2023年東大地理(第1問A)入試問題の解答(答案例)・解説

人間活動の歴史と環境変異にフォーカスをあてた問題です。

いきなり「人新世」なる見慣れぬ言葉を挙げて、受験生を動揺させようとする手口(笑)は、東京大学の地理作問担当者の常ですから、過去問探究をしっかりして来たなら冷静に対処できたことでしょう。
2022年度入試の1Aでも「人獣共通感染症」なる概念がドドーンと冒頭で提示され面食らった受験生もいたようですが、そういう時は、

  • 見たことがない問題が出されたらチャンスだと思え!必ず解けるようにできている!
  • 頭が真っ白になったら、一旦とばして、後から戻って考え直せ!

の2点を瞬時に実践できるように日頃からシミュレーションをしていきましょう。

さて、今年度の1Aは、世界史選択者が若干有利だったかもしれません。
大航海時代や植民地支配、産業革命や核兵器史については近現代史でさんざんやらされる内容だからです。
とはいえ、細かな年号が問われているわけではないのですから、これくらいは常識的に知っておくべきことだと言えましょう。
2022年4月から地理総合、2023年度4月から地理探究という科目が新設されますが、古い教科書をお使いの方は、ぜひ最新版を教科書販売所でご購入ください。
その理由は、以下のページでもご案内しておりますので併せてご参照ください。

(参照)
地理をめぐる入試制度改革について https://exam-strategy.jp/archives/12028
東大地理対策No.1はどれだ?教科書最強王座決定戦 https://exam-strategy.jp/archives/11029

 

さて、本問のテーマとなった「人新世」なる概念は、大気化学者のPaul Crutzen博士が発案し、生物学者のEugen Stoermer博士と共同して論文発表したものです。人新世は英語でanthropoceneと言い、以下のサイトでは詳細をご覧いただくこともできます。

https://www.anthropocene.info/great-acceleration.php

前置きが長くなりましたので、各設問にうつって考察を深めたいと思います。

設問(1)

(問題文)
人新世の開始時期を16世紀とする意見は, それまで別の地域に分かれて分布していた動物や植物が, この時期に全地球的に広がったことが, 湖の堆積物や遺跡の記録から明らかになったことに基づいている。 どのような動物や植物が, どのような過程で全地球的に広がったのか。 具体的な動物と植物の例を1つずつあげて, 2行以内で述べよ。

世界史選択者であれば「16世紀」と目にした瞬間、大航海時代を連想できるはずです。
では、日本史・地理選択者は解けないのかというと、そうでもありません。
2023年度入試を受験された多くの受験生が所持しているであろう2022年度の教科書や資料集における記述をみてみると

とうもろこし  原産地は中央・南アメリカでヨーロッパやアジアには大航海時代以降に伝わり・・

(2022年帝国書院地理B教科書p107)

アンデス地方が原産のじゃがいもは、16世紀にヨーロッパへもち込まれ、現在ではドイツなどの主食になっている。

(2022年帝国書院地理B教科書p202〜p203)

私たちが日ごろから食べているじゃがいもやトマト、とうもろこしはラテンアメリカが原産で、航海技術が発達した大航海時代以降に世界各地へ伝わった。

(2022年帝国書院『世界の諸地域NOW』p157)

ラテンアメリカでは、大土地所有制がスペインやポルトガルからもち込まれ、農業と社会の基盤になった。・・・・大土地所有制を基盤として、さとうきびやコーヒーを大農園で栽培したり、牛を大牧場で粗放的に飼育したりするという農牧業の伝統が形成された。

(2022年帝国書院地理B教科書p311)

のような記述が確認できます。
植物については、トウモロコシやジャガイモなど比較的記述が多いですが、牛や羊などが大航海時代以降に全地球的に広がったという明瞭な記述は少ないので、ここで悩んだ受験生はいたかもしれません。
動物が世界に広がったということは、世界各地に現在広く存在している動物、商業的に飼育されている動物は何だろうか?と思考を巡らし、牛を連想できると良かったでしょう。

(解答例)

大航海時代以降西欧人の世界進出が加速する中、新大陸に牛等の家畜を持ち込み、新大陸原産のジャガイモ等を世界中に伝播させた。(60字)

設問(2)

