2025年東大国語 第4問 佐多稲子「狭い庭」 解答(答案例)・解説

歴代でも最も簡単なレベルの第1問と、歴代最高難度の第4問が同時に出題されました。
難しさの原因は、その出題形式にあります。
まず題材が小説であること。小説なのだから、当然「心情説明」の問題が出ます。(ちなみに、21世紀になって初めて小説から出題されました。)
登場人物の心情に関する記述はいくつかあるものの、問いにバシっと答えられるような場所はありません。つまり行間を補って書かなければならない。
そして、設問三では「ここからどのようなことがうかがわれるか、これまでの経緯を踏まえて説明せよ」という、非常に珍しい問われ方。これもどう答えてよいか悩ましい。

さあ、この難問をどう解くのか。
一定の方針を示していこうと思います。

なお、毎回書いていますが、現代文は回答者によって解釈のブレ、答案の表現のブレなどが激しい科目であるため、賛否両論が発生することは承知していますし、闊達な議論を奨励しています。
お気づきの点がありましたら、遠慮なくコメントをお願いします。

敬天塾作成の答案例

敬天塾の答案例だけ見たいという方もいるでしょうから、はじめに掲載しておきます。
受験生の学習はもちろん、先生方の授業にお役に立てるのであれば、どうぞお使いください。
断りなしに授業時にコピペして生徒に配布するなども許可していますが、その際「敬天塾の答案である」ということを必ず明記していただくようお願いします。
ただし、無断で転売することは禁止しております。何卒ご了承ください。

【平井基之のサンプル答案】

設問(一)
背の高い木を植える高額な仕事を別の植木屋に頼んだことを伊志野が知ったら、安くて小さい苗木を何度も売買して交流を重ねてきた伊志野の好意を無下にしたと思われかねないから。

【オマケ:初見一発書き答案】
普段から懇意にしている植木屋の伊志野に仕事を頼まず、付き合いのない本職の植木屋に高額な仕事を頼んだことを伊志野が知ったら、裏切られたような気持ちにさせかねないから

設問(二)
【解答例1:伊志野への不満】
しげのは、伊志野に引け目を感じる順吉の気持ちには共感できず、あくまで背の高い木を注文しても持ってこない伊志野が悪いのだと不満を募らせているから。

【解答例2:順吉への慰め】
背の高い木を注文しても持ってこない苗木屋が悪く、代わりに別の植木屋に仕事を頼むのは当然だとして、苗木屋を思って気に病む順吉を慰めようとしているから。

設問(三)
解答例1:長い時間が過ぎ去ったことになぞらえている

檜葉が著しく生長することになぞらえて、檜葉を見るたびに順吉夫婦を訪れなくなった伊志野を思い出す日々が長く続いたことを暗示している。

解答例2:伊志野の存在感
発言通りに檜葉が高く伸びたことで伊志野の仕事への誠実さが確かめられたばかりでなく、檜葉の生長と共に、順吉の心の中における伊志野へのうしろめたさや罪悪感が増したということ。

設問(四)
仕事でミスをするほど高齢になっても仕事を辞めない順吉が、檜葉が高く育つことを的中させ、引き際では潔く去った伊志野のことを思い出しながら、共感と憧れとを混同させた感情を抱いている。

※多少、字数が多めの答案になっていますが、短くまとめきれない私の力量不足以外の何物でもありません。あくまで、答案サンプルの一つであり、皆さんの考察の材料となることを願って作成したものですので、寛大な心でご覧いただけると幸いです。

設問(一) 彼に気の毒なおもいをさせるような気がした

採点は5段階評価で標準を3とし、
難しいポイント1つにつき+1、
簡単なポイント1つにつき-1としています。
「傍線部の構造」は答案骨格の作りにくさです。
「表現力」は自分の言葉に言い換える難しさです。

問いは?

