2024年東大英語(第1問A 英文要約)入試問題の解答(答案例)・解説
東京大学の英語の陣頭を飾る1A英文要約は、得意不得意が大きく分かれる大問の一つだと言われています。
その理由には幾つか考えられますが、1Aが「思考力」「日本語表現力(運用能力)」を問うた大問であることは真っ先に挙げられましょう。
近年、英検やTOEICといった資格試験を低学年のうちからチャレンジする傾向が強まってきました。
短期目標を定めて英語学習に邁進する姿勢は実に好ましいところではありますが、東大英語とは頭の使いどころが違います。
私も、英検、国連英検、TOEIC、TOEFLとあらゆる英語資格試験を受験してきましたが、それらの試験で脳みそを使うことはほとんどありませんでした。
単語を覚えて、長文を早く読めれば解ける問題ばかりです。
ですが、東大英語は単語が分かっていても解けない、本文を読めても上手くまとめられないといった具合に、試験科目に「英語」と銘打ちながら、上っ面の英語力ではなく受験生の「思考力」「日本語運用能力」を東大では問うてきています。
これは、東京大学が世界的な研究者養成機関であることとも関係しています。
英語が使えたら世界で通用する一流の研究者になれるわけではありません。
日本語を話せる日本人は、みなが優れた研究者として国内で認知されるわけではないのと同じです。
このように特殊なチカラを問うている試験だからこそ、東大英語に特化した対策が必要なのです。
さて、これまで2019年〜2023年の東大過去問について、敬天塾では詳細な思考プロセスを実況中継という形でご紹介してきました。
とくに、2022〜2023年については日本一詳しく東大英語の極意を解説したつもりです。(この記事の下部にリンクを用意しています)
ぜひエッセンスを貪欲に学ばれてください。
本稿で扱う2024年度につきましては、要点解説ということでライバル達に差をつけられるポイントに絞って解説をいたします。
汎用性の高い解法や、東大英語を絶対的得意科目にするための訓練プログラムをお知りになられたい方は、敬天塾の映像授業と過去問実況中継解説をぜひご活用ください。
それでは、2024年度1A英文要約の要点解説を始めたいと思います。
(所感)
難易度は2021〜2023年と比べると若干マイルドになったように思われますが、私はかなりの難問だと感じました。
その理由は規定字数にまとめるのがキツイといった低レベルな話ではなく、東大教授が、巷で流布されている要約テクニックなるもの(たとえば、各段落から要素をかき集めれば、はい要約文の出来上がりといったもの)を再考するよう受験生に促しているからに他なりません。
詳細は後述いたします。
一読したときに感じた違和感の正体は、三回読んでようやく解消されました。
おそらく、多くの東大受験生は本郷や駒場の試験会場でモヤモヤしていたはずです。
何をどう盛り込めば良いのか悩み、迫り来る試験終了時刻を前に守りの答案を書いたことでしょう。
その現場判断に間違いはありません。
本問が真に問うていることは、表面的な読解では決して掴みとれないものだからです。
2021〜2023と比べれば平年並みですが、問題のレヴェルそのものは「難」と言ってよいでしょう。
(要点解説)
まず、ざっくりと各段落の要点をみていくとしましょう。
第1段落の冒頭で、corporate propagandaが問題になっていることが挙げられています。
日本語にどう訳そうか悩まれた方も多いことでしょう。
続けて読み進めると、アメリカで広告産業(public relations industry)が発展し、いまや世界中に広がっていることが段落末尾で示されています。
続く第2段落では、そうしたプロパガンダの目的が大衆心理の操作にあると冒頭で明示されています。
“control the public mind”と引用符で強調されていますから、ここを答案に盛り込めばいいんだろうなとチェックされた方も多いと思います。
ただ、問題はここからで、第2段落の第3文以降、民衆の自由だの、政府による武力だのという記述がしばらく続き、多くの東大受験生が「あれ?広告宣伝の話じゃないの?」と疑問に思われたことでしょう。
そうしたモヤモヤを抱えたまま、次の第3段落に目を向けると、Edward Bernaysという人物がズバリ『プロパガンダ』という名の著作を書き上げた、広告産業の代名詞的な存在となっていると紹介されています。
