日本史8月②

こんにちは、スタッフAです。
今回は、普段より知識が求められる1996年第2問、2011年第2問を扱いました。
授業で学んだことや問題に関連することをまとめています。

管領 将軍の補佐・政務。足利氏一門の三管領が交代で就任。
侍所 京都内外の警備・刑事裁判。長官は「所司」。四職が交代で就任。
四職 侍所の所司に任じられる主な四家。京極、山名、一色、赤松。

今川貞世 1371年九州探題となる。1395年駿河守護。1400年義満に追討される。

堀越公方 8代将軍義政の弟政知が、鎌倉に入ることができず、伊豆の堀越に留まったためそう呼ばれた。
古河公方 足利利持氏が、武蔵の分倍河原の戦いで上杉を討ち破った後、上杉家と親戚であった駿河の今川によって鎌倉が占拠され下総の古河御所を本拠地としたことからそう呼ばれた。

九州探題 九州の守護大名統制と南朝勢力討伐を任務とした。鎮西探題ともいう。

足利義満の守護に対する施策
1390 土岐康行の乱 美濃・尾張・伊勢の守護、土岐一族を討伐
1391 明徳の乱 西国11カ国の守護、六分一衆の山名氏清を討伐
1399 応永の乱 周防・長門などの守護、大内義弘を討伐

鎌倉時代の守護
大犯三ヵ乗にある軍事警察権のみ。

守護から守護大名へ
半済令・守護請で荘園・公領の権利を得る→それを地方武士に分与→主従関係発生→国衙機能も吸収して領主となり守護は守護大名に→守護領国制

1996年第2問B
「室町時代の守護が直面した地方の武士のあり方と,それに対応して戦国大名が支配権を確立するためにうちだした施策について,5行以内で説明せよ。」について
「地方の武士のあり方」は、資料2などからは読み取りづらいが、「それに対応して」を端緒に、戦国大名の施策が行われた理由として結びつけて考えると良さそうでした。

今回は、自分の知識が足らず、他人の指摘を受けられるレベルの答案を作成することができませんでした。これからは、授業内で扱った用語や出来事を調べて、記事内にまとめていきたいと思います。

参考『日本史B用語集』(山川出版社) 

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