まず、問いを確認しましょう。
問われているのは、傍線部に対し「それはなぜか」です。ということは理由説明の問題です。

しかしながら、傍線部の中身を見てみると「彼に気の毒なおもいをさせるような気がした」とあります。ということは「なぜ〇〇な心情になったのか」という問題。
これは厳密には心情説明の問題ではないけれど、ほとんど心情説明です。心情説明というより、心理の説明といった方が良いでしょうか。
いずれにしろ、登場人物の心情をよく理解しないといけないでしょう。

まずは文法的に

ではいつも通り、まずは文法的に攻めましょう。
傍線部の直前に「伊志野剛直を思い出して、」とあります。ということは、傍線部の「彼」の正体は伊志野であり、伊志野に対して気の毒なおもいをさせるような気がしたのです。
そして傍線部の直後には、「三千円といえば・・・」とあり、伊志野に支払った分の倍額を植木屋に支払うことが書かれています。ここから、伊志野に払った金額が小さいことを気にしていることが分かります。

しかし、このように傍線部の前後のみを見ただけで判断できないのが小説の難しいところ。
人間の心理というのは、その瞬間だけで決まるものではありません。過去の出来事や人間関係などの蓄積によって、非常に影響を受けます。
ということで、これまでの経緯を確認していきましょう。

傍線部アまでのいきさつ

別に難しい文章ではないので、ポイントだけかいつまんで。

順吉夫婦のところに伊志野が来訪。順吉たちは目かくし用にと思ったのに、伊志野は「すぐ大きくなるから」と小さな苗木を安く売ります。
こういうやり取りがしばらく続いたあと、妻のしげのは「大きい樹を持ってきてくれ」と要求しますが、伊志野は悲しい表情を浮かべます。そして次の来訪で持ってくるのは小さい苗木ばかり。そうして庭が苗木ばかりになりました。
なお、伊志野はお茶をもらったり、そうめんをもらったりと、かなり居心地よく過ごしますし、しげのも愛想よく接しています。

ところが、順吉夫婦はやっぱり背の高い木が欲しい。
ということで、伊志野ではなく、本職の植木屋に頼んで、高い木を植えてもらうことになりました。

植木屋と伊志野

さて、なぜ伊志野が気の毒なおもいをするのでしょう。

まず伊志野は、「すぐに大きくなるから」と小さくて安い苗木ばかり持ってきました。(2つの意味で)高い商品を求められても、持って来ずにあくまで順吉たちには高い金額を払わせませんでした。加えて、何度も訪問しては、商売以上のやり取り(食事など)があって心を許しています。当然、順吉夫婦と仲良くなっています。

一方、本職の植木屋は別に順吉たちと人間関係があったわけではないのに、請け負った仕事は高額です。しかも、背の高い木を植えています。

伊志野VS植木屋 という構図で情報を整理してみると、
安い苗木 VS 高額な樹木
小さい苗木を育てる VS 背の高い木を植える
仲良し VS 初めまして

と、真逆なことが分かります。

そして重要なのは、この時、植木屋はただ順吉たちの発注を受けただけ。発注したのは順吉たちだということです。
順吉たちは、伊志野が安くて小さい苗木しか売らないし、そのうち大きくなればよいという考えを持っていること、そして心を許して交流を持ったことで、伊志野の考えや方針に賛同したかのような態度をとっていたにも関わらず、植木屋に発注をする。しかも伊志野の意向とは真逆の内容。

これが伊志野を騙していたとか、伊志野を裏切った、という具体的な内容です。こうして裏切ってしまったといううしろめたさが、順吉を大きく苦しめているのです。
※厳密にいうと、傍線部アの時点では伊志野にバレていませんが、バレる前も後も、伊志野に抱く心情は変わりないと判断しました。

本文中にも何度も登場

なお、この「裏切り」というキーワードは何度も本文中に登場しています。

傍線部アの時点では「裏切り」とは書かれてません。まだ「気の毒」という抽象的な表現にとどまっています。しかし、

「伊志野に対して、いささかの裏切りをしたような、自分を責めるおもいさえ彼は感じていた」
「本職の植木屋を入れたとき、彼を裏切るような、うしろめたさを感じた。」
「あの苗木屋に対する自分の裏切りと」

と、読み進めると何度も「裏切り」と表現されています。他にも列挙しませんが、「引け目」もたくさん登場しますね。

このように、順吉から伊志野に抱く感情としては「裏切り」とか「引け目」であることが本文中に明記されていますので、これは解答の根拠として使いたいですね。

何を裏切ったか

これは細かい部分ではありますが、順吉は伊志野の何を裏切ったのでしょうか。
伊志野の小さい苗木を育てて育てるという意向を否定して、別の人に高い木を植えるように頼んだこと(仕事内容)でしょうか?

