2023年東大国語 第4問 長田弘『詩人であること』解答(答案例)・解説

2023年東大国語 第4問 長田弘『詩人であること』解答(答案例)・解説

第1問と真逆で、読みづらくて仕方ない文章。
まず、一文が長い。かつ、骨格が非常に複雑で、主語と述語の対応や、修飾ー被修飾の関係がどの部分にあるのか、一読しただけでは分からない。かつ、具体的な説明がほとんど出ず、抽象的な内容を延々と続けて論じているため、内容が掴みづらい。(ちなみに、2~3段落が具体例に当たりますが、読んだところで何を言いたいのかわかりづらいです)
さらに、普通は漢字で書く単語も平仮名で書いているため、読むスピードも遅くなる、遅くなると理解ができなくなるというn重苦の問題です。
個人的には、仕事柄、読みやすい文章を心がけているため、受け入れがたい文章なのですが、そうも言ってられないので頑張って読みました。

さて毎回書いていますが、現代文は回答者によって解釈のブレ、答案の表現のブレなどが激しい科目であるため、賛否両論が発生することは承知していますし、闊達な議論を奨励しています。

お気づきの点がありましたら、遠慮なくコメントをお願いします。

敬天塾作成の答案例

敬天塾の答案例だけ見たいという方もいるでしょうから、はじめに掲載しておきます。
受験生の学習はもちろん、先生方の授業にお役に立てるのであれば、どうぞお使いください。
断りなしに授業時にコピペして生徒に配布するなども許可していますが、その際「敬天塾の答案である」ということを必ず明記していただくようお願いします。
ただし、無断で転売することは禁止しております。何卒ご了承ください。

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【平井基之のサンプル答案】

設問(一)
各個人による具体的な経験や、語義を言語化する努力を踏まえないまま、社会全体で通用するように言葉を一般化してしまうと、深い理解を伴わない空疎な意味が定着してしまうということ。

設問(二)
一般社会で使用されている語義をそのまま受け入れずに、自ら意味を言語化する努力をしながら、具体的な経験を通して言葉を習得するのを怠らない様。

設問(三)
ある言葉を、社会全体で同じ意味として共有されているように装いながら、実は仲間内でのみ通用する意味で使用し、その意味を受け入れない集団を敵と認定するという身勝手な態度のこと。

設問(四)
言葉は、使用者の経験を反映させた意味で用いられるため、自分と他者が使用する語義に生じる差異を受け入れることによって、他者本人を認識できるようになるということ。

※多少、字数が多めの答案になっていますが、短くまとめきれない私の力量不足以外の何物でもありません。あくまで、答案サンプルの一つであり、皆さんの考察の材料となることを願って作成したものですので、寛大な心でご覧いただけると幸いです。

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設問(一) 観念の錠剤のように定義されやすい。

採点は5段階評価で標準を3とし、
難しいポイント1つにつき+1、
簡単なポイント1つにつき-1としています。
「傍線部の構造」は答案骨格の作りにくさです。
「表現力」は自分の言葉に言い換える難しさです。

傍線部だけを言い換えてもダメ

この傍線部は「観念の錠剤のように定義されやすい」ですが、後半の「定義されやすい」はある種の言葉遊びのように、意味を逸脱しない範囲で別の言葉を持ってくればよいでしょう。

問題は前半「観念の錠剤」です。
「観念」と「錠剤」という単語の詳細については後述しますが、こちらは言葉遊びではダメ。「観念」と「思い込み」などと言い換えたところで、全く説明になりません。

ではどうするかというと、傍線部の直前部に「として」があります。
「定義されやすい」のが何なのかの答えが、傍線部の直前にあるということです。(Aとして定義されやすい、という構造)

ということで傍線部の直前を見ると、「抽象的なしかた」「誰もが弁えていない言葉」などとあり、これが1段落の内容を受けていることが分かります。
そこで、1段落の内容を簡潔にまとめて答案に書くことが必要になります。

「錠剤」は何のたとえ?

