2024年(令和6年)東大世界史を当日解いたので、所感を書いてみた。
目次
【科目全体の所感】
総合難易度 やや易
第一問大論述
難易度 標準 (やや易化)
大激震が走りました!
なんと、東大が1990年以来、連続で出題し続けていた450〜660字の大論述を廃止して、360字+150字の2問構成に変えてきたのです。
昨年度も1992年以来出題されてこなかった地図読み取り型の大論述を出し、
今年度は1989年以来出題されてこなかった360字論述を復活させてきました。
しかも、問われている年代が1960年代という現役生泣かせの現代史からの出題であり、18〜19世紀あたりにヤマを張っていた受験生は大きなショックを受けたものと思われます。
扱われた地域もアジア・アフリカで、西欧史を中心に学習を進めてきた東大受験生にとってはショックの大きい一問となったでしょう。
ただ、その一方で、過去問探究をしっかり行ってきた受験生にとっては瞬殺できる問題とも言えます。
その根拠をいくつか申し上げます。
- 映像授業や知恵の館記事でも申し上げて参りましたが、東大は近年アジアの出題頻度を高め、さらには従来あまり出題されてこなかったオセアニアやアフリカ関連の問題をを近年多く出題するようになりました。
これは、羽田正東京大学名誉教授が10年ほど前から提唱されているアジアから見るグローバルヒストリー研究の流れにも合致しており、2022年度に出題されたトルキスタン大論述に同じく、アジア地域から世界史を俯瞰する姿勢を受験生に強く求めたことによるものだと推察されます。 - 敬天塾の授業では、1960年代に注意をするよう幾度も注意喚起してきました。
1950年代については、2005大論述で、1979〜1980年代については2016大論述で問われていますので、1960年代だけが間隙の期間となっていたのです。
ここを狙われる可能性があることは過去問探究を行なっていれば容易に想定できたはずです。 - 東大2012大論述を扱った映像授業第10回の講義(https://exam-strategy.jp/archives/19087)の中でも申し上げたように、独立には「与えられた独立」と「勝ち取った独立」があります。
さらには、1992大論述の絡みでは、主権国家というものが第二次世界大戦後にアジア・アフリカ地域で爆発的に増えていきましたが、形だけの独立国家と言うべき国が多く、国内を安定的に統治することのできるガバナンス能力が欠如した失敗国家も数多くありました。
こうした国では、内戦や戦乱が絶えないことを授業でよく話していましたが、今回のお題は、まさにその話となっています。 - 歴史総合・世界史探究なる科目が近年新設されました。
必ず最新の教科書を複数の出版社の分を購入し、特集記事や囲み記事をチェックするように塾生には口すっぱく伝えてきましたが、今回のテーマは帝国書院の新詳世界史探究p329の囲み記事、実教出版の世界史探究p388〜389の特集記事でも、大々的に取り上げられています。
すなわち、ここ数年、よく耳にするSDGsの話と関連しているわけです。
SDGsについては、地理で大々的に出題される可能性があるから、周辺知識をネタストックするように塾生に注意喚起をしてきましたが、まさか世界史で問われるとは驚きでした。
いかがでしょうか。このようにみるならば、2024年度入試の第1問は驚くような問題ではなく、むしろ、中論述問題が増えただけのサービス問題だったとも言えます。
大論述が時間不足でいつも書ききれないと嘆く受験生にとっては、非常にありがたい問題だったと思われます。
ここで、直近55年分の大論述出題トピック(テーマ)一覧をご覧いただくとしましょう。
先程申し上げたように、2024第1問は、1992・2005・2012・2016大論述とも大きく連関しています。
2016大論述の衝撃(超現代史の大論述が出され白紙答案が続出したと言われています)を過去問探究の中で目の当たりにした受験生なら、きちんと第二次世界大戦以降の史実をチェックしなければいけないことは認識できたはずなのです。
こうした意味でも、東大世界史制覇の最強かつ最高のバイブルは過去問だと言えましょう。
市販の参考書や塾のテキストで世界史学習をした受験生にとっては、酷な問題だったかもしれません。