私は「順吉夫婦と仲良く長いお付き合いをしてきたこと」を裏切ったのが、一番なのではないかと思っています。
というのも、傍線部ウの直後辺りに

苗木屋の伊志野剛直が、この庭に、というより、順吉夫婦に親しみを寄せていたとおもう。だから、順吉が本職の苗木屋を入れたとき、彼を裏切るような、うしろめたさを感じた。

とあるからです。
このように、裏切るようなうしろめたさを感じた理由は、順吉たちに親しみを寄せていたからだと書かれています。仕事内容を裏切られたというより、信頼関係を裏切られた、というようなことでしょうか。だから順吉は引け目を感じているのです。

平井答案の解説

背の高い木を植える高額な仕事を別の植木屋に頼んだことを伊志野が知ったら、安くて小さい苗木を何度も売買して交流を重ねてきた伊志野の好意を無下にしたと思われかねないから。

・上述してきたことを簡潔にまとめた答案です。字数がかなり長くなってしまったため、削る工夫を各所に施しています。「訪問販売時」など。
・「裏切る」の内容を具体化することに注意しました。「伊志野のこれまでの好意」だと指摘しています。

 

設問(二) 「だって、あのおじさん苗木ばっかりですもの、仕方がないですよ」

問われていること

問われていることを確認すると、傍線部イに対して、「なぜそのように言ったのか、説明せよ」です。
傍線部イ自体が、しげののセリフなので、「なぜそのセリフを言ったのか」という問いです。これも心情説明の問題だと解釈して間違いないでしょう。

設問一に続いて、心情を追っていくことになります。

傍線部を見てみると

次に、傍線部を見ていきましょう。

まず傍線部を見て行くと、「だって、あのおじさん苗木ばっかりですもの、仕方がないですよ」とあります。前半部は、伊志野への不満を漏らしているような言い方ですね。
後半の「仕方がないですよ」については、「背の高い木を持ってきてほしいと、何度も伊志野にお願いしても持ってこないから、別の植木屋に仕事を奪われても仕方ない」という解釈で良いでしょう。ここまでは読み取れるのではないでしょうか。

しかし、その時のしげのの心情としては、2通りの方向性が考えられるのではないかと思っています。これが非常に大きい分かれ道。
その2方向を検討するためにも、まずはこれまでの経緯を追ってみましょう。

ココまでの経緯を簡単に

当店ここまでの経緯をおさらいしてみましょう。設問(一)に続きから。

本職の植木屋が仕事をしている最中に、伊志野が来訪してしまいます。
伊志野と本職の植木屋は対面はしなかったものの、しげのが一言を言ってしまいます。
「玄関先だけ大きな木を一本入れるんですよ。」
しげのも多少、罪悪感があったのか、本文中には「言い訳をした」と書いてありますね。

しげのより罪悪感を強く感じている順吉は、顔合わせることはできず隠れていました。伊志野が帰った後にしげのと食事中に会話を始めます。

「あの植木屋の爺さん、厭な気がしただろうねえ」
「だって、あのおじさん苗木ばっかりですもの、仕方がないですよ」

しげのの心情に関する2通りの仮説

では、先ほど書いた通り2通りの解釈の仮説を紹介してみようと思います。

仮説①「伊志野に対して不満を言っている」という解釈。
これはストレートに「背の高い木を持ってきてと、何度伊志野にお願いしても持ってこないから、別の植木屋に仕事を奪われても仕方ない」というもの。

 

