【東大地理】2015年第3問の解答(答案例)と解説

日本の都市と社会の変化に関する問題でした。例年通り日本関連の問題で、典型問題が多く何が聞きたいのかはわりと分かりやすい問題でした。

設問A

設問(1)

1965年と2010年における常住地と従業地の職業構成から図3-1に該当する区域を答える問題です。ア~ウの特徴とA~Cの特徴のそれぞれからどのような地域であるかを予想し照らし合わせるのは少し手こずった受験生も多かったのではないでしょうか。基本的に東京都をイメージして解いて良いです。また、A~Cは「大都市内の3つの」と書かれていますから、東京の中の23区のどれかをイメージすれば良いでしょう。とは言っても、23区の特徴を知っている受験生は全体の何%いるのかというくらいですから、わかる人だけで良いと思います。
東京のイメージがわかない人は、3つの区域を都心、周辺部、郊外の新興地域くらいに分けられれば十分でしょう。余談ですが、こういうところに「都会の受験生有利な東大受験」を感じてしまうのは、(田舎出身の)私だけでしょうか。

まず図3-1を見てみると、Aは人口密度が一番多く、80年代くらいから概ね人口が停滞しています(多少、増加に転じている)。同じような推移を示しているのがCです。Aよりやや早く人口減少が始まり、90年代半ばから人口が増加に転じています。特に注目すべきは、その増加のペースが速いことです。人口減少が早期だった、(現時点で)人口が一番疎で、人口が急速に増加している、などの理由からCが最も都心に近い場所だというのが分かります。
Cに戻ります。人口が最も密ですが、その分かつての減少スピードが速いことなどから、Cは23区の周辺あたりだとイメージできれば良いでしょう。今はあまり見られなくなりましたが、かつて東京には非常に多くの中小工場がありました。しかし産業構造の変化(高度化、もしくはサービス経済化)などから衰退し、それに伴って人口も減りました。ちなみに、この中小工場というのは、本問で言うところの「生産工程」に該当します。
最後にBに着目してみましょう。Bは1950年頃はほとんど人がいませんでしたが、それからずっと人口が増え続けています。つまり、東京の中でも振興の住宅開発地域だということをイメージできれば良いでしょう。

では、これを踏まえて、図3-2を見てみましょう。アは管理的職業や事務の比率が相対的に高く、生産工程等の比率が相対的に低い。また、事務の比率が常住地に比べて従業地の方が高いです。つまり、住むところというより、働くところだということです。これらの特徴からアは中枢管理機能の集積が見られ、昼夜間人口比率の高い都心だと考えられます。つまりCのグラフですね。
イは生産工程等が1965年から2010年にかけて激減しています。しかし、この特徴はウも同じです。ということで、比較しながら特定する必要があります。
イとウはどちらも似たような特徴がありますが、違うのは「管理的職業」がウの方がやや高いこと、「生産工程」がイの方が高いことでしょうか。また、今回注目してもらうと良かったのは「常住地」と「従業地」の比較でした。イと比べてウの方が、「事務」の割合が「常住地」で高く「従業地」で低くなっています。つまり、ウは働くところというより住むところという側面が強いわけですね。
以上のことなどから、イの方が周辺地であるAのグラフに該当して、ウがBのグラフに該当すると判断できるでしょう。

設問(2)

都心周辺部と都心で1960~70年代にかけて急速に人口密度が低下している理由をそれぞれ答える問題です。
都心はドーナツ化現象の典型問題ですが、都心周辺部の中小工業が集積している地域での人口密度の低下は当時の状況を考えると分かりやすかったでしょう。

1960年代頃の東京では、工業地帯に人口が密集するにつれて、地価の高騰や工業用水の不足などの工場操業をめぐる問題が顕在化しました。特に工場からの排水・排煙に起因した環境汚染が社会問題化し、1971 年には公害防止関係法が制定されて工場の過度な集積や拡張などが規制されました。また、他地域の工業誘致も見られ、北関東の内陸部などの郊外に移転する工場も出てきました。北関東の内陸部は安価で広い工業用地の取得が容易で、高速道路によるトラック輸送の利便性が高いことから工場移転が進みました。以上から、Aに関しては中小工場が多かったが、公害や他地域の誘致政策で工場移転が進み人口が減少したと述べれば良いでしょう。