この書籍が執筆されたのが1920年代とあり、これは第1段落の最後で広告産業が発展を遂げた年代と一致します。
そして、第4段落では、Bernaysの発言が紹介されています。
そこでは、大衆の意見を操作することが民主主義の本質だとされ、その手段が広告産業だと述べられています。このことが権力基盤の維持にも寄与しているようなことが書かれています。
このような流れの中で、締めの第5段落がやってきます。
ここでは、ヒトラーのせいで、プロパガンダという言葉のイメージが悪くなったと書かれています。
その結果、この言葉に代わる言葉が使われるようになった、と書かれています。
以上より、多くの東大受験生は
(一般的な受験生の解答)
企業によるプロパガンダは大衆心理を操作し、これが民主主義の本質でもある。しかし、この言葉は第二次世界大戦でヒトラーによって印象が悪くなり現在は使われなくなった。(80字)
といった具合にまとめ上げています。
採点官の手元にも、金太郎飴のようにこうした答案が溢れかえっていたものと思います。
時間制約の厳しい東大英語ですから、これくらいのものを10分程度で仕上げて解答用紙をとりあえず埋めるのは合理的だと思うのですが、その中身については猛烈な違和感を覚えます。
まず、この答案は、第一文と第二文の関係性が不明瞭で、単に要素を詰め込んだだけになっています。
また、第2段落で書かれている、政府による武力を用いた封じ込めやら市民の自由やらといった内容が何のために書かれているのか、まるでわかりません。
さらには、プロパガンダという単語が使われなくなりましたというのが本質なのでしょうか。
Now there are other terms used.とありますが、別の言葉が使われているだけで、プロパガンダ行為はいまなお続いていることが問題なのではないでしょうか。
それが、第1段落冒頭で述べられていたThere is no doubt that one of the major issues of contemporary U.S. history is corporate propaganda.の話なのではないでしょうか。
英語作成部会の先生方は、入試問題の試案を作成する段階で、受験生が書くであろう想定答案を併せて吟味検討します。
この問題を解いていた時に、私は一読して、
「え?なんだか支離滅裂に感じるな。キーワードっぽいものを繋ぎ合わせるだけの下手くそな要約で本当にいいのか?東大模試なら、それでもいいけど。2021〜2023の東大1Aにおける傾向変化を考えると、もっと深い意味があるのではないか?第2段落で言わんとしていることは何だろう。第4段落でBernaysがwe have the means to carry this out, and we must do this.と言っているのはなぜなのだろうか。 」
と思いペンが止まりました。
そこで、改めて、第1段落〜第5段落を丁寧に読み込んでみました。
すると、モヤモヤの正体がつかめてきたのです。
なぜ、民主主義の話をしたのか。
本来、民主主義は人々の純真な意見を集約して政治に反映させる崇高なものだと中学高校で教わります。
ですが、そうした人々の意見が実は造られたものだとしたら、虚構だとしたらどうなるだろうかと筆者は問題提起したいのだと思いました。
要は、民主主義はやらせのようなもんだと皮肉っているわけです。
では、そのように大衆を操作することで、誰を利するのでしょうか。
当然、政府ですね。
かつては、チカラで大衆を支配していた時代もありましたが、1920年代のアメリカではそんなことは堂々とは出来ません。
だから、広告産業のチカラを借りましょう、プロパガンダによって権力者の都合がいいように民衆を扇動しましょう、という新たな戦略を打ち立てたわけです。
こうした大衆操作はプロパガンダと称されていましたが、ヒトラーによってイメージが悪くなったので、この言葉を使うことは避けられるようになります。
代わりに新しい言葉が使われるようになったのだそうです。
でも、やってることは変わっていません。
むしろ、いまやアメリカにとどまることなく、世界中に蔓延していると第1段落末尾で述べられています。
いかがですか。鳥肌ものですよね。
こんな問題を東大教授は作れるんです。
正直、東大模試では絶対にたどり着けない神の領域です。