仮説②「順吉への慰め」という解釈。
傍線部の直前に順吉が「あの植木屋の爺さん、厭な気がしただろうねえ」発言したのに対して、伊志野が背の高い木を持ってこないのが悪いと主張することで、順吉は悪くない、順吉が気に病む必要はないと、慰めているという解釈です。

結論としては、私は仮説①、つまりしげのから伊志野への不満だと捉えましたが、様々な方の答案例を読むと順吉への慰めだと解釈している方もいる(いや、その方が多い?)のです。しかし、私はいくつかの理由からそうは思わなかったですね。

理由①:しげのは割り切っている

まず最も重要なのは、傍線部の直前に「しげのの方は割り切ったように」とあります。
注目すべきは「割り切ったように」という部分。順吉は伊志野に対して罪悪感や引け目を感じ、モヤモヤと抱えてしまっているのですが、しげのは割り切っている。つまり引け目やうしろめたさは捨てているということなのではないでしょうか。

そしてもう一つ細かい部分に注目しましょう。
「しげのの方は割り切ったように」とあります。「方は」ということは、「順吉と違って、しげのの方は」と対比させる表現ですから、順吉とは違った心情なのが読み取れます。

もし仮説②のように、順吉への慰めだと解釈するなら、順吉の心に寄り添わないといけません。しかしこの場面では、しげのが順吉に寄り添っているような解釈は難しいと思います。

理由②:しげのは順吉に反論している

傍線部の後の会話も見てみましょう。

「また来るかね」
「もう、うちの庭も広くないもの、植えるところもないですよ」

順吉は「また来るかね」と言っていることからも、伊志野との仲がこれで終わってしまうのではないか、失望されてしまったのではないかと心配しています。
これに対し、しげのは「植えるところもないですよ」と、伊志野が来たとしても用はない、ということを伝えます。

ここからも、しげのは順吉に寄り添っていないし、慰めようとしているわけでもないと思います。
例えば、慰めるならば「きっと来ますよ」とか「また来た時のために、何を植えるか考えておきましょうか」とか、色々言えそうなものなのに、つけ放したような言い分ですよね。

理由③そもそも、しげのは、あまり気の利かない人として描かれている

そして、そもそもしげのは、本文中において、あまり良く描かれていません。
「あら、そんなに小さいの」とか平気で言ってしまいますし、本職の植木屋がいることをわざわざ伊志野に伝えてしまってます。しかも「言訳」で。伊志野への気遣いというより、自分の気持ちを慰めるのに使うのが言い訳ですからね。
また、後半では、伊志野の仕事への誇りを理解できないようにも描かれています。そんな伊志野への評価は「変わった人」。順吉は誇りとか羨望とか感じているのに、雲泥の差ですね。

初読時に、私がしげのに対して抱いた感想は「空気読めない発言しちゃう人」というものでした。

来訪した伊志野に、お茶やそうめんを出したり、「対手(あいて)上手」と書かれたりと、恐らく愛想は良いのでしょう。しかし、それが心からのおもてなしだったかと言われると、恐らくNOでしょう。

よって、傍線部の発言も順吉への気遣いだったというより、単純に伊志野への不満を漏らしただけではないかと考えました。

一応、順吉へ慰めの言葉を発したという方向の答案も書きましたので、ご覧ください。

平井答案の解説

【解答例1:伊志野への不満】
しげのは、伊志野に引け目を感じる順吉の気持ちには共感できず、あくまで背の高い木を注文しても持ってこない伊志野が悪いのだと不満を募らせているから。

【解答例2:順吉への慰め】
背の高い木を注文しても持ってこない苗木屋が悪く、代わりに別の植木屋に仕事を頼むのは当然だとして、苗木屋を思って気に病む順吉を慰めようとしているから。

・方向性を定めるのが難しいが、定まったあとも、答案を書く工夫についてはそこそこ難しい。
・「仕方ない」の中身を説明するのに、かなり字数を要するので、その後の「不満」とか「慰め」の部分を盛り込めずに苦労する。
・また、本解説は「不満」や「慰め」という言葉を使って説明したが、受験生はその場で本文をよみ、この心情は「慰めだ!」とか「不満だ!」とか一言で端的に言い表さなければならないため、そこもやや難しいだろう。

