2023年(令和5年)東大世界史を当日解いたので、所感を書いてみた。

敬天塾の塾長と講師が東大の二次試験当日(2023年の2月25日・26日)に入試問題を解いて、所感を記した記事です。他の科目については、こちらのページにリンクがございます。

【科目全体】

総合難易度 標準

第一問大論述

難易度 標準

現役生フレンドリーな古代が問われた2021年度、
現役生泣かせの中央アジア史が問われた2022年度とは打って変わって、
東大が好む近現代における世界各地の政体比較史が出題されました。

一見して見慣れぬテーマで驚いた受験生もいたかもしれませんが、リード文で示された分類を縦軸に列挙し、横軸にヨーロッパ・南北アメリカ・東アジアと記してマトリクスを作り、そこに8つの指定語句を埋め込んでゆけば、答案の軸は自ずと定まるようにできています。
2022年度に東京大学世界史入試問題作成部会が公表した大論述問題への取り組み方法です。

次に、リード文についてですが、東大過去問を探究された方には、既視感のある切り口ばかりでした。
東京大学は政治体制や政体という切り口を好んで出題します。
古くは1991年の大論述で、10世紀から17世紀にかけてのイスラム世界における政治体制の変化を、同時代の西ヨーロッパ世界と南アジア世界における政治体制の変化と対比させています。

政体という切り口で言えば、下段の大論述テーマ一覧で挙げたような大論述などで繰り返し問われています。
(ちょっとだけ自慢させてください。敬天塾の通常授業や直前講習では、議会制と参政権をテーマにした大論述のほか、憲法史も扱いました。まさにドンピシャだったので、ホッとしました。)

2022年度第2問中論述で問われた変法運動に絡み、光緒新政で謳われた憲法大綱が大日本帝国憲法を模範としたことをしっかり調べていた受験生にとっては、東大の先生が何故に「光緒新政」や「大日本帝国憲法」を指定語句にしたのか、その意図を瞬時に見抜くことができたでしょう。

参政権に絡めては、2018年度の女性史においても大々的に問われており、この問題を探究するにあたり周辺知識をしっかり固められた受験生にとって2023年度の問題はサービス問題だったとも言えます。
このように概観したならば、過去問探究をしっかりしていた受験生とそうでない受験生とで大きく点数差が生じる1問になったと思います。

なお、大きな地図を複数比較検討させる問題は1992年大論述以来のように思えます。
本年は第2問の中論述でも地図が出されていますが、日頃から資料集を広げて、主要国や主要都市の位置関係、国家の興亡や人の移動を地図の上でビジュアルに確認する学習を心がけてください。
地理を意識した学習は世界史学習の要だとも言えます。
特に東大世界史においてはユーラシアなど広大な領域の歴史変遷を論じさせる問題を好んで出題しますので、用語や年号丸暗記だけに留まらない学習を心がけましょう。

本年の問題は、上記の表のように過去問をベースに周辺知識を整理していれば、最速で解くこともできたはずです。
過去問研究と事前準備量の「差」が、解答時間の「差」に直結し、それがそのまま日本史や地理に投下できる時間資源の「差」につながったとも言えましょう。
改めて、東大過去問が最高かつ最強のテキストであることを新年度の受験生には強く訴えたいと思います。

なお、選挙権に関する敬天塾の授業資料を一部公開いたしますので復習の一助になさってください。

【選挙権】

「投票する者は何も決定できない。投票を集計する者がすべてを決定する」

これ、誰の言葉かご存知ですか。
数千万人を粛清したスターリンの言葉です。
このご時世、いろいろと考えさせられますよね。

【入試問題から見る立憲運動】

①イギリス憲政史を中心とした議会形成史

ジョンのマグナ=カルタからエドワード3世期のイギリス二院制の成立までを中心に、フランス三部会など議会の発展を問う設問です。
マグナ=カルタは「法の支配」の出発点であり、憲法の原型と考えられています。
また、たびたび開かれて慣例として形式が整えられていった議会は結果的に法の支配の一部を担保するシステムとなりました。
具体的な出題例としては、一橋大学2019年の大問1、2005年の大問1などが挙げられます。

②名誉革命以降のイギリス立憲政治を問う問題

権利の章典、ウォルポールによる責任内閣制の確立などを問うものですね。
イギリスの立憲政治についてはその後も選挙法改正やアスキス内閣の時に出された議会法(1911)など、問題として作ろうと思えば作れる箇所は多数あります。
東大1966年も確認をしておきましょう。

③(欧米の)個々の国における憲法制定や類似の箇所を問う問題

北大で出た問題ではアメリカ合衆国の建国期に連邦派と反連邦派の対立を問う形で合衆国憲法の内容に触れる設問がありました。
また、憲法に関するという視点ではないかもしれませんが、フランス革命がらみの設問についてはフランスにおける共和国成立の経過について問う問題が良く見られます。
人権宣言や1791年憲法、1793年憲法など、憲法と絡めて出題しようと思えばこれも作りやすいとは思います。
また、ロシアの立憲革命もありますね。

