日本史10月②2017年第3問、2012年第3問、1994年第4問、1997年第4問、1994年第4問

こんにちは、スタッフAです。
今回は、2017年第3問、2012年第3問、1994年第4問、1997年第4問、1994年第4問を扱いました。
以下、学んだことを整理しています。

2017年第3問
「家」の取扱い
この問題では、建物や家庭ではなく家督のことを指していると考えられる。
入試での前提事実 女性は軽視され、税金は重く農民は苦み、天皇が褒められることはない。
東大入試の近世(第3問)は、一揆、打ちこわし、騒動、貨幣経済が好き。

2012年第3問
村ごとの休日を定めた理由を答える問題。
実用性・合理性と秩序で考えが分かれた。

現代であれば経済活動として奨励される「遊び」は、米納の時代は否定される。

1994年第4問
大久保利通は、当時覇権を握っていたイギリスに憧れや理想を抱いたと同時に、日本との類似点を多く見出した。
イギリスの立憲君主体制の特徴と類似している概念を、日本の歴史の中から一つ一つ見つけて、日本式の立憲君主体制(君民共治)を実現しようとした。
但し、大日本帝国憲法の作成過程では、イギリスを真似したとは言い切れない。(大久保の話題からそれるが)
イギリスは憲法典(成文化した憲法)が存在しないため、大日本帝国憲法の作成の模範にするには複雑すぎたため、真似できなかった。
(厳密には、イギリス憲法の中には成文化されたものは存在するが、効力はない。「統一的憲法典はない」という言い方をする。)

2000第3問
不平等条約は、最恵国待遇なのですべての国との間で撤回しなければならない。
「欧米との戦争は避けたかった」という答案あったが、「列強」くらいがよい。山芋を入れるようにふわっとさせよう。当時の英ロはとても強い。フランスは遠いし、アメリカはそんなに強くない。「欧米」と書くのは、避けたい。

神奈川港の開港で、民衆の生活は圧迫されるのか。
貿易→生糸の輸出、織物の輸入
・物価高騰、生糸の不足
・国内の機織・紡績業の衰退
・江戸地回り経済圏で在郷商人の台頭
・金の流出

1997年第4問、
資料(1)の2文目の取扱いが難しい。「外国人に屈したように見える。~~~決定ができなかった」をどのように使用するか。
→これにより掲示が行われず、資料(2)のように手渡しが行われたのか?という意見があった。

五箇条の御誓文は、過去の天皇に対し誓っている。とても重要なものだが、受験では「幕府を踏襲した」などとし、貶めなければいけない。

今回は、事前に3問、当日に時間制限付きで2問解きました。
次回からは近代を中心に扱います。

 

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