 

設問(三)苗木屋の植えた囲いの檜葉は倍の丈に伸びて、結構、形を成した

 

どう答えたらよいかわからん

さあ来ました。
一番意味が分からない設問(三)です。

傍線部は「苗木屋の植えた囲いの檜葉は倍の丈に伸びて、結構、形をなした。」で、問われていることは「ここからどのようなことがうかがわれるか」です。
「どういうことか」でも「なぜか」でもなく、「ここからどのようなことがうかがわれるか」。設問の形式がいつもと違うことは言わずもがな、何を問われてるかすら、よくわかりません。

それでもわかることはあるので、読み解いていきましょう。
まずは簡単な点ですが、問われている「ここから」というのは傍線部ウのことで良いでしょう。
続いて後半部は「うかがわれるか」なので、「書かれていないけれど、推測できること」とか「直接表現されていないものの、察することができる内容」とか、そういうことだと思います。要するに「本文に書いてないことを、自分で読み取って書け」というようなことでしょう。

弊塾HPの現代文解説記事では、「本文に書いてないことを、自分の言葉で表現して書く」という問題が多くなってきていることを、縷々書いていますが、
それを直接的に指示されたような印象です。直接指示されているわけだから、いつも通り堂々とやってみようと思います。

まずは傍線部をよく読んでみよう

まずは傍線部をよく読んでみると、書いてあることは、要するに「苗木屋の植えた檜葉が倍の高さに伸びた」という内容。特に難しいところはなく、ただの檜葉についての描写です。
苗木屋の伊志野は、既に何度も述べた通り、小さくて安い苗木ばかりを持ってきて、「すぐ大きくなるから、目隠し用になる」と主張した人物。
という情報と整合すると、伊志野が予言した通り、檜葉はちゃんと大きくなったということです。

そしてちょっと先取して傍線部ウより後の部分の内容を踏まえると、「伊志野の誇り」など、伊志野の仕事ぶりを高く評価する記述が出てきます。

以上をまとめると、「伊志野が言った通り檜葉が高く育ち、苗木屋として立派だった」などという方向性の答案が考えられます。

一応、このような内容をまとめても、問いに対する答えにはなると思います。本文に書いていない内容を指摘していますから。他の先生方の答案例を見てみても、この方針でまとめている方が多かった印象です。
しかし僕としてはなんだか物足りない。だって、本文に書いてあることを要約しただけだから。ということで、もう少し考察してみようと思います。

本文においての役割

センター試験の後期や共通テストでたびたび見るようになった出題形式として「この部分の描写は本文中においてどのような効果をもたらすか」というようなものがありますよね。
こういう視点で考えてみましょう。すると、傍線部ウは本文全体において、重要な役割を果たしていることが分かるでしょう。

というのも、傍線部ウは、一年の時間が過ぎ去ったことを示す部分だからです。(厳密にいうと傍線部ウの直前「もうそれから一年経つ」から)
傍線部ウは伊志野が来訪してきた時期のこと、そして傍線部ウ以降は伊志野が来訪しなくなってからの話です。傍線部ウはその狭間にあります。簡単に言えば「それから一年後・・・」をオシャレに表現した部分だということです。

何か暗示している?

さて、1年経ったことは経ったのですが、「だから何?」となるので、もう少し奥まで掘ってみます。

傍線部ウの前後を見てみると、前後どちらも順吉が伊志野に対して裏切ってしまったような気持ちを抱いて苦悩している様子が書かれています。ということは、この1年間ずっと同じ気持ちを抱えたままだったのでしょう。

そこで、傍線部ウは、単に一年が経過しただけでなく、伊志野に対してうしろめたく思って辛かった日々が一年続いたと解釈することはできないでしょうか。
端的に言えば「檜葉の高さ=経過した日々の長さ」となぞらえているということです。
檜葉が生長するにつれて、伊志野を思い出しうしろめたく思い苦悩する。そういう居心地の悪い一年だったことを暗示している、と解釈して解答例1を作りました。

