2014年東大地理(第3問)入試問題の解答(答案例)・解説
ヨーロッパの国々に関する産業と貿易に関する問題です。第2問と同様に地誌的知識が必要とされるような問題が多かったですが、典型問題も多く第2問よりは解きやすかったですね。
設問A
設問(1)
ヨーロッパの主な国について輸出構成比と研究開発支出の割合を示した図3-1のA~Dにオランダ、スイス、ノルウェー、ポーランドを当てはめる問題です。(2)以降と独立した問題なので、連動して崩れることはないですが、他の問題から得られるヒントも少ないということですね。
まずは基本通り、異常な値を出しているところから考えると分かりやすいでしょう。
一番目立つのは、約70%を鉱物燃料・非鉄金属が占めるCですね。北海油田を有し、原油や天然ガスの輸出が盛んなノルウェーが当てはまります。
次に、約40%を化学・医薬品が占め、食品・農産物原料が5%以下であるDも他と比べて顕著なデータ。アルプス山脈やジュラ山脈が通る山岳国であり精密機械・化学・医薬品などの高付加価値産業が盛んなスイスが当てはまると考えられます。時計産業などが有名ですね。
残るAとBはやや同じような割合ですが、違いをとらえれば答えられます(というか、答えられるように作問されてるはずです)。
食品・農産物原料の割合が高いAは、アメリカ合衆国に次いで世界2位の農産物輸出額を誇るオランダが当てはまります。オランダは狭い国土でありながらも、高収量または高付加価値な農産物を大量生産して近隣のヨーロッパ諸国を中心に輸出し、近年ではICTを駆使したスマートアグリが盛んになっています。
約40%を機械類が占めるBは、賃金水準が低く発展段階があまり高くないポーランドが当てはまります。ポーランドでは、2004年のEU加盟前後から安価で豊富な労働力などを求めて電気機械や自動車工業の外資系企業が進出し、労働集約的な工業が盛んとなっています。
注釈は必ず注目しよう!
また、研究開発支出に注目するのも良いでしょう。
東大地理ではデータから国名などを当てる問題が良く出ますが、その図や表、グラフなどは東大の先生方が入試のために作っています。当然、問題を解かせるために必要なデータだけを残し、不要なデータを削除しているでしょう。
その際、わかりづらい内容に関しては、注釈で補足説明します。つまり注釈はわざわざ作文しているものです。
さて、今回の注釈にはGDPに対する研究開発支出の説明があります。メインのグラフは輸出品割合なのに、オマケで載っているデータは研究開発支出ですから、あまり関係ないデータがくっついています。要するに、何かのヒントにしてくれということでしょう。
もちろん、後述する(3)の設問のためという意図が一番でしょうが、(1)で使ってはいけないというわけではないので、見てみましょう。
すると、Bが低く、AとCが同程度、Dが高い値を示しています。
ノルウェー、アイスランド、オランダの判定は難しいかもしれませんが、明らかに少し経済的に遅れているポーランドがBに該当するのはわかるでしょう。
ということで、注釈は見逃さないようにしましょう。
設問(2)
イタリアの中・北部の「第3のイタリア」と呼ばれる地域での国際競争力のある繊維製品の生産にみられる特徴を語群から2つ以上の語句を選んで答える問題です。語群から選ぶ問題では、語群にある語句を全て使おう気負うのではなく、あくまで解答の論理性を重視し、使いやすそうな語句をいくつか選んで解答しようと意識して解いた方が良いでしょう。
ここで、山川の用語集を引用してみます。
サードイタリー (第3のイタリア)
ヴェネツィア・ボローニャ・フィレンツェなど中世以来の伝統的な技術をもった職人たちが集積している地域のこと。繊維・皮革・宝飾・家具・各種機械などが盛ん。職人技術と先端技術とを結びつけ、 生産者間のネットワークも密接で、 市場の動向などに柔軟に対応する。近代工業が発達した北部、農業中心の南部とは異なることから、「第3のイタリア」と呼ばれる。
用語集の説明だけまとめても十分に得点できそうですが、加えて解説していきます。
第3のイタリアでの繊維産業は、社会的分業システムをとり業種別に分業化していて、職人などの個人事業主や、家族経営などの中小企業が集積しています。生産システムとしては、独立性の強い中小企業が各生産段階に多く存在する分、柔軟性がありニーズの変化への反応が非常に早いです。
また、消費者ニーズの個性化、高級化、多様化などの需要構造の変化に対応して多品種を少量、短いサイクルで生産する方式が主流となっています。
製品の特徴としては、デザインの創造性に優れます。これはイタリアの文化、芸術等の歴史的・伝統的な基盤が存在していることが理由の一つとして考えられます。
加えて、イタリアでは早くから繊維産業関連の人材育成に努力を重ねてきました。イタリアには専門学校・カレッジ・大学などの繊維学科をもち、集積支援機関から研究資金を支援してもらう高等研究教育機関が多数存在し、かなりの数の人材が卒業後に活躍し、今日のイタリア繊維産業の振興発展に寄与しています。
