2019年東大日本史(第3問)入試問題の解答(答案例)と解説
資料文の分析
普段であれば設問から分析していくが、今回の設問文は資料文の読了を前提として書かれているため、資料文から分析する形を取る。
資料文(1)
17世紀を通じて、日本の最大の輸入品は中国産の生糸であった。ほかに、東南アジア産の砂糖や、朝鮮人参などの薬種も多く輸入された。それらの対価として、初めは銀が、やがて金や銅が支払われた。
とある。これは1600年代に行われた、朱印船貿易及びそれを取り巻く東アジアの状況について述べられている。
朱印船貿易は基本的に中国との貿易を目的としている。しかしながら、当時の中国は朝貢国以外との海禁政策を敷いていたため、日本は直接的な貿易が不可能だった。よって幕府の発行する渡航許可証である朱印状を携帯し、東南アジアへ行き、出会い貿易の形をとった。(このことによりフィリピンのルソン、ベトナムのアンナン、タイのシャムなどに代表される各地に日本町が形成された。)
そこで輸入された品々の対価として輸出したのは銀、金、銅といった鉱産資源であった。ところが、鉱産資源というのは有限であるために、鉱山の枯渇が起きつつあり、幕政は逼迫していた。ゆえに、幕府は鉱産資源の外国への流出を防ぐため、対策を講じていくこととなる。それが資料文(2)以降で示される。
資料文(2)
江戸幕府は1685年に、長崎における生糸などの輸入額を制限した。1712年には京都の織屋に日本産の生糸も使用するよう命じ、翌年には諸国に養蚕や製糸を奨励する触れを出した。
とある。17世紀末以降の幕府の貿易への規制について述べられた文章である。
解答に直接的には関係ないが、重要な前後関係であるから、確認しよう。
16世紀末の秀吉時代から朱印船貿易は行われた。はじめ、ポルトガルが南蛮貿易(アジア諸国間の中継貿易をしていた)で生糸を高額で輸出したため、日本の鉱産資源は大量に海外へ流出した。これを受けて、幕府は価格統制のために1604年に糸割符制度を導入した。しかし、1655年に中国商人の抵抗などにより糸割符制度が終了すると、自由貿易へ移行した。
自由貿易が認められたことで貿易量は増大していき、それに伴い鉱産資源の流出も増大した。これを抑制するために、幕府が貨物市法(1672)や定高貿易法(1685)を制定した。今回はその定高貿易法についての言及である。
中国船は年間30艘で銀6000貫目、オランダ船は年間2艘で銀3000貫目までと定められたのは共通テストでも出題されるレベルといってよいだろう。
さて、背景を踏まえて資料文に戻ろう。
長崎貿易にて貿易額を制限したのは前述のように金銀の流出を防ぐため。このとき制限された輸入額のメインは生糸であった。
それゆえ、中国産の生糸が国内需要分に及ばなくなった。生糸を原料とする織屋ではその不足分を国内で生産した生糸で賄うように命じられた。そして、将来的には国産で賄えるようにして、さらに流出を抑えるため、生産を奨励した。
という一連の流れが簡単に読み取れる。(その後、18世紀後半では、輸出品に中国で需要の高かった俵物を追加するなど、更なる対策も講じている。)
この資料を読んだとき、新井白石が行った海舶互市新例(1715)がパッと思いつくかもしれないが、これとは違うので念のため留意のこと。
資料文(3)
1720年には、対馬藩に朝鮮人参を取り寄せるように命じ、栽培を試みた。その後、試作に成功すると、1738年には江戸の御用達町人に人参の種を販売させるので、誰でも希望するものは買うように」という触れを出した。
とある。このまま同時に次の資料も見てみよう。
資料文(4)
1727年に幕府は、薩摩藩士を呼び出し、その教えに従って、サトウキビの栽培を試みた。その後も引き続き、製糖の方法を調査・研究した。
とある。この二つの資料文では、資料文(2)の時期に、輸入額の大半を占める生糸の輸入を制限し、国産化で代用することで金銀の流出を抑えたので、更なる流出防止策として、資料文(1)で示される他の輸入品目も同様に国産化していくための試行錯誤が見て取れる。
これらは一貫して、幕府の財政再建策の一環である。
設問の分析
設問A
江戸幕府が(2)〜(4)のような政策をとった背景や意図として、貿易との関連では、どのようなことが考えられるか。2行以内で述べなさい。
とある。「(2)〜(4)のような政策をとった背景や意図」については、資料文の分析にて前述の通りである。
“輸入品目の国産化を図り代替するのはなぜか?