檜葉=伊志野

実は、上述した解釈は2つ目に思いついた方向性です。
この文章を読んで一番に思いついた解釈は、「檜葉=伊志野」だとするものです。

伊志野に合わなくなった一年だったが、檜葉は生長します。そして檜葉が生長するにつれて、順吉の心の中に存在する伊志野の存在が大きくなっている
このように解釈できないでしょうか。

小説の読解の基本中の基本。
天候や風景など周辺のものが、登場人物の心理と連動しているという法則があります。
例えば、登場人物が(恋人にフラれたなど)ものすごく悲しんでいるときには、雨がザーザー降るものです。何かとても良いことが起こったら、天気は快晴だし、花が満開になったりします。

これと同様、檜葉が生長するということは、伊志野への気持ちが増しているということの表れでは?
そう解釈すると、順吉が傍線部ウよりあとで伊志野を振り返り、仕事への誇りを感じたり、羨望の気持ちやなつかしさを感じるのも納得がいくのではないでしょうか。
この方向性で解答例2を作成しました。

平井答案の解説

解答例1:長い時間が過ぎ去ったことになぞらえている
檜葉が著しく生長することになぞらえて、檜葉を見るたびに順吉夫婦を訪れなくなった伊志野を思い出し、うしろめたく感じて苦悩する日々が長く続いたことを暗示している。

解答例2:伊志野の存在感
発言通りに檜葉が高く伸びたことで伊志野の仕事への誠実さが確かめられたばかりでなく、檜葉の生長と共に、順吉の心の中における伊志野へのうしろめたさや罪悪感が増したということ。

・解答例1は、「檜葉の高さ=日々の長さ」という解釈のもと書いた答案です。解答例2は、「檜葉=心の中の伊志野の存在感」という解釈です。どちらも、檜葉の高さが、別の要素と関連しているのではないかと解釈しています。

 

設問(四) 同感とも羨望ともつかぬ、なつかしさ

 

 

解釈が分かれる問題

設問(三)も解釈が分かれる問題でしたが、設問(四)こそ分かれるでしょう。

本サイトに掲載している現代文の解説や答案は全て、私個人の解釈や方針に従っているのですが、この設問こそ私個人の主観に従って書いている最たるものです。
ここに書いてあることを真実だと考えることなく、他の先生方の意見や解答の方針などと比較検討して、皆さん自身の頭でどれが良いか考えてください。

反則を犯す傍線部

では傍線部。
「同感とも羨望ともつかぬ、なつかしさ」とあります。いや、これ反則でしょ!!!
心情を表す言葉が3つもあります。(同感、羨望、なつかしさ)
そして「~とはつかぬ」とあるため、「同感」と「羨望」は、どちらかハッキリすることなく入り混じっているような感情。そして「なつかしさ」も加わっています。こんな複雑な感情、たった2行で表現できるわけない。これはもはや反則ですね。悪問ではなく、反則(笑)

入試会場で出会ったら、即逃げてしまいそうです。

苗木屋に対して「誇り」を抱いている

それでも、一つ一つ丁寧に読み解いていきましょう。
傍線部の直前に「苗木屋に」とあるから、3つの感情の向く先は全て伊志野です。では、伊志野のどの部分に同感し、羨望し、懐かしんでいるのか。
本文中から伊志野への記述部分を拾ってみると、これまで何度も登場しているように「裏切り」「引け目」「自分を責める」「うしろめたさ」などがあります。しかし傍線部ウを過ぎたころから、新しいワードが登場します。それが「誇り」。

何がどう「誇り」なのか、ハッキリとは登場しませず、書いてあるのは「(本職の植木屋の事件)以来、ぱったりと姿を見せない、ということは伊志野の誇りなのか。」と「姿を現さない苗木屋の誇り」のみ。
要するに、「順吉たちに姿を見せないのが誇り」だということです。「姿を見せない」ことと「誇り」は、普通ダイレクトにつながりません。
なぜこれが誇りなのでしょう。