さて、この設問。「錠剤」の比喩がとにかく難しいです。

「錠剤」は薬局でもらうお薬のことですから、病気を治すものと言う意味もあれば、粒状のものという意味かもしれないし、粉を固めたものとか、すぐに溶けて形がなくなってしまうとか、とにかく色々な性質があります。
このような様々な性質のうち、どの部分を切り取った比喩なのか。これを特定するのですが、、、、正直言って、これ特定できるのでしょうか?仮に「わかった!これだ!」となったところで、それが独りよがりな解釈である可能性は高く、隣の人が違う解釈をしていても何も変ではありません。

このような場合、二つの手法を取ることができます。
1つは、あまり気にせず解いてしまうというもの。分からないものに時間を費やすのならば、無視!失点を覚悟して、答案を作ってしまうというもの。
もう1つは、しっかり考えて錠剤の意味を捉えるもの。
要するに、逃げるのか、戦うのかです。

さあ、皆さんならどうしますか?

私はというと、とりあえず戦ってみました。後述する解答例を見て、さあ皆さんならどう考えますか?ぜひコメントにてお考えを教えていただけると幸いです。

観念?概念?

順番は前後しますが、「観念」と言う単語の意味も重要です。
余談ですが、ここ最近の東大では、語彙が求められる問題が増えていますので、ご注意下さい。

さて、観念と間違えやすいのが「概念」。よく固定「概念」と誤用している人がいます。(正しくは「固定観念」です。)

どのように区別するかというと、
「観念」は、自分一人が思い込んでいる考えや、とらわれている考え
「概念」は、世間一般で共通して捉えられている考え
のことです。

例えば、「固定観念」は、自分が思い込んでしまっていることですし、「強迫観念」は自分の頭から離れられない不快な気持ちなどのことです。どちらも個人的なものだというのが分かると思います。
一方、「上位概念」や「抽象概念」など「概念」の用例や熟語を見ると、一般的に通用する意味だということが分かります。

平井答案の解説

各個人による具体的な経験や、語義を言語化する努力を踏まえないまま、社会全体で通用するように言葉を一般化してしまうと、深い理解を伴わない空疎な意味が定着してしまうということ。

・「各個人・・・一般化してしまうと」までが1段落の要約で、「深い理解・・・ということ」までが傍線部の直接的な言い換え部分です。
・2~3行目の「経験を、それぞれに固有なしかたで言語化してゆく意味=方向をもった努力」を盛り込み、「具体的な経験を切り離す」の要素だけではない答案にしています。
・「誰もが弁えていない」を「深い理解を伴わない」と言い換え、さらに意味を補足するため「空疎」と足しました。
・「錠剤」から固形物のイメージを得たことや、「定義」から意味が定まるイメージを得たため、文末は「定着」を用い、少しでもニュアンスが出るようにしました。(不十分かもしれません)
・「錠剤」については、上記のように個体であることを意識して文末に反映させたほか、病を治療するものという意味を踏まえて、「社会全体に通用する」というように表現したつもりですが、これも十分表現できたようには思いません。(苦心したのですが、暫定としてこの答案を出しました)

設問(二) 言葉にたいする一人のわたしの自立

まずは骨格から分析

いつも通り、骨格を理解するのが大切。
「言葉にたいする一人のわたしの自律」とありますから、簡潔にすれば「Aに対するBのC」となります。

Aの「言葉」は一般的な意味の「言葉」として使用しているので、特に言い換えなくても良いでしょう。
Bの部分は「一人のわたしの」ですから、要するに「私、個人の」という意味なので、これもそれほど難しくない。
難しいのはCの「自律」です。

自律と自立

「観念」に比べてば誤解が少ないでしょうが、「自律」も語彙として重要です。

誤解しやすい類語として「自立」がありますが、全く違う意味です。これらは漢字を見ればその通り、というような意味なので、漢字そのものから類推しても良いかもしれません。
「自立」は、自分で立つこと。もっと言えば、他から支えてもらうことなく立っていることですね。親の経済的援助をストップして自分の給料だけで生活していくとか、骨折した怪我が治ってきて松葉杖を必要とせずに歩けるようになったとか、そういうことです。

一方「自律」は、自分で定めたルールに従って行動するというような意味です。
「律」には「ルール」や「規則」のような意味があります。「規律」や「戒律」が分かりやすい例だと思いますが、他にも「因果律」「旋律」「排中律」などいっぱいあります。

「自律」とは?