教科書や資料集とは異なり、市販の参考書や塾テキストの中身が改訂されるスピードは非常に遅く、中には10数年改訂されていないものも多くあります。
たとえば、皆さんがお使いの参考書にSDGsとの絡みの記述はございますでしょうか。
2020大論述の時もそうでしたが、新しもの好きの東大は歴史総合の教科書特集記事から問題を出したりすることがよくあります。
今年度の(2)に絡めては、南北格差是正に取り組むべく、1961年に経済協力開発機構(OECD)が創設され、さらには1964年に国連貿易開発会議が南側諸国の主導により設置がなされました。
「南北格差」という言葉自体は、小学生でも知っていますが、それに対して、どのように国際社会がアプローチしていったのかまでを知る人は少なかったように思われます。
そうした意味で、本問は世界史・地理選択者に有利な問題だったとも言えるかもしれませんが、教科書や過去問を中心に学習を進めてきた受験生にとっては「易問」です。
教科書や過去問をほとんど分析してこなかった受験生にとっては「難問」でしょう。
それゆえに、今回は、その間をとって、難易度を「標準」としました。
なお、指定語句の「コンゴ」が難しかったという声がちらほらと聞こえてきましたが、教科書には太字でコンゴ動乱について記載があります。
たとえば、
アフリカは,ラテンアメリカ以上に激しい政治的・経済混乱に見舞われた。コンゴ動乱などに続いて,1970年代以降も内戦が頻発したのである。(帝国書院2023新詳世界史探究p337)
アフリカでは, コンゴで1960年の独立直後から内戦(コンゴ動乱)がおこった。それまでの支配国ベルギーも干渉したこの内戦で,初代首相ムルンバは反対派に殺害された。(実教出版2023世界史探究p360)
旧ベルギー領コンゴでは, 1960年の独立後, 銅資源をめぐる紛争に欧米諸国も干渉して反乱がおきた(コンゴ動乱)。(東京書籍2023世界史探究p357)
といった具合に、しっかりと記載がありますので、難しく感じたのだとすれば、それは使用教材が東大世界史向きではなかったということになります。
このあたりは受験戦略に絡むものだとも言えましょう。
受験は情報戦なのです。
近年の東大入試では、世界史に限らず急な傾向変化が散見されます。
直近の過去問にだけ目を通し、安易にヤマを張るのではなく、しっかりとした戦略のもと、東大対策を進めていかないと痛い目に遭いやすくなっています。本問を通じて、東大教授は受験生に安易なテクニックやヤマ張りに走るなと警鐘を鳴らしているのやもしれません。
なお、2023年度に東大世界史で50点(60点満点)を奪取された合格者による2022〜2023年度過去問解説記事も併せてご覧いただけると学びが大きいと思います。よろしければ、東大対策の一助になさっていただけると幸いです。
- 2023東大世界史実況中継解説 by 50点合格者
- 2022東大世界史実況中継解説 by 50点合格者
本年の問題は、上記の表(トピック一覧)のように過去問をベースに周辺知識を整理していれば、最速で解くこともできたはずです。
過去問研究と事前準備量の「差」が、解答時間の「差」に直結し、それがそのまま日本史や地理に投下できる時間資源の「差」につながったとも言えましょう。
改めて、東大過去問が最高かつ最強のテキストであることを新年度の受験生には強く訴えたいと思います。
第二問小論述
第2問総合難易度 易化
難易度 問1 (a) やや易(b)やや易 (c)易
問2 (a) 易 (b)標準 (c)やや易
問3 (a) やや易(b)標準
(全体考察)
書物の話を起点に、政治との関係について問うています。
書物というと文化史のくくりに入るのかもしれませんが、東大教授は文化史を単なる知識問題だとは考えていません。それは、2000大論述や2007大論述を見れば明らかです。
こちらの記事も併せてご参照ください。
どうする文化史!?東大世界史における文化史の出題切り口
今年度の中論述においても、
- キリスト教と政治権力との関係の推移<問(1)(a)>
- 書物に関して、清はどのような政策を展開したか<問(3)(a)>
といったように、政治と宗教、政治と思想(書籍)との関係について問うてきています。
