2020年東大日本史(第4問)入試問題の解答(答案例)と解説
設問の分析
設問A
(1)の主張の背景にある、当時の政府の方針と社会の情勢について、3行以内で述べなさい。
設問B
(2)のような規律を掲げた政府の意図はどのようなものだったか。当時の国内政治の状況に即しながら、3行以内で述べなさい。
とある。
この大問は資料文と設問文が一対一対応になっている。さらに、設問文を読むことにより、求められている周辺知識を想起したり、おおよその方針を立てたりすることが出来ない。よってその都度資料文の分析項にて確認する。
設問Aは1878年当時の政府の方針と社会情勢を、設問Bは1882年当時の国内政治の状況を踏まえた上での政府の方針と社会情勢を述べる形で記述を書こう。
資料文の分析
資料文(1)
維新以後の世の風潮の一つに「民権家風」があるが、軍人はこれに染まることを避けなくてはいけない。軍人は大元帥である天皇を戴き、あくまでも上下の序列を重んじて、命令に服従すべきである。今政府はかつての幕府に見られた専権圧制の体制を脱し、人民の自治・自由の精神を鼓舞しようとしており、一般人、一般人民がそれに呼応するのは当然であるが、軍人は別であるべきだ。
とある。(1878年)
まずはこの資料文の年号を確認すると1878年とある。この当時の政府の方針と社会情勢を確認したい。
この頃は1868年から始まった明治維新での近代国家設立への黎明期である。
1873年に徴兵令と1876年の廃刀令、秩禄処分による士族の特権の停止により国内の軍事力が列強のように軍隊に一元化された。
その軍隊への講演の内容であるが、まず着目すべきポイントは「政府はかつての幕府に見られた専権圧制の体制を脱し、人民の自治・自由の精神を鼓舞しようとして」いるという部分である。
これは民間での自由民権運動の高揚(社会の情勢)及び政府の立憲体制樹立への動き(政府の方針)を指している。
前半部分には、民主主義運動によって国内にもたらされている平等の気風を軍事面に於いて良しとしない、といった内容も書かれている。
もう一つ、明治維新初期の社会の情勢といえば頻出の内容がある。1878年という年号を見れば容易に想像がつく。前年のの西南戦争である。陣風連の乱から続く不平士族の反乱が治安の悪化を招き軍隊を悩ませているということだ。あくまで視線の先にあるのは軍隊だろう。
以上2点の内容を盛り込みたい。
資料文(2)
軍人は忠節を尽くすことを本分とすべきである。兵力の消長はそのまま国運の盛衰となることをわきまえ、世論に惑わず、政治に関わらず、ひたすら忠節を守れ。それを守れず汚名を受けることのないようにせよ。(「軍人勅諭」1882年1月)
とある。
まずこの年号の1年前、1881年に自由党の結成と明治十四年の政変及び国会開設の勅諭があったこと、さらにこの軍人勅諭の直後に下野した大隈重信が立憲改進党を結成することを想起したい。
そういった背景を踏まえた上で「世論に惑わず、政治に関わらず、ひたすら忠節を守れ。」というフレーズがピックアップされているのは、デモクラシーの中でも軍隊は国民主権的なニュアンスや民主主義的な政治展開に与することなく、臣民として天皇陛下への忠節を第一に考えろ。ということであろう。
これらを国内政治の状況と政府の意図の2つをそれぞれ明瞭に示しながら記述を纏めたい。
答案作成用メモの例
2020年度日本史第4問実際の問題用紙には、このように書き込むなどすると、答案作成に役に立つでしょう。
答案例
設問A
政府が大阪会議を経て立憲政体樹立の方針を示し、社会では自由民権運動が活発化していたうえ、廃刀令・秩禄処分で士族の特権を停止したことで不平士族の反乱が乱発し治安の悪化を招いていた。(89字)
設問B
明治十四年の政変を経て国会開設の勅諭や政党の結党など国内政治が民主化に向かう中でも、軍隊は民権運動や政治からは独立した立場で、天皇への忠節と国権維持のための軍事力が重要だと示した。(90字)
まとめ
この大問は基本的にはオーソドックスな知識問題である。年号の暗記や時代ごとの流れの把握が二次試験でも大事であることがわかる。そのような問題でも答案を纏める際には、分かりやすさ、明瞭さが肝要だ。
設問Aでは「ここで政府の方針について書いてますよ、ここで社会の情勢について書いてますよ」と、
設問Bでは「ここで国内政治の状況に言及しています、そして政府の意図はこうです」とあからさまに示すのが良いだろう。
東大の教授たちもタイトな日程での採点は多忙であるということだ。ごちゃごちゃと複雑に書くのは得策ではないだろう。