Cは、1960年代の高度成長期に地価の高騰や居住環境の悪化によって都心の人口が郊外へ流出したことを簡潔に述べればよいでしょう。

設問(3)

都心で1990年代に人口密度が上昇している理由を答える問題です。これも都心回帰の典型問題でした。
都心回帰を説明すると、1990年代初頭にバブル景気が崩壊し、都心の地価が下落し始めます。その後、新たなマンション供給が増加し、以前より安い地価に食いついて再び都心に居住する人が増加し、都心回帰と呼ばれるようになりました。
1行にまとめるのはわりと難しいので簡潔な表現を心がけましょう。

答案比較

設問(2)

Aさん
Aではこの都市の主要産業だった中小企業が衰退し、工場労働者が減少したため。Cは都心部であり、管理的業務のオフィスが集積したことで住環境が悪化し、住民が流出したため。

Bさん
Aでは労働集約型の工場の移転で雇用が減少し、都心に位置するCでは地価の高騰により宅地開発の進む郊外への転出者が増えたため。

AさんはAの説明で「この都市」と言っていますが大都市の3つの区域の一つで中小工業が盛んであっただけで都市全体の主要産業ではありません。また「中小企業」は産業ではないので気をつけましょう。Cの説明は都心部でオフィスが集積したせいで住環境が悪化したとありますが、因果関係は薄いので、公害問題などを言うか単純に住環境が悪化したことだけを独立して述べた方が良いでしょう。
Bさんは簡潔にまとめられていて良い答案でしたが、やはり公害問題や住環境の悪化なども述べたいところでした。

設問(3)

Aさん
地下の下落に伴って再開発が進み人口が流入したから。

Bさん
バブル崩壊後に地価が下落して、住宅の供給が増えたから。

Aさんは必要な要素が簡潔にまとめられていて良かったです。
Bさんも住宅の供給が増えたことに言及できていて良かったのですが、再開発まで盛り込めたらより良かったでしょう。

設問B

設問(1)

1950~2010年の6つのデータの推移を表したA~Fの記号に①~⑥の指標を当てはめる問題です。
さて、このような問題の場合、様々なアプローチができます。まずは、シンプルで一般的な解法から。

シンプルで一般的な解法

①東京都の都心の人口の判定は、何度も出てきますが都心回帰がポイントです。1995年ごろから上昇に転じているBに該当します。
②東京都の多摩市は 1970年代のニュータウン開発時期に急上昇するのでEに該当します。
③北海道の夕張市は石炭採掘の町として有名でした。ですが、エネルギーの中心が石炭から原油に変化していくエネルギー革命の進展(1960年代)、海外からの安価な石炭の輸入などの影響により、石炭採掘業が衰退していきました。よって1960年代から 1970 年代にかけて低下しているDに該当します。
④全国の高齢者率はじわじわと上昇して現在も高齢化は進んでいるので1980年代後半から持続して高いAに該当します。
⑤完全失業率は景気に影響を受けるため上下変動が激しくなります。上下変動が激しく、特に1990年代のバブル崩壊期に急上昇しているFに該当します。
⑥1市区町村当たりの人口は、合併すると大きくなります。1950年代は昭和の大合併、2000年代は平成の大合併が行われたので、その時期に上昇しているCに該当します。

グラフの特徴に注目した解法

次に、グラフの特徴に注目した解法をしてみましょう。

例えば、Fのグラフを見てください。グラフが頻繁に乱高下しています。このようにアップダウンが激しくなる指標は限られます。例えば日本の人口とか、高齢者率がこのように乱高下するはずがありませんよね。さて、①~⑥の中で乱高下してもおかしくないものを選ぶと、⑤しかありません。ちょっとテクニカルな解法ですが、これでも当てられます。
なお、Fのグラフ(日本の失業率)がアップダウンしながらも、概ね上昇傾向を示していて、特に90年代以降に急増しています。これが、日本の景気状況と同じような推移をしていることも付記しておきましょう。