教科書や資料集で世界史を学ぶに際してどのようなことを意識して学習を進めれば、東大世界史で高得点を取れるのかを事前に知っているか否かは、入試における合否の差にもつながります。
その他に気になった点としては、小問8つのうち、3つが人名を答えさせる問題だったという点でしょうか。
第3問に10問も単答問題があるわけですから、それに加えて、さらに第2問でも単問を配しているのはあまりにサービスをし過ぎています。
それだけ、東大受験生の論述答案レベルが低いことを東大教授が嘆いているのかもしれません。
単答問題は得点調整用に設けられることが多いので、地理や日本史の出来に比べて世界史の受験生平均があまりに低いことを憂慮して、このようなサービス問題を多く散りばめているようにも思えます。
正直、どれも共通テストレベルですから、落としてもせいぜい1問くらいだと思って、極力満点を狙いに行くべきです。
さて、難易度については、各設問に対するコメントをご覧いただきたいところではありますが、
第1問の急な形式変更で動揺する受験生が多いことを東大教授陣が懸念してか、
この第2問は高校1年生でも解ける易問ばかりで構成されていました。
正直、第2問は10分で終わらせることもできたはずです。
(設問別考察)
問1(a) 1世紀から4世紀末にかけてのローマ帝国におけるキリスト教と政治権力との関係の推移について
→ 学校の中間期末テストレベルの超典型問題です。
東大過去問では2013年第2問の問(1)でキリスト教徒がローマ皇帝に迫害された理由や、313年のミラノ勅令でキリスト教が公認された経緯について問われています。
大論述では少し古いですが、1978年の大論述で4世紀のローマ帝国について大々的に問われています。
このあたりの過去問探究を通じて周辺知識をしっかり固めた受験生にとっては反射的に答えを出せる易問だと言えましょう。
(b) 325年のニケーア公会議について
→ こちらも2013年第2問の問(3)(a)で問われたニケーア公会議を再度アレンジして出題しただけの易問です。
違いがあるとすれば2013年の時には2行以内で論じさせたのに対し、本問では3行以内で答えさせようとしている点でしょうか。
正直、共通テストレベルの問題です。
(c) アリストテレスを答えさせる単問
→問われ方がいやらしいと思われた受験生がいたやもしれませんが、正直、第3問の延長線上の問題でしかなく、超易問です。
ひょっとして、アリストテレスとキリスト教がなんの関係があるの?と思われたやもしれませんが、設問ではきちんとスコラ学者に多大な影響を与えたと記述があります。
スコラ学においてアリストテレス哲学が重要な役割を果たしたことは教科書にも記載がある基礎知識です。
敬天塾では、スコラ学について大々的に問うてくるだろうことを予測していましたが、東大教授がかなりサービスをしてくれた印象です。
なお、「万学の祖」で、アリストテレスで気づけた人は意外に少ないようです。
学校で倫理の授業を受けた人のほうが馴染み深いヒントだったかもしれません。
問2(a) セルジューク朝の初代スルタンの名前を答えさせる単問
→ こちらも共通テストレベルの設問でした。
前年に引き続き、西アジア世界の王朝に絡めた問題を出してきました。『トルコ諸語集成』なる作品名を知っている受験生はまずいませんから、ここではリード文の中にある「1077年頃にバグダードで書かれた」という記述や、設問文のなかにある「トルコ系王朝」「初代スルタン」という語句から、セルジューク朝が想起できたでしょう。
ただし、問われているのはセルジューク朝の初代スルタンの名前ですから、きちんとトゥグリル=ベクと書かねばなりません。
正直、東大世界史部会がなぜにこのような易問を出したのか謎ばかりです。
第1問でショックを受けて白紙答案がたくさん出ることを予測して第2問をここまで簡単なものにしたのかもしれません。
(b) 13世紀にイスタンブルに建てられた国家の名称と成立経緯
→ 都市の世界史については、意外と盲点とする受験生が多い印象です。カイロやイスタンブル、香港や北京など都市にフォーカスをあてた情報整理は学びが多いので是非に進めましょう。