では、傍線部を言い換えてみると、「言葉に対して、私個人がルールに従って行動すること」などとなりますが、これでは説明になりません。
何に対してのルールなのか、どのようなルールなのか。
言葉を置き換えただけでは、内容が全く分からないので、ルールに対して補足をしていくことになります。

傍線部の次の行に、再度「一人のわたしの自律」が登場しますから、ここは勿論ヒント!次段落の2行目にも、同様に登場していますから、ここも参考にしましょう。
また、「一人のわたしの自律」がなくなってしまう場合、言葉が社会の合言葉になってしまうらしいのですが、これは第1段落に書かれている内容と同じと捉えて良いでしょう。
つまり、「一人のわたしの自律」とは、本文で(特に第1段落で)書かれている、理想的な言葉の理解の仕方のことだと分かれば良いと思います。

以上を踏まえ、私の答案例です。

平井答案の解説

一般社会で使用されている語義をそのまま受け入れずに、自ら意味を言語化する努力をしながら、具体的な経験を通して言葉を習得するのを怠らない様。

・「一人のわたしの」を「自ら」と言い換えています。(不十分な気もします。)
・答案全体で「言葉にたいする・・・自律」を言い換えているような構成です。
・設問(一)では「~~~しないと・・・してしまう」というように、悪い例の内容を書いたのに対し、設問(二)では「~~~を怠らない」と良い例を書きました。肯定文か否定文かの違いはありますが、内容は同じで、表現だけ変えています。(全く同じ語彙を使って答案を書くと、稚拙な答案に思われるため、内容を保存したまま表現を変えるようにしています。)
・「怠らない」という表現により、「自律」つまりルールを守っている様子を表現しました。

 

設問(三) 「公共」の言葉、・・・合言葉によってかんがえる

骨格は、やや複雑

ここに来て、やや複雑な傍線部の骨格が登場。
「AをかりてBによってかんがえる」という構造ですが、「Aをかりて」の解釈がやや難。

「B(合言葉)によってかんがえる」の部分は別に難しくないでしょう。「よって」は手段を表すと考えれば良いと思います。

ただし「かんがえる」は、かなり曖昧な言葉です。「思考する」とか「考慮する」のような、バッチリ「考える」というような意味であれば簡単なのですが、そうではなさそう。
言い換えとしては「捉える」とか「扱う」のような、どうとでも使える言葉を用意しておいた上で、もっと適切なものが見つかったら採用する、というのはいかがでしょうか?

なお、「かんがえる」で文末になるわけではなくて、傍線部外の「言葉との関係」に修飾します。繰り返しますが、「かんがえる」対象は「言葉との関係」です。「言葉との関係」というと、自分の経験に基づいて言葉を理解するだとか、合言葉として利用し、敵と味方に分かれてしまうだとか、色々書いていますから、この辺りの内容を踏まえて、考察していくことになるでしょう。

口吻(こうふん)

フリガナが振ってなかったら読めなかったかもしれません。
この単語は、狭義(原義)には「くちさき、くちびる、くちばし」など、口付近の部分そのものを表したようです。そこから派生して「話ぶり」「口のききかた」などを表すこともあります。

今回の傍線部では、
「公共」の言葉、「全体」の言葉というような口吻
ですから、「口吻」の意味が分からなくても困りませんし、「口」という漢字が使われていて推測もできますから、問題はないでしょう。

「合言葉」の解釈

今回の問題の肝になるのが「合言葉」の解釈です。
使い慣れている単語なので、何気なく本文を読んでも、つっかえない部分ではあると思いますが、よく考えないと文脈が捉えられません。

合言葉といえば、赤穂浪士の「山」「川」が有名でしょうか。
世界史に詳しい人は、ノルマンディー上陸作戦の「フラッシュ」「サンダー」を思い出すかもしれませんし、日本史に詳しければ禅問答の「什麽生(そもさん)」「説破(せっぱ)」を思い出すかもしれませんね。掛け合いではなくても「開けゴマ」も合言葉でしょうし、「ニイタカヤマノボレ」などの暗号も合言葉として良いかもしれません。