次に、A、C、Dのグラフを見てください。
この3つのグラフは、一度も「極値」を取っていません。つまり、単調増加か単調減少のグラフです。これも非常に特徴的です。(細かいことを言うと、Dは1960年以降に単調減少です)
日本の人口は、今でこそ減少に転じていますが、初めて減少に転じたのは2008年です。つまり、2008年まではずっと増加していました。これを踏まえると、この3つが検討できます。
①~⑥の中で、単調増加や単調減少をしそうなものを探すと、③夕張市の人口(減少)、④高齢者率(増加)、⑤1市区町村あたりの人口(増加)です。

夕張市は炭鉱で栄えましたが、石炭から石油へエネルギー源が移行するにつれ、人口が減り続けてしまいます。2006年にはなんと財政破綻してしまったことで有名です。これがDのグラフの特徴と一致しています。
高齢者率に関しては、1億人規模の人口が徐々に推移するため、Aのグラフのように滑らかな曲線を描くだろうと予想できます。
最後に、Cのグラフですが、なめらかに推移したあと、2000年頃を境目に折れ曲がって増加しています。これが平成の大合併によるものだとわかれば⑥だと判断できます。このように突然折れ曲がるグラフというのは「変」です。何か特別な事情がないと、このようなことは起きません。「裏に何かあるな」と勘繰れると良いでしょう。
また、もう一つポイントを言うとするなら、⑥の指標は「分母」と「分子」に分けて考えることです。今回、分子は人口ですが、分母は市区町村数ですね。普通は分母が一定(市区町村数は変化しないのが普通)ですが、平成の大合併で突然分母が急減してしまうわけです。そのせいで折れ曲がっているということです。
何か指標を見るときには、分母と分子に分けて検討するというのは、基本中の基本です。必ず身につけましょう。

さて、あとはBのグラフに関していうと、設問AのCのグラフと同じような推移をたどっていることから、①だと判断できます。Eのグラフは基本的に増加していますが、90年あたりで高止まりしています。これが多摩地区の人口推移です。

設問(2)

1950~60年と2000~10年の時期にC(一市区町村あたりの人口)の値が急上昇している理由を答える問題です。さきほど書いたように、平成の大合併が原因です。

「大合併」には昭和と平成があります。2つの大合併によって市区町村数が大幅に減ったことで市区町村あたりの人口は急激に増えてしまいます。ちなみに、昭和の大合併は1953年の町村合併促進法によって進められ、行政事務の効率的な処理を目的とされました。平成の大合併は2002年の地方自治法の改正や、2004年の市町村の合併の特例に関する法律の一部改正により進められ、行政基盤の強化を目的とされたようです。
市区町村の大合併は頻出のテーマなのでよく復習しといてください。

答案比較

設問(2)

Aさん
市町村合併が進められて人口は変わらず市町村数が減ったから。

Bさん
国策で市区町村の合併が進んだため。

Aさんは人口の変化よりも市町村数の減少が大きく急激にCの値が増加したことを正確に答えようとしていますが、人口は変わらずと言ってしまうと事実誤認になってしまいますし、字数も厳しいのであえて述べない方が良かったでしょう。
Bさんは簡潔に表していますが、市区町村数の減少まで言及した方が良かったでしょう。

設問C

設問(1)

大阪大都市圏では大阪市外からの大阪市への通勤者が多いのに名古屋大都市圏では名古屋市内からの通勤者が多い理由を「中枢管理機能」「住宅地開発」を使って答える問題です。