「誇り」の正体を探るヒント1

ヒントになる場所が2カ所あります。
まず1つがしげのの発言に対する順吉。

「あの、植木屋の爺さん、どうしたかね」
「あれっきり来ませんね。やっぱり苗木売って歩いてるんでしょうにね。まだ小学校にゆく子がいるといってたけど、少し変わってましたよ、ね。」
しげのには、伊志野剛直の誇りはわからないらしい。

これは、直接「誇り」の内容が書いてあるわけではなく、しげのの発言の中には「誇り」が感じられないという、間接的なヒントです。
しげのは伊志野に対して「あれっきり来ませんね。」とか「変わってました」と発言しています。私の主観かもしれませんが、「あれっきり来ませんね」という発言には「順吉夫婦のせいで来ない」というニュアンスは含まれず、あくまで伊志野の意思で来ないと評しているように見えます。
その後の「変わってましたよ、ね」というのは、直前の「小学校にゆく子がいるといってたけど」を考慮すると、
「(育ち盛りの娘がいてお金も必要だろうに、高い商品を売って儲ける気がないところが)変わってましたよ、ね」という評価なのではないでしょうか。

「誇り」の正体を探るヒント2

もう一つが、突然差し込まれる順吉の回想シーンです。

「伊志野剛直の誇りなのか。」と考えたところで、次の行から突然仕事をミスする順吉の過去に切り替わります。
順吉は職場で、計算を間違えます。それを若い店員から店主にチクられ、順吉は言い返せません。そしてそのミスの原因を加齢によるものだと捉えます。

その回想が終わったところで

ふっと心のどこかで姿を現さない苗木屋の誇りを思い出していたような気がする。

「ふっと心のどこかで・・・気がする」と、関係あるような、ないような書き方をしていますが、当然関係しています。
もっと突っ込むなら、伊志野にプラス評価をした瞬間に、自分のミスを思い出しているのですから、自分はマイナス。つまり、伊志野に「誇り」を感じる一方で、順吉は自分の仕事ぶりに「誇り」を感じていないのです。
ということで、順吉の回想シーンは「誇り」と真逆の内容が書かれていることが分かります。

そういえば伊志野は「爺さん」でした。そして、宣言通り苗木が高く育ち、伊志野の仕事が確かであることが判明します。
一方で、同じ高齢者でありながら、順吉は仕事でミスをしてしまう。ここに対比が生まれています。

しかしこれではまだ「姿をみせない」伊志野が「誇り」だという意味が分かりません。
順吉が対比されているとしたら、順吉は「姿を見せている」のか??そう、見せているのです、職場に。順吉は恒例になっても職場に勤め続け、ミスをして若い店員にチクられるという侮辱を受けます。一方で、伊志野は引き際だと思った瞬間、まったく姿をみせなくなる。そして苗木もちゃんと育っているわけです。

そう、順吉は伊志野の姿に同感(そういうのが立派な仕事人なんだよ)とも羨望(そんなに立派に仕事ができて羨ましい)ともつかない思いを馳せる(なつかしむ)のです。

これで3つの感情が回収できました。

平井答案の解説

仕事でミスをするほど高齢になっても仕事を辞めない順吉が、檜葉が高く育つことを的中させ、引き際では潔く去った伊志野のことを思い出しながら、共感と憧れとを混同させた感情を抱いている。

まとめ・講評

恐ろしく難しかったですね。
心情説明の問題は、論理的な説明だけで押せないので、解説するのも大変ですし、読み取るのも難しい。日ごろから、家族や友人などと心を通わし、その心理を読み解くような訓練をしていないと難しいと思われます。
「相手の心なんか分からないよ」とあきらめるのではなく、それでも相手の心を汲み取ろうとする。失敗して傷つけてしまったり傷ついてしまったりしても、誠実に相手に向き合いながら、段々気持ちが理解できるようになることを喜び、楽しむ。そんな過程が大切なのだろうと思います。

心情説明の問題は2021年第4問で(ほぼ)初登場だったのですが、4年越しに登場しました。今後のトレンドになりうるため、よく対策してほしいと思います。

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