以上の解説をもとにした答案では「家族」「教育」「集積」「中小企業」「デザイン」「分業」あたりが使いやすそうですが、無理に語句を沢山使ったとしても答案が論理性を保っていない場合は加点されないでしょうから、問題で指示されているように2つ選んで論理的に文章を広げるのが得策でしょう。
設問(3)
北欧諸国でGDPに占める研究開発支出の割合が高くなっている理由を答える問題です。
まず、研究開発支出とは新たな技術や製品を開発するための費用であり、先進国で高く発展途上国で低くなる傾向にあります。細かい例外を省くなら、大雑把に「経済発展度」と言い換えても良いでしょう。
そして北欧諸国は先進国のなかでもとくに研究開発支出の割合が高くなっています。これは北欧諸国の人口の少なさなどが影響しています。
北欧諸国のなかで一番人口の多いスウェーデンでも2013年時点で約957万人であり、1000万人前後に過ぎません。人口が少ないと市場は小さくなるため、グローバル市場を狙った多国籍企業が多く存在します。そこで、そのような高度人材を育てるために教育を充実させることになります。
現に北欧諸国はGDPに占める福祉や教育への支出が多く、国民は基本的に学費は無料となっており、スウェーデンでは国公立大学だけじゃなく私立大学や大学院に進学する場合でも学費を国が負担してくれるようです。
この教育に力を入れている環境や、国際競争力を高めたい多国籍企業によって高度人材が求められる環境によって、研究開発が盛んになっていると考えられます。
ちなみに、北欧諸国はIT先進国として知られ、早稲田大学の出す世界デジタル政府総合ランキングでは常にトップ層に北欧諸国がランクインしています。2022年のランキングではトップ21位までに北欧諸国が全てランクインし、2年連続でデンマークが一位となりました。ちなみに日本は10位であり、比べると北欧諸国のIT先進国としての力が分かりやすいでしょう。
IT技術が生活レベルで取り入れられていて国民の先端技術研究に対する理解が深く、研究開発費への高い支出を国民が許容しやすい傾向にあることや、高度人材の育成に積極的であることも研究開発を盛んにしている要因と言えるでしょう。
答案比較
設問(1)
Aさん
デザイン性を重視した伝統工芸品が多くつくられている。また、この工芸品産業は中小企業によって進行している。Bさん
家族経営を中心とした中小企業が集積し、企業間での分業を通してデザイン性の高い高級品を生産している。
Aさんは後半の「工芸品産業」は聞きなれない単語で、やもすると造語と捉えられますから答案に使用するには好ましくありません。(工芸品を生産する産業、などとしましょう)
また「産業が進行している」という表現も、「産業」を擬人化した文章になっています。全ての工芸品が中小企業によって作られているのではないので「中小企業が中心となって作られている。」くらいでまとめると良いでしょう。
Bさんは簡潔で良い答案でした。
設問(3)
Aさん
北欧諸国では福祉を充実させる国が多い。そのため教育サービスが充実することで高度人材が増加し研究開発が盛んになっている。Bさん
人口が少なく国内市場が小さく高度人材を増やす目的で教育を充実させたため、多国籍企業の研究開発機能が集積したから。
Aさんは福祉の充実と教育の充実を因果関係でつないでしまっていますが、NGです。別物と捉えるのが普通ですし、繋がっているとしても、この説明では不十分です。後半の教育の充実と高度人材の増加、研究開発までの流れは分かりやすくて良かったです。
Bさんは最初に「少なく、小さく」と連用形を連続させていて幼稚な文章になっています。また、教育機関を充実させたことと多国籍企業の研究開発機能が集積したことの間の論理が飛躍してしまっています。市場の小ささや高度人材の育成などの要素は書けているのでより分かりやすく論理をつなげられると高得点も狙えたでしょう。
設問B
設問(1)
フランスの貿易で、機械類や輸送用機械におけるEU域内との貿易赤字が最も大きいがEU域外との貿易収支は黒字となっている理由について答える問題です。EUの域内分業に関する典型問題ですが、与えられている文章や表からもヒントを得られます。
表3-1を見てみると、フランスではEU域内で赤字になっていてEU域外で黒字になっています。これを簡単に言い換えると、EU域内からたくさん買ってEU域外へたくさん売っているということになります。
EU域内からの輸入が多くなっている理由としては、域内での関税が撤廃されていることが挙げられます。また一般に、関税が撤廃されると(例えば東南アジアや北アメリカでも見られるように)産業の分業化が進みます。
では、何を売って買っているかというと、フランスの輸出上位品目を見れば良いでしょう。第3位と第4位にそれぞれ自動車、航空機がランクインしています。