一般的に、中枢管理機能の集積度は就業者総数や都市圏の広さに影響します。表を比較してみると、各中心都市の常住人口はあまり変わらないが就業者総数は大阪市の方が大幅に多いうえに面積も名古屋市の3分の2ほどしかないことが分かります。つまり、名古屋市よりも狭い面積に就業者が密集し、それだけ都市圏が広く、中枢管理機能も集中しているということが考えられます。
さらに、都市圏が広がるためには通勤者の移動手段である鉄道網や自動車道などの交通整備が進み、沿線での住宅地開発が進み大阪市外のベッドタウン化が進んでいったと考えられます。

面積のデータがサラッと書かれているのに注目できるかどうかも問われている問題でした。東大地理では、表の中だけではなくて、注釈などを含めた細かい部分に決定的なヒントが隠されていることが多いです。注意しましょう。

設問(2)

東京都23区と大阪市からそれぞれ離れたA町とB市の通勤者数の変化から郊外住宅地化とその後の変化について説明する問題です。
これもドーナツ化現象や都心回帰などの典型的な知識でだいたいの答案の流れは作れます。
1985~95年までの間に郊外地域である2つの地域に人口が流入したのは設問A,Bで説明したように地価の高騰や住環境の悪化からドーナツ化現象が起こって都心から遠く「地価」の安い「距離帯」で宅地開発が進んだからだと考えられます。1995~2005年にはバブル崩壊後の再開発により都心回帰が起こり、「団塊世代」の子供である若年層はこぞって都心に流入したうえに、都心からの人口流入は途絶え、それまでの通勤者であった「団塊世代」の人々も徐々に定年退職を迎え、郊外地域から都心への通勤者数は減少していくわけです。

答案比較

設問(1)

Aさん
大阪市と名古屋市は中枢管理機関の集積度に差があり集積度が高い程、郊外で住宅地開発が行われるため構成比に違いがある。

Bさん
大阪市は名古屋市よりも市域が狭く、中枢管理機能がより集積していて、郊外の住宅地開発や交通開発が進み広域通勤者が多いため。

Aさんはまず「中枢管理機能」を中枢管理機関としているので減点されてしまうでしょう。また、わざわざ表に面積を表示していることから出題意図を汲み取ると、面積の小ささは必ず言及して欲しいところでした。文末は「構成比に違いがある」とだけ書くと、違いが生じた理由は何なのかという問いからズレてしまいます。

Bさんは要素をまとめられていて良かったのですが、最後の「広域通勤者」は造語っぽいので「広域からの通勤者」と言葉を添えるとより良かったでしょう。

設問(2)

Aさん
バブル経済期の地価高騰により都市部へ通勤できる距離帯の郊外が宅地として開発された。その後、バブル経済が崩壊すると人口流入者と団塊時代の子供が減少し、人口が減少し始めている。

Bさん
バブル期に地価が高騰し、現役世代である団塊世代の間で地価が低い距離帯への転出が進んだが、バブル崩壊で地価が下落し流入が止まり、団塊世代が定年に達したため郊外からの通勤者は減少した。

Aさんは前半は簡潔にまとまっていて良かったのですが、前半と後半の接続詞に「その後、」と書くのはバブル経済期とその崩壊後について述べているの書かなくても分かります。また、「人口流入者が減少」は「流入する人口の減少」とした方が日本語として自然です。「団塊時代」も用語を間違っています。(正しくは「団塊世代」です。)これは減点対象になるでしょう。
文末も「減少し、人口が減少し始めている。」と減少していることを2回言っていてくどいですし、「減少し始めている」と現在形のような形で書いてしまうと時間的に違和感があります。文章構成を見直して人口流入が減った理由などを詳しく書けたらより良かったでしょう。

Bさんは要素はある程度書けているのですが、どこの地価が上下したのか、どこから転出・流入したのかが分かりにくいです。また、最初の「現役世代である」という部分はバブル期に働いていた人が団塊世代であることを示そうとしたのでしょうがこれも分かりにくいうえにわざわざ書かなくても分かるのでカットした方が良かったです。要素が捉えられているので表現を少し変えると分かりやすい良い答案になったでしょう。


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