解いている時に、思わず「うわ!」と声を出してしまいました。
おそらく、本文はアメリカの大統領選挙がまもなくやってくることを意識して出題されたものなのだろうと。拝察しています。
トランプ氏が大統領だった頃から、フェイクニュースやら世論操作やらといったワードを頻繁に耳にするようになりました。
メディアの偏向報道によって大衆が扇動され、政治が誤った方向へと流されていくポピュリズムが連日のように問題視されていました。
おそらくは、作問担当の東大教授は懸念されたのでしょう。
プロパガンダという言葉に変わって登場したもの、それは、おそらくmass communication(マスコミ)なのだと思いました。
このように考えると、全ての話が線で結びつきます。
本問は極めてメッセージ性の強い問題だったと言えます。
このことから、
(巷とはかなり異なる敬天塾解答)
民主主義の本質は、市民を武力で押さえ込めなくなった政府による広告産業を利用した大衆心理の操作にある。こうしたプロパガンダは呼称を変え今や世界中に蔓延している。(79字)
自由を獲得した民衆を政府が武力で制御できなくなった時、大衆の意見を操作する広告産業が発展した。こうしたプロパガンダが民主主義の本質であり呼称を変えて未だに続く。(80字)
民主主義は広告産業が大衆の意見を操作して造られた虚構であり、こうして政府の権力基盤が確固たるものとなる。こうしたプロパガンダは、名前を変え今なお生き続けている。(80字)
いかがでしょうか。おそらく、この答案例に驚かれた方も多いと思います。
東大にご進学されると、英文要約の授業もあります。
そこでは、多くの東大生が書いた答案が無残に低評価をつけられていました。
東大教授が求める要約レベルは、単語の拾い読みでは決して到達できません。
本文を通じて、筆者が一番言いたいことは何なのか、脳みそに汗をかかせながら、格闘するプロセスが要約なのです。
ちょっと英語を話せるとか、留学経験があるとかでは、到底東大1Aを制覇することは出来ません。
東京大学は、本問を通じて、思考力と日本語表現能力を問うてきています。
それは決して、各段落から要点を抽出して、うまく繋ぎ合わせて、字数を削る機械的な作業ではありません。
そのあたり、映像授業に入っている過去問実況中継解説でも詳しく述べておりますので、ぜひ併せてご参照ください。
市販されている過去問集とかなり違った切り口に驚かられた方も多いと思います。
ちなみに、東大教授が1A英文要約を出題し続ける理由は、東京大学が研究者養成学校でもあるからです。
一流の研究者に求められる資質の一つに、優れた研究論文を執筆できることが挙げられます。
執筆した研究論文が優れているか否かは、大学内外の教授に実際に読んでもらって評価してもらうわけですが、研究論文というのは時に何百何千ページに及ぶこともザラにありますので、多忙を極める教授が全ての論文に目を通すことは物理的に不可能です。
本屋さんや図書館に行った時に、片っ端から全ての本の全てのページに目を通すことできませんよね。
では、どのように私達は本を選んでいるかというと、御目当ての著者の作品を選ぶほかに、本屋の書籍紹介POP(広告)や本の帯や表紙の紹介文を見て、「これは、面白そうだな」と思って手に取るのではないでしょうか。
それに同じく、研究論文に関しても、「私の論文はこんなにも優れていて、読む価値のあるものなのですよ」と、世界中の研究者にアピールをする必要があります。
それが、ABSTRACT(アブストラクト)と呼ばれる要約文です。
医歯薬理工系の論文を例にとると、1ページ目に、何を目的として、どのような手法を用いて、如何なる結果がもたらされたのかを端的かつ明瞭に記すのが御約束です。
そこでの売り込みが失敗すれば論文の中身を読んですらもらえません。
そうしたシビアな世界なのです。
さて、ABSTRACTをつくるに際しては、幾つかのルールがあります。
詳しくは、知恵の館記事や映像授業をご参照ください。
【さらに深く学びたい方のために】
敬天塾では、さらに深く学びたい方、本格的に東大対策をしたい方のために、映像授業や、補足資料などをご購入いただけます。
ご興味頂いたかたは、以下のリンクからどうぞご利用下さい。
映像授業コース【東大英語 第1問A 英文要約】
上記の問題について、これでもかと噛み砕いて説明した《実況中継》の解説もございます。
↑ まずは目次と無料部分だけでもどうぞ。