いずれにしろ、合言葉というのは、味方だけ、仲間にだけ通じる言葉のことを表します。

ある言葉が「合言葉」として使われ出すと、その言葉を理解しない人間や集団は敵になってしまうわけですね。これが本文の主張している意味だとわかれば、だいぶ解釈が進むでしょう。

平井答案の解説

ある言葉を、社会全体で同じ意味として共有されているように装いながら、実は仲間内でのみ通用する意味で使用し、その意味を受け入れない集団を敵と認定するという身勝手な態度のこと。

・「「公共」の言葉、「全体」の意見」の部分を「社会全体で同じ意味として共有されている」と言い換えました。
・「口吻をかりて」を「装いながら」と言い換えました。
・「合言葉」を「仲間内でのみ通用する意味で使用」と言い換えました。
・「敵と味方に分かれる」という内容は、少し変形して「その意味を受け入れない集団を敵と認定する」と言い換えました。
・「独善的」を「身勝手」と言い換えました。

設問(四) 一つの言葉は、そこで一人の私が他者と出会う場所である。

「他者と出会う」とは?

この問題は、恐らく4つの中で一番解きやすかったのではないでしょうか。
と言っても、難解な文章を、ここまで正確に読解できればの話ではあるのですが・・・。

第6段落くらいから、じぶんと他者との関係が散々書かれていますし、直前にも「他者とみいだし」とか「他者を発見する」とか書いてありますから、傍線部の意味は捉えやすいでしょう。
ようするに、自分と他者が使っている言葉は違っているから、その違いに注目すれば、他者が認識できる、というような意味です。

ただし難しいのは、「なぜ自分と他者が使っている言葉は違うのか」です。
ここの部分に「そりゃあ、他人なんだから、言葉の意味が違うのは当たり前じゃん」などと、悪い意味で物分かりが良い人になってはいけません

なぜ、同じ言葉なのに、違う意味で使うのか

なぜ、自分と他人は同じ言葉なのに、意味が違ってしまうのか。
それは、第1段落からずっと書いているように、言葉の意味というのは、個人個人の体験から習得するものだからです。
過去の経験を通して、言葉の意味を深く知る。だから、同じ言葉でも使用者によって意味が異なる、というわけです。

「本文全体の論旨を踏まえて」と書いてなくても、本文の論旨を踏まえなければなりません。よく「傍線部付近だけで解ける」などと、まことしやかに語られますが、東大の問題に対して高を括った態度をとるのはおススメしません。

平井答案の解説

言葉は、使用者の経験を反映させた意味で用いられるため、自分と他者が使用する語義に生じる差異を受け入れることによって、他者本人を認識できるようになるということ。

・まず、言葉の習得にはその人の経験が反映される点を指摘しました。(第1段落など)。この部分は、一般的な法則を表すので、主語を「使用者」としました。
・そのため、自分と他者が使用する語義には、差異が生じることを指摘しました。この部分は、主語を「自分と他者」とすることで、前部と違って対象が限定されていることを表現しました。
・「他者と出会う」と「他者本人を認識できる」と言い換えました。「他者本人を認識する」ではやや抽象的で説明不足な気がしたため、「他者の人格を理解する」とか「他者の存在を認める」など様々考えましたが、本文を何度読んでも「他者の発見」などとしか書いてなかったため特定できず、結局「他者本人」で落ち着かせました。(ご意見あれば、下さい)
・他者の使った言葉から、他者の過去の経験を感じ取ることができる、というような意味だとすると、「これまで形成されてきた他者の人格」など、回答者として読み取った内容を強く主張しても良いのかもしれません。

 

まとめ・講評

受験者の感想としては、昨年の影絵の問題や、一昨年の子規&漱石の手紙の問題の方が書きやすかった、ということだそうです。
この感想はよくわかります。そもそも意味の分からない文章に対して、「どういうことか」とわかりやすく説明させる問題を出しているのですから、難しいのは当たり前です。

そのため、当日の正答率や回答率も低かったことだろうと思われます。

抽象的な文章のため、平易な日本語にするのは非常に難しいのですが、読み解けたとしたら、主張している内容はそれほど多くなく、かつ論理的に構成されている文章ではあるので、答案作成が特に難しいということではないと判断しました。

皆さん、いかがでしたでしょうか?ここ数年の東大の傾向とは少し違っていて、刺激が多かったことだろうと思います。


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