フランスには自動車や航空機の組み立て工場が多く置かれ、自動車メーカーとしてはルノー、ブルジョー、シトロエンなどが有名で航空機メーカーとしてはエアバスなどが知られています。トゥールーズのエアバス社を例にみてみると、エアバス社はフランス・ドイツ・イギリス・スペインの四ヶ国が合同で建ち上げた国際協同会社で、フランス以外の三国で部品を分業して作り、フランスがそれらを輸入し、国内で組み立て、完成品を主にEU域外に輸出しています。EU域内で分業してEU域外に輸出しているため、必然的にEU域内での貿易収支は赤字になり、EU域外での貿易収支は黒字になるわけです。
設問(2)
スペインで世界的な自動車ブランドが見られないのに自動車の輸出が最も多い理由についてスペイン国内外の状況を踏まえながら答える問題です。
これもスペインの地誌に関する典型問題ですが、3行問題なのでより多くの要素を入れる必要があり、記述の仕方に悩む問題です。他の問題に比べて、やや字数に余裕のある問題と言えます。
スペイン国内の状況としては、まずフランスと同様、EU加盟によってEU域内での関税が撤廃されていることが挙げられます。また、EU域内の先進国に比べて賃金水準が低く、安価な労働力が手に入るためEU市場を狙う外資系自動車メーカーが労働集約的な部門である組立工場をスペインに進出させ、主にEU諸国に向けて輸出する目的で自動車生産が盛んになっています。
国外の状況としては、スペインよりも賃金水準が低い東欧諸国のEU加盟に伴って東欧諸国へ進出する自動車メーカーも増え、スペインでは競争力を保つためにモロッコなどからの外国人労働者を受け入れ生産を続けています。
設問(3)
中国、ロシア、日本のそれぞれの国とEU全体の貿易収支が赤字になっている理由を答える問題です。三国の違いを比較するように指示されているので、各国からの輸入品をメインに考えると書きやすいでしょう。
中国では安価で豊富な労働力を活かし、労働集約的で低価格な工業製品が大量生産されていることは有名です。EUはこうした安価な工業製品を大量に輸入していると考えられます。
ロシアでは原油や天然ガスなどの燃料資源が豊富に採掘され、大量に輸出されていますが、これも有名です。特にEU諸国はパイプラインなどを通してロシアから燃料資源を大量に輸入しており依存度が高いです。2014年のクリミア半島危機後は輸入先の分散が図られてきましたが、2022年のウクライナ侵攻からエネルギー価格が上昇し続けていることからも分かるように未だに依存度は高いようです。
日本では、スペインなどへの日本企業の進出は見られるものの、やはり機械類や自動車などの付加価値が高い先端技術製品の輸出が多いです。
以上のように、各国からの輸入品を中心にまとめると良いでしょう。正直なところ、箇条書きに記述するだけの問題と言えます。
答案比較
設問(1)
Aさん
EUの新規加盟国から機械類の部品を輸入し、国内で組み立てた後にEU域外へ完成品を輸出しているから。Bさん
自動車や航空機の部品をEU域内で分業して製造し、フランスがそれらを輸入して組み立て、完成品をEU域外へ輸出するため。
両名とも答案骨格は分かりやすく良かったです。
Aさんは、輸入元を「新規」加盟国と限定していますが、カットしてしまってよいでしょう。(わざわざ字数を増やして、減点対象になり得る要素を足すメリットはないと言えます。)
また、機械類と書くより輸送用機器と書く方がベターでしょう。なお、輸送用機器なら新規加盟国よりもドイツなどの国々との連携が密です。
Bさんは簡潔で分かりやすい答案です。良くかけていると思います。
設問(2)
Aさん
EU加盟後に域内へ輸出する際の関税が撤廃されたことを受けてEU内で相対的に賃金水準や地下が低いスペインへドイツや日本など域内からも域外からも自動車メーカーが進出したから。Bさん
出稼ぎ労働者が多く、賃金水準も低いうえにEU域内での関税が撤廃されているため、安価な労働力と広大なEU市場を求めた自動車メーカーが他国から進出し、多くの生産拠点が置かれたため。
これも両名とも答案骨格は良かったです。
Aさんはスペインの地価が低いことを述べていますが、平均地価はそれほど低くないようなので書かない方が良かったでしょう。また「域内からも域外からも」という表現はクドく字数を多くとるので、「域内外から」と短縮して書いた方が良いです。具体的な国名を出す必要もないので世界各国から自動車メーカーが進出したニュアンスを出せれば十分でした。
Bさんは概ね良かったのですが、出稼ぎ労働者の多さが安価な労働力につながることが離れていて分かりにくいので、安価な労働力は先に述べた方が分かりやすいでしょう。
設問(3)
Aさん
中国からは安価な労働力による工業製品、ロシアから燃料や鉱物、日本からは付加価値の高い工業製品を輸入しているため。Bさん
中国からは安価な工業製品、ロシアからはエネルギー資源、日本からは高価な先端技術製品の輸入額がそれぞれ多いから。
本問も分かりやすかったので正答率は高かったようですが、やはり表現の部分で差がつきそうです。
Aさんは「安価な労働力による工業製品」という部分が少し違和感があるので「安価な労働力を利用した工業製品」とか「労働集約的で安価な工業製品」などとした方が良かったです。
Bさんはひっかかる点がなく良い答案でした。