(問題文)
人新世の最初の提案は, その開始時期を18世紀後半とするものだった。 しかし, この案はその証拠が全地球的に同時期に起こったわけではないことから, 候補からはずされている。 開始時期を18世紀後半とする意見は, どのような人間活動と証拠に基づくものであったのか。 2行以内で述べよ。

本問も、18世紀後半という記述から産業革命を連想して欲しかったところです。
リード文で記述されているように、「人間活動が, 地球に対し地層にも残るような広範なインパクトを与えている」ような出来事を思い起こせばよく、さらには、第1問のテーマが「人間活動と地球環境」であり、設問Bのリード文では「地球温暖化や大気汚染などの環境問題への人間活動による影響」と例示されていることから、出題者が何を受験生に求めているのか予測することもできたはずです。
私なら、地球全体でいま問題になっている環境問題を列挙してみます。
たとえば、地球温暖化、大気汚染、汚染物質の越境移動、海洋汚染などでしょうか。
このうち、18世紀後半あたりでこれらに影響を与える大規模なことが起きていないか考えてみると答えが絞れてきそうです。教科書を確認すると、

産業革命以後、先進国を中心に工業が発展し、生活水準が向上した結果、石油や石炭などの化石燃料の消費量が飛躍的に伸び、二酸化炭素の排出量が増加した。

(2022年二宮書店地理B教科書p82)

産業革命以来、人類は大量に化石燃料をし続けてきたことで20世紀中ごろから、大気中の二酸化炭素濃度が急速に上昇した。これにより、地球温暖化が引き起こされたと考えられている。

(2022年帝国書院地理B教科書p84)

といった具合に、バッチリ書かれていますね! ただ、気をつけなくてはいけないこととして、本問では、

  • どのような人間活動
  • (どのような) 証拠

という2点が要求されています。
①については書けている受験生も多かったですが、②の「証拠」という点についてはスルーされた受験生も多かったのではないでしょうか。
ですが、設問Aのリード文をご覧いただければ、

「地層に残された地球規模の変化の証拠」
「地層にも残るような広範なインパクト」
「全地球的な証拠が地層中に残されることが必要であることに留意して」

といった具合に、これでもかと注意喚起をしてくださっています。
この部分を無視して、単に産業革命の発展で二酸化炭素濃度が上がったからと書くのでは問いにちゃんと答えていないと言わざるを得ません。これを踏まえて以下の答案例をご覧ください。

なお、極氷中の大気組成分析については、こちらの論文を参考にして書いています。
しかし、極氷は地層なのかという疑問が残ります。これについては、はっきりとしたことはわかりませんが、以下の理由から答案例として作成いたしました。
極氷とは厚みが一定以上ある海氷のことであり、海氷とは海水が凍ったものです。陸の上であっても海水が凍れば海氷になり、厚みを持てば極氷です。そこで、地層と言えるのではないかと捉えています。

しかしながら、極氷についてを受験生が当日書くことは難しいため、化石燃料を燃焼したときに排出される二酸化炭素濃度などを書くことになると思われます。

(解答例)

産業革命以降、化石燃料が大量消費され二酸化炭素濃度が上昇したことを極氷に閉じ込められた大気組成分析に基づき発表された。(59字)

極氷中の大気組成分析に基づき産業革命以降、化石燃料が大量消費され二酸化炭素濃度が上昇した事実が判明したことを根拠とした。(60字)

 

なお、以下の図もぜひご参照ください。

Steffen, W., et al. (2011). “The Anthropocene: conceptual and historical perspectives.” Philosophical Transactions of the Royal Society A: Mathematical, Physical and Engineering Sciences 369(1938): 842-867. 東京都市大学大塚先生のHP  http://www.comm.tcu.ac.jp/otsukalab/lb/anthropocene.html

設問(3)

(問題文) 人新世の開始時期について検討した地質学者のグループは, 放射性物質のピークが地層中に認められることから, 開始時期を1950年代とする提案をまとめた。 1950年代に放射性物質のピークが現れる理由を, 1行で述べよ。

本問は、小・中学生でも解けるサービス問題です。
小学校の社会科教科書にも載っている第五福竜丸事件のことや、1945年の広島・長崎原爆投下の話を思い出せれば、解答の方向性は見えてくるはずです。
1950年代と言えば、米ソの冷戦真っ只中で、両者が行なった核実験で拡散した放射性物質が残っているかどうかが現在焦点となっています。
人新世の基準値として、大分県の別府湾などが提唱されています。その理由として、別府湾は湾口が水深50mではありますが、湾の奥には水深70mとさらに深い場所があり、その海底は無酸素状態で底生生物が成育しにくい環境であるため、堆積物が崩れることなく降り積もるそうです。
そのため、人新世の調査地として世界的に有力となっているとのこと。