④中国の変法運動、光緒新政、辛亥革命

変法運動が目指していたのは立憲君主制だったわけですが、このあたりの詳細を問う設問も良く見られます。
一橋大学の2003年大問3のA、2008年大問3の問2などは参考になります。

⑤オスマン帝国末期の改革とミドハト憲法、青年トルコ革命

これも最近出題が増えているものですね。
2019年の東大第1問などがこれに当たります。

その他、東大では2015年の小論述で13世紀以降の英仏身分制議会と、20世紀の帝政ロシアにおける立憲運動などを出題しています。
これらをミックスして大論述を出してくることも十分にありえるでしょう

第二問小論述

第二問総合難易度 標準

難易度 問1 (a) 易 (b)標準
            問2 (a) 易(b)標準(c) 標準
            問3 (a) 標準 (b)標準

東京大学は、ここ数年、

2017東大 1965年に独立国家シンガポールが成立した。その経緯について、シンガポールの多数派住民がどのような人々だったかについて触れながら、2行以内で説明しなさい。

2019東大 ニュージーランドが1920~30年代に経験した、政治的な地位の変化について2行以内で説明しなさい。

2019東大 太平洋諸地域は近代に入ると世界の一体化に組み込まれ、植民地支配の境界線がひかれた。地図中(※地図は省略、グアムを除く赤道以北のミクロネシアが図示されている)の太線で囲まれた諸島が、19世紀末から1920年代までにたどった経緯を2行以内で説明しなさい。

2020東大 オーストラリアは、 ヨーロッパから最も遠く離れた植民地の一つであった。 現在では多民族主義・多文化主義の国ではあるが、1970年代までは白人中心主義がとられてきた。ヨーロッパ人の入植の経緯と白人中心主義が形成された過程とを、2行以内で記しなさい。

2021東大 16世紀後半以降、植民地となっていたフィリピンでは、19世紀後半、植民地支配に対する批判が高まっていた。1896年に起きたフィリピン革命によって、フィリピンの統治体制はどのように変化していくか。その歴史的過程を4行以内で説明しなさい。

2021東大 1990年代,南アフリカ共和国において、それまで継続していた人種差別的な政策が撤廃された。この政策の内容、および、この政策が撤廃された背景について、3行以内で説明しなさい。

このように、従来出題されてこなかったオセアニアやアフリカからも出題をしてきました。
これは、羽田正東京大学名誉教授が10年ほど前から提唱されているアジアから見るグローバルヒストリー研究の流れにも合致しており、昨年度に出題されたトルキスタン大論述に同じく、アジア地域から世界史を俯瞰する姿勢を受験生に強く求めたことによるものだと推察されます。
2023年度入試においては、東大頻出の「河川」をテーマに、東アジアと西アジア地域にフォーカスをあてた中論述が出題されました。
少し変わったところでは、問(2)(c)や問(3)(b)が今までと異なりストレートに問うてくるというより少し回りくどい問い方をしてきていることくらいでしょうか。
試験会場で焦っていると設問趣旨を誤読してしまいトンチンカンな答えを書いてしまう受験生も多くいたことでしょう。
問われている内容そのものは、いずれも過去問や教科書に載っているものだけですので、基本に忠実な学習をしてきた受験生にとっては全問サービス問題でした。
それでは、各設問を見ていくとしましょう。

問1(a) 中国の三国時代(いわゆる三国志)に関連した単問

→ これは共通テストレベルの設問であり、是非に正解したい問題でした。

     (b)「湖広熟すれば天下足る」の背景にある経済発展と変化

→ これは2007東大大論述を復習していた受験生にとってはサービス問題であり、30秒で片付けるべき問題でした。
ご参考まで、2007年度の東大大論述を掲載いたします。
(赤字化は筆者)

   古来, 世界の大多数の地域で, 農業は人間の生命維持のために基礎食糧を提供してきた。 それゆえ,農業生産の変動は, 人口の増減と密接に連動した。 耕地の拡大, 農法の改良, 新作物の伝播などは,人口成長の前提をなすと同時に, やがて商品作物栽培や工業化を促し, 分業発展と経済成長の原動力にもなった。 しかしその反面, 凶作による飢饉は, 世界各地にたびたび危機をもたらした。

  以上の論点をふまえて, ほぼ11世紀から19世紀までに生じた農業生産の変化とその意義を述べなさい。 解答は解答欄(イ)に 17行以内で記入し,下記の8つの語句を必ず一回は用いたうえで, その語句の部分に下線を付しなさい。