←輸入量が減る←貿易額を制限する←金銀の流出を防ぎたい←幕府の財政が困窮する←金山銀山が枯渇してきている”
このようなおおまかな流れが脳内で出来ていれば十分であろう。これは既に「貿易との関連」にフォーカスされているので、上手く言語化して綺麗な文章で答案を書こう。
設問B
そうした政策をとった背景として、国内の消費生活において、どのような動きがあったと考えられるか。それぞれの産物の用途に留意して、3行以内で述べなさい。
とある。
“設問Aで言及したような政策”を取らなければならなかった背景を「国内の消費生活」にフォーカスして答案を作る。これだけでは漠然として困ってしまいかねないが、「それぞれの産物の用途」と表記してくれているため、そのヒントが非常に易しい。(そして、優しい。)
砂糖は菓子などのために、朝鮮人参は滋養強壮のために、生糸は絹織物のために使われる材料で、これらはいずれも生活必需品ではなく、高級な嗜好品である。
ではこれらのものの需要が高まった原因たる「国内の消費生活」とはどのようなものか。
端的に言えば、生活水準の上昇、有力農民や都市の町人の富裕層の増大である。では更に、これを招いた原因を考えると、貨幣経済や商品経済の発展といったところが挙げられるだろう。
答案作成用メモの例
2019(3)日本史 メモ実際の問題用紙には、このように書き込むなどすると、答案作成に役に立つでしょう。
答案例
設問A
政策施行の背景や意図について問われている。何度も言うが、これに沿う日本語を書くように注意しながら答案を作成しよう。
よって帰結部は、「金銀の流出を抑制しようとした。」あたりが良いと思われる。資料文、設問文の分析を踏まえ、そこに上手く繋ごう。
鉱山の枯渇で幕政が逼迫していたため、長崎貿易の輸入品目の国産化を推進し、輸出品としての金銀の流出を抑制しようとした。(58字)
設問B
国内の消費生活にどのような動きがあったかについて問われている。よって帰結部は、「高価な嗜好品の需要、消費が高まっていた。」あたりが良いと思われる。資料文、設問文の分析を踏まえ、そこに上手く繋ごう。
安定した幕政による生活水準の上昇や、貨幣経済と商品経済の発展で有力農民や町人の富裕層が増えたことで、絹織物・砂糖・朝鮮人参などの薬種といった高価な嗜好品の需要、消費が高まっていた。(90字)
まとめ
設問Aは江戸時代の貿易のおおまかな流れに関する知識を中心に、資料の読み取りが求められる問題で、確かに論述に要求されるのは「読み取りが大半で知識が少し」であろう。
しかし、読み取りに関しても、前提知識があるからこそ資料文から拾える要素や気付きが生まれてくるので、共通テストや私立大入試に比べて必要な知識量は少ないなどといった言説に流されずにインプットも頑張りたい。
設問Bは、読み取りが半分で知識が半分といった感じであるから同様のことが言える。品目の目的を述べても、その原因背景が憶測によるものとならないよう、知識が要求されるのが分かるだろう。各時代に於ける政府側と民間側での事情はいずれも東大で頻出であるため、重要である。
①設問文を各要素に分けて答えるべき内容を精査し、答案の方向性を定めよう。
②資料文から抽出すべき内容を探し、各内容で解答に反映させるべき細かい部分まで探そう。(なぜ東大はこのような記載にしているかまでを追及したい。)
③答案を作る時は、背景(今回の問題でいう時代設定など)の条件の提示を過不足ないように厳密に意識しよう。
④設問の聞かれていることに対してダイレクトに答えられているか現代文的な意識でチェックしよう。
⑤現代文として読みやすく、主従関係がはっきりしており、各要素・各単語・各文の接続部分に違和感がないかをチェックしよう。