、次に考えねばならないのが「1990年代」という条件です。
EUの話を書いた受験生もいたようですが、それは東大側が用意した「罠」です。
教科書や資料集をちゃんと読み込んだ受験生なら、ハンガリーがEUに加盟したのが2000年代に入ってからだということはわかるはずです。教科書などには、

EUでは、加盟国の農業市場を統一し、食料供給の安定化をはかるために共通農業政策を進めてきた。当初は食料自給率の向上や農家の所得を安定させるために、公的資金を投入して農産物の価格を保証していたが、生産過剰で財政負担が大きくなった。そのため、2000年代以降は、農産物の質の向上と環境を重視する農業政策への転換を進めている。それによって、農民に支払われる補助金も、生産に応じたものではなく、環境保全などを重視した直接所得補償が中心になっている。
(2023年度二宮書店地理探究p253)

と書かれていますが、これはあくまでEU加盟国の話ですから、答案に共通農業政策の話を書いてはいけません。
ここでは、むしろ、ハンガリーが元々社会主義の国で(昨今のウクライナ侵攻でも、ロシアの肩を持つ発言を多くしていますね)、1990年前後に共産主義政権が崩壊したことは中学の教科書知識からも類推できます。
ハンガリーとはどういう国ですか?、と東大側が問うているわけです。
社会主義経済から市場主義経済に移行すれば、混乱は生じるはずです。
このあたりをまとめれば合格答案を紡ぎ出せるでしょう。

(解答例)

社会主義体制崩壊に伴う経済混乱で農業補助金削減が実施され、十分な量の化学肥料の投下が難しくなり土地生産性が低下したから。(60字)

設問(3)

 中国では, 国内での価格の下落により1997年から2003年にかけて小麦の生産量が約30%減少するが, その後の17年間は約 55% の増加を記録している。このような増加が生じた政策的な背景を以下の語句を全て用いて2行以内で述べよ。 語句は繰り返し用いてもよいが、 使用した箇所には下線を引くこと。

   食料安全保障        肉類消費

本問に手こずられた受験生は相当数いたと言われています。
ですが、東大過去問をしっかり探究した受験生にとっては解答方針がすぐさま思い浮かぶはずです。
まず、食料安全保障についてですが、これは敬天塾の映像授業でも説明した通り、自給率との関係がものすごく重要です。

昨今、ロシアのウクライナ侵攻で、様々な物品の値段が高騰し、入手しづらくなっています。
お金があっても買えないことだってあります。
そうなったときに、経済原理ばかりを貫いて外国に依存する体質が国家の存亡に関わってくるのではと多くの人が気付くわけです。
国家の存亡に関わるということは、まさに安全保障の話ですから、ここに食料安全保障という概念が生まれるわけで、国家が主導的に解決策を講じるべきなのです。
だからこそ、「政策」が絡んでくるわけですね。

過去問でも、2020年度2B、2016年度2B、2009年度2Aなどで繰り返し繰り返し問われていますから、改めて過去問探究の重要性を多くの方が悟られたことでしょう。

 

次に、「肉類消費」をどのように使ったら良いか悩まれた方も多かったことでしょう。
まず、小麦の生産量が増えたということは、需要が増えたということです。
小麦の需要といえば、何が思い浮かぶでしょうか。

人口が増大したからですか?
確かに世界一の人口を誇っていますが、近年は少子高齢化が顕著に進み、一人っ子政策を廃止したくらいの状況ですので、2003年から2020年にかけて人口爆発が起きたとは考えにくいです。
また、ここ20年くらいの中国に注目すると高度経済成長を遂げているわけですが、経済成長に伴い所得水準が増えたからといって、小麦を食べるようになるというのもおかしな話です。

ここで大切なのは、小麦を食べるのは人間だけなのか?という視点です。
アメリカが一番分かりやすいと思いますが、トウモロコシや小麦の生産地域周辺で肉牛を育てていますよね。
人間が食べる目的以外で農作物が活用されていることは、2016年度2A(3)や2014年度1Aや2007年度2Bでも既出事項でありました。

このことから、

肉類消費がふえた
→家畜の飼育頭数が増加
→飼料需要が高まる
→小麦の輸入が増え自給率が低下
→食料安全保障の危機
→国内での生産増に向け政策転換

といった論理の道筋が見えてくることでしょう。

経済発展による肉類消費増加で飼料用小麦の輸入が増え自給率が低下した為、食料安全保障の点から国家主導で国内生産を奨励した。(60字)

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上記の地理の記事は敬天塾の塾長とおかべぇ先生が執筆しています。
おかべえ先生は、東大地理で60点中59点を取得した先生です!
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