  湖広熟すれば天下足る アイルランド トウモロコシ         農業革命 穀物法廃止 三圃制 アンデス 占城稲

問2(a) ティグリス川に建設された都の名前と、建設した王朝名

→ こちらも共通テストレベルの設問でした。
仮に混乱したとしても、後続の設問(b)で9世紀にマムルークが活躍したという記述からアッバース朝を思い描くことは出来たはずです。
今年の東大世界史はサービス問題が多すぎる印象で、平均点を上げたいのかのと思えました。

     (b)マムルークの特徴と、アッバース朝で果たした役割

→ こちらは、1991東大大論述や2011大論述をしっかり復習している受験生にとってはサービス問題でした。
昨年度の中央アジア大論述の復習に際して周辺知識をしっかり固めた受験生にとっても驚くくらい簡単な設問だったことでしょう。

     (c)クテシフォンを建設した国の名前と、その国で起こった文化的変容について(言語面を中心に)

→ こちらは、なんとも回りくどい問い方ではありますが、パルティアまではサクッと答えられねばなりません。
ただし、パルティアで起こった文化的変容については、意外に答えられない受験生が多かったかもしれません。
東京書籍世界史Bのp60では、

パルティア王国は、アケメネス朝以来の統治制度を受けついで中央集権制をはかり、また、ギリシア語の文化を保護した。しかし、前1世紀ごろから民族の意識が強まり、アラム文字で表記したイラン系の言語を用いるなど、しだいにギリシア語文化圏から離れていった。

と記述されています。
まさに、この通りなのですが、1995東大大論述などの復習に際して、ヘレニズムを軸に周辺知識を固めていた受験生にとってはサービス問題だったとも言えます。
その一方で市販の参考書を用いて学習していた受験生にとっては、この辺りの記述が乏しいため、この問題は難問に思えたでしょう。
要は、日頃の学習で何を軸に用いているかによって難易度の体感差が生じた一問だったと言えます。
そうした意味では良問と言えましょう。

問3(a)近代以前におけるナイル川の自然特性を利用する形で展開した農業について

→こちらは、なんとも地理の問題にも思えるような一問でした。
2022年度入試の中論述でもエジプト史が問われていますので、東大は2年連続似た地域から出題することもあるというセオリーが今年も見られたことになります。

     (b)カイロとアデンを行き来する紅海貿易で扱われた物産と取引相手について

→カーリミー商人や紅海貿易関連は、東大世界史が好んで問うてくるものです。
2015東大大論述でも問われていますし、海の道に関するテーマは今後大々的に出される可能性が高いので、しっかりと周辺知識を過去問や教科書・資料集で固めておきましょう。

第三問 健康への希求および病気をテーマとした単問

未曾有のコロナ禍を意識した問題でしょうか。
昨年度は東大地理第1問でもコロナを意識した出題がなされましたが、東大はブームを意識した出題が多いなあと改めて実感するところです。

難易度  標準

→ 問10については、一瞬戸惑った受験生も多かったかもしれませんが、「天体の運行と人間生活との関係」という枕詞のようなヒントがあるわけですから、全問正解して然るべきセットだったと思います。

(2023年4月下旬追記)東大「出題の意図」

今年度の第1問について、東京大学の世界史作問担当教授陣が以下のようなメッセージを発表しましたのでご紹介いたします。

第1問は、 近代世界における独立国を君主政国家と共和政国家に分けた上で、それらの成立と改革について問うている問題です。 対象とする地理的範囲はかなり広くなっていますが、 指定された語句はどれも高等学校の世界史でなじみのあるものばかりです。そのためこの問題では、細かな知識ではなく、 よく知られた事象を整理し、 記述する能力が必要となります。 地図からは、さまざまな新国家の誕生の時期と、 諸国での憲法制定の動きが読み取れます。 導入文を踏まえると、 共和政国家の誕生がある時期に集中していたこと、また多くの君主政国家が憲法を制定していたことの二つが理解されるはずです。 これら二つを大きな軸とし、それに指定語句を具体的な歴史事象として肉付けする形で解答文を作成することが求められています。

いかがでしたでしょうか。昨年度のメッセージに続いて、丁寧に作問意図をご説明されている点が目に留まります。

東大教授の想いを真摯に汲み取り、如何なる姿勢でリード文を読み解き、如何なる点に留意して答案づくりをすべきか学び取ることが東大世界史制覇の鍵と言えましょう。

最後に(宣伝)

上記の世界史の記事は敬天塾のおかべぇ先生が執筆しています。
おかべぇ先生は、東大世界史で満点を取得した先生です!
どなたでも受講可能な、おかべぇ先生の授業はこちら ↓

映像授業コース(旧オープン授業)【東大世界史】

・冒頭で紹介した大論述のマトリクス方の手順についても丁寧に教えております。

・大論述のリード文にあります政治体制については個別の授業も用意しております。
映像授業【東大世界史】政治体制とは動画

・東大過去問2014年のロシア南下政策に絡めて、日露戦争での日本の勝利がアジアの多くの国や地域に希望を与え、憲法の持つ重要性を多くの人が悟ったことも映像授業の中で申し上げております。

 

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