以上をまとめれば、

(解答例)

米ソによる核実験や核爆発で世界中に放射性物質が拡散したから。(30字)

ちなみに、東京大学の横山 祐典教授は、上述した別府湾の堆積物を解析し、米国や旧ソ連の核実験で拡散した放射性物質を検出したことが2022年夏に大きく報道されました。
「旬」な話題が好きなことで有名な東大地理ではありますが、昨年度のスマートシティに引き続いて、時事ネタを投入してきたことになります。
受験生は情報収集のアンテナを高く張って、地理的思考を駆使してニュースを解析する学習習慣をつけましょう。

設問(4)

 図1-1のA〜Cは, 人新世の地層に残る可能性のある, 人間が作った物質の, 積算生産量を示したグラフである。 いずれも1950年以降急激に増加していることが分かる。 3つは以下のどれか, A- ○のように答えよ。

                               アルミニウム        コンクリート           プラスティック

   ⚠︎ 図表は東京大学のホームページや東進過去問サイトなどでご確認ください

(解答例)

Aーアルミニウム  Bーコンクリート  Cープラスティック

本問は客観式問題ですから、出来れば取りにいきたいとことですが、近年の東大地理客観式は必ずしもサービス問題ばかりではありませんので、間違えたとしても落ち込む必要はありません。
ただ、図表が出されたら、まず、縦軸と横軸が何を表すか考察せねばなりません。
縦軸が重さで、横軸が年度となっています。ぶっ飛んだ数字に着目するのが大原則ですから、Bの縦軸目盛りが4桁になっていることから、重量物のコンクリートがBだと判断できそうです。
次に、アルミニウムとプラスティックではありますが、アルミニウム(1円玉の原材料)が軽いということに気づけたなら、Aがアルミニウムと特定できるのではないでしょうか。
もっとエレガントな解法があるかもしれませんが、私が受験生ならこの程度の考察でさっさと終わらせて次の問題にいくと思います。

いよいよ、ラストです。

設問(5)

(4) の物質は, いずれも経済活動の加速によって1950年以降生産が急激に増加した。 このうち, プラスティックの生産の増加がひきおこした環境問題を2行以内で述べよ。

これは、サービス問題です。
近年話題のSDGsでも大々的に取り上げられているマイクロプラスチックによる海洋汚染の問題などが瞬時に想起できなければいけません。
市販の参考書の中には情報が更新されていないものも多々ありますので、必ず、最新の教科書と資料集で情報収集に努めるようにしましょう。

たとえば、2023年4月に発売される最新の地理探究教科書では

毎年約800万トンのプラスチックゴミが、海に流出している。自然分解されず、細かく砕けて微細なマイクロプラスチックになる。魚や鳥が食べて、さらに食物連鎖で広がることから、生態系への影響が心配される。

(2023年二宮書店地理探究教科書p6)

近年はプラスチックごみによる海洋汚染が深刻化している。陸から海に排出されたプラスチックごみは、海流によって世界中に拡散する。特に、マイクロプラスチックとよばれる微小粒子は、摂食を通し体内に蓄積し、さらに食物連鎖で広がることから、生態系への影響が懸念されている。

(2023年二宮書店地理探究教科書p67)

と記載されています。
さらには、プラスチックは石油製品ですから、燃やせば二酸化炭素が多く大気中に排出され、地球温暖化を促すことにもなってしまいます。
このあたりをまとめれば答案骨格が出来上がると思います。

(解答例)

燃焼時に地球温暖化の原因となるCO2を排出する他、自然分解されないため食物連鎖の中で海洋生態系に悪影響を与えている。(58字)

いかがでしたでしょうか。長くなりましたが、皆様の学習の一助になれましたら幸いです。
なお、6月ごろに作問担当の東大教授が講評を発表しますので、確認の上、敬天塾のホームページですぐにご紹介いたします。
ぜひ、ブックマークなどをお願いいたします。

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上記の地理の記事は敬天塾の塾長とおかべぇ先生が執筆しています。
おかべえ先生は、東大地理で60点中59点を取得した先生です!
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