資料集では、『世界史のミュージアム』(とうほう)が都市の世界史にまつわる特集記事を載せています。
イスタンブルという呼称自体は、1453年にオスマン帝国がこの地を征服したあとの呼称なので、本来、13世紀に絡む問題で用いるのはあまり好ましくはありませんが、東大教授はどうしても「コンスタンティノープル」という名称を使いたくなかったのでしょう。
それを使ってしまうと、受験生がすぐに気づくと思われたのだ拝察します。
13世紀にコンスタンティノープルで何があったかといと、第4回十字軍の主力たるヴェネツィアが商売仇であったコンスタンティノープルを潰そうと攻撃を仕掛けたのでしたね。
そして、ラテン帝国なるものを成立させたわけです。
問(1)に比べて、ほんの少し、頭を使う問題だったと点、難易度としては「標準」と言えましょう。
(c) セリム1世治下のオスマン帝国による対外戦争の成果について
→ なんのヒネリもない問題です。
ただし、中国史でもそうですが、誰々が王様の時にこれこれが起こったという情報整理については、私大受験生は完璧にこなしている一方、東大だけを受けるような受験生はふわっとした理解で済ませていることが多い印象です。
そこを東大教授が突いてきたのかはわかりませんが、早慶を併願している人にとっては、「サービス問題」でしかなく20秒で片付けたい問題です。
問3(a) 書物に対して清が採った政策
→ 2000年東大大論述の指定語句にもなった「文字の獄」に絡む典型問題です。
ただし、弾圧の話だけではなく、『四庫全書』(2002東大世界史第2問設問Bでも問われています)などの大規模編纂事業の話にも言及したいところです。
超典型問題ですから、サクッと終わらせなければなりません。
(b) 考証学がらみの単問
→ 本問を間違えた方は、よく見かける歴史用語の定義を口で説明できるか試されてください。
たとえば、2020大論述で問われた冊封体制について、定義をすらすらと言えますでしょうか。
定義を正確に言えなければ、論述でも不正確に用いてしまいかねません。
世界史というと、とかく用語を頭にひたすら叩き込むゲームのように考えている受験生が多くいますが、それはマーク式主体の私大世界史の話です。
東大世界史においては、見たことあるけどよくわかっていない言葉の意味を問うてきます。
敬天塾の授業内演習で、朱子学・陽明学・考証学についてそれぞれの特徴を問うたことがありました。
いずれのワードも聞いたことはあると思いますが、定義をしっかりと説明できる受験生は少数のように思えます。
東大教授はそこを突いてきたわけですが、せっかくなら論述問題として出していただきたかったのが本音です。
なお、問われているのは、「学問の名称」と、「この学問の基礎をつくった学者の名前1名」の2点です。
本番で焦っていると、意外に片っぽしか答えられていない答案が散見されるようですので、くれぐれも気をつけましょう。
こうした勿体無い失点を防ぐことが合格ポイントの一つです。
1点足りずに落ちる受験生が100人いるのが東大入試です。
しっかりと、問われていることに正確に答える訓練を日頃から実践なさってください。
第3問 征服と支配、それに対する抵抗をテーマとした単問
難易度 標準
→ 問10のサイードの他は、取らねばならない問題ばかりでした。
問(3)のジャムチは、東大が好んで出す用語の一つです。
今年度は第2問で単問が3つも出題されましたので、きっちりと取りに行きたいところです。
まとめ
以上より、2024年の総合評価としては
難易度 やや易
と言えると思います。
正直、標準的な学力があれば、今年度の東大世界史は30分〜40分で全問を解き終えてもおかしくはありませんでした。
それくらい、なんのヒネリもないシンプルすぎる問題ばかりが並んでいたと言えます。
採点基準を厳しくして点数を取りづらくするつもりなら、ここまで単問を散りばめたりはしないはずですから、なんとしても平均点を上げたいという意図が今年度のセットから強く感じ取れた次第です。
最後に(宣伝)
上記の世界史の記事は敬天塾のおかべぇ先生が執筆しています。
おかべぇ先生は、東大世界史で満